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共生世界  作者: 舞平 旭
幕多羅
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 エントランスの外には数段の石段とスロープがあり、車寄せがあったが、およそ20メートル先には不恰好な壁が作られていた。5メートル程の高さの鋼鉄板を地面に突き刺しただけの、簡素な、しかし堅牢な壁がビルを囲むように作られていた。壁の多くは歪んで腐食しており、既に壁の意味を呈してはいなかったが、菊池を怯えさせるには十分過ぎる異様さだった。


「これは一体なんなんだ?」


 彼らは、叢生のように入り乱れた壁の間を通って、外に歩み出た。周りは一面の草木に包まれていた。大地にはアスファルトが残っており、在りし日の都市の面影は残していたが、裂け目から伸びた草木はあちらこちらに小さな林を形成していた。少し先にビルの立体駐車場らしき骨組みがあり、錆び付いた車らしき影が見て取れたが、床は全て抜け落ちて瓦礫となり、その表面を隠すかのように低木や雑草が生い茂っていた。あちらこちらに崩れたビルとおぼしき場所があったが、壁面はびっしりと蔦や葉に覆われており、建物なのか判断に困るものも少なくなかった。右手には巨大な広葉樹がそびえ立っており、鳥がその周囲を優雅に飛んでいた。彼はこの付近の地形には余り詳しくはなかったが、それでも自分が訪れた時とまるで違っているのはわかった。こんな原生林が東京のど真ん中に有るはずがない。

 その時、不意に風が穏やかに流れ、周囲の青葉と花の匂いが菊池に届いてきた。


「花の香りがする」


 菊池は思わず口に出した。のぼせ返るような森の匂いに混じり、甘い香りが彼の鼻腔を洗った。


「ええ。ほら、あそこ。それにあっちにも」


 レイヨが指差した方角を見ると、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「そうか、春なんだね」


「ええ。春よ。私は春がだーい好き」


 彼の茫乎ぼうこたる不安は、やや安らいだ。不思議な少女だ。彼女の行動の一つ一つが、自分を慰めてくれる。彼女をただ見つめているだけで、不安が霧散していくようだった。


 彼らは森と化した都市を歩いていった。荒れ果てたアスファルトは、大地と違和感なく同化しつたあり、ビルは石の道の両側に鎮座する『緑の崖』となっていた。行き交う風や陽光の反射は、無機質だった物達に、自然の息吹を加えてくれていた。頭上で甲高い鳥声が聞こえ、二人はそちらに眼を向けた。ビルの窓らしき所から、つがいの鳥が絡み合いながら飛び出してきた。鳥達は短くさえずり合いながら、太陽に向かって飛び去っていった。菊池は自然の柔軟性に驚嘆していた。人工物と自然がここまで調和を取ることができるとは、これらを造った人々には想像もできなかったに違いない。この時の彼は、ただこの美しいパノラマに魅入っていただけだったが、冷静さを取り戻した後に恐れおののくことになった。


『一体何年経てば、都市がここまで変貌を遂げることができるのであろうか?』



 二人は異郷の景色の中を、レイヨの村に向かって歩いていった。


「タカヨシ、あなたの住んでいた頃は、この辺はどんなだったの?」


 しかし、彼には答える余裕はなかった。アスファルトは凸凹が激しく、瓦礫があちらこちらに散在し、その隙間を埋めるように草木が群生しているため、覚醒したばかりで山歩きにも慣れていない菊池には、かなり歩きにくかった。道はあってないようなもので、彼は足場に注意しながら、一歩一歩慎重に歩かなくてはならず、疲労は倍加した。しかしレイヨは山歩きに慣れているようで、ピョンピョンと瓦礫や植物の間を軽やかに進んでいった。


「ち、ちょっと待って」


 菊池は懸命に彼女についていったが、間も無く息が切れ始め、遂には眩暈もしてきた。


「はぁ、はぁ。もう限界だ。少し休ませて・・・」


 菊池はベンチ状の石を見つけるとそこに座り込んだ。そして、そのまま身体を投げ出して横になってしまった。片足でくるりと向きを変えると、菊池の方に近寄ってきたレイヨは、彼の顔を覗きこんでクスクスと笑った。


「だらしないなぁ。男でしょ?」


 レイヨは降ろした両の手を後ろで組むと、胸を反らせて深呼吸をした。彼女の大きな形の良い胸が前に押し出され、それを見つめていた菊池は、急いで眼をそらせた。彼女はそばのビルの切れ目から水が流れ出しているのを見つけると、パシャパシャと顔を洗った。


「気持ちいい!」


 水飛沫が太陽の光に反射し、彼女が光の中に埋れたように思えた。顔を洗った後、彼女はハンカチを濡らして菊池の所に戻ってきた。金色のショート・ヘアーが水に濡れてオールバックになっている。そして菊池の頭側にちょこんと座り、彼の頭を自分の膝の上にのせると、眼の上に濡れたハンカチをかけてくれた。


「気持ちいいでしょう?」


「ああ・・・。とても気持ちがいい」


 風がゆったりと流れていた。春の日差しは柔らかく、レイヨの体臭が風に乗って菊池の鼻腔をくすぐった。その匂いは彼の心に安らぎを与えてくれた。とても懐かしい静穏さだった。ハンカチの隙間から何気無く周囲を眺めると、ベンチや噴水らしきものが見えた。


「そうか、ここは公園だったんだ」


 彼はボソっと呟いた。


「公園?公園ってなに?」


 彼女は彼の顔を見下ろしながら尋ねた。彼から見ると、大きな胸のために彼女の口元が隠れてしまっている。


「みんなが遊ぶ広場のことだよ」


「ふーん。なんか楽しそうだね」


「ああ、ここじゃないけど、家の近所に大きな公園があってね。よく行ったよ。楽しかったなあ」


「誰と行ったの?恋人?」


 レイヨは不安そうな顔をしていたが、菊池にはよくは見えなかった。


「ああ、彼女とよく来たよ。そういえば、こんな風に膝枕をしてもらったこともあったな」


「そう。良かったわね。それじゃ、そろそろ行きましょ。暗くなっちゃうよ」


 レイヨがいきなり立ち上がったので、菊池は頭を石に打ちつけた。


「あたた。おい、レイヨ、どうしたんだよ」


「タカヨシなんか知らない!」


 レイヨは怒って先に歩いて行ってしまった。菊池は笑いながら慌てて後を追った。



 2~30分歩いた所で前方で何か騒がしい音がし始めた。レイヨはその音を聞くと、突然歩みを止めた。


「いけない、隠れて!」


 彼女は菊池の手をつかむと、樹々の陰に彼を引き込んだ。


「何?どうしたの?」


「しーっ」


 レイヨは彼の言葉を遮ると、前方を指さした。前方5~60メートルに15~20人ぐらいの男達が争っていた。茜色の軍服らしきものを着た3名の兵士が、ボロボロの身なりの山賊らしき男達に囲まれているのだ。


「戦闘?」


「多分、房軍と山人やまうどが戦っているんだよ。見つかったら大変」


 レイヨから軍服を着た3名が房の国、つまりこの国の軍人だと教わった。


「房軍の方が分が悪いな」


「そんなことないよ。渦動師もいるし」


 所詮、女の子に戦いなどわかるはずもない。数倍の敵に囲まれているのだ。それよりも、早くこの場から退散した方がいい。その時、一人の男の手から光る球体が尾を引いて発射されると、標的に命中した。白い煙が立ち上って標的を隠したが、煙が去った後の光景に菊池は唖然とした。標的となった男の頭は消えており、ゆっくりと倒れていった。


「レイヨ、あ、あれを、み、見たか?」


 菊池は思わす立ち上がると、倒された男を指さした。


「タカヨシ、ダメ!」


 レイヨは菊池の腕を引っ張ると、強引に座らせた。


「静かにしなくちゃダメって言ったでしょ?見つかったら大変よ」


「で、でも、あ、あれ!」


「だから言ったでしょ?渦動師よ?別に珍しくないわ。タカヨシって、本当に何も知らないのね」


「渦動師?」


 渦動師と呼ばれた男は、次の獲物に向かって光を放っていた。


「ま・まるで魔法だ・・・」


 これが現実の出来事とは、菊池には信じられなかった。SFでよくあるように、ここは異次元の世界なのではないのだろうか?自分は寝ている間に異世界に飛ばされたのかもしれない。菊池は軽い嘔気を覚えた。 

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