地上へ
仮眠後、菊池達は脱出口を探し始めた。研究所からの脱出は苦労するかに思えたが、存外簡単だった。出口があったのである。レイヨが落ちた地下1階から地上に通じる階段は、半ば崩れてはいたものの、通り抜けが可能だったのだ。
『LB』と書かれた扉の残骸を抜けると、二人は瓦礫の山と化したロビーに辿り着いた。天井が殆ど崩れ去っていて、所々に明るい朝の陽光が差し込んでいた。床も抜け放題で、鉄骨が丸見えになり、至る所に植物が群生していた。
彼らは地下にいたため時間がわからなかったが、適度に湿気を含んだ外気は、今が早朝であることを教えてくれた。気温はやや肌寒いが心地よい。菊池は大きく深呼吸をした。久しぶりに外気に触れた。空気が肺いっぱいに取り込まれていった。こんなに空気が美味しいと思ったのは生まれて初めてだった。レイヨも彼の隣で深呼吸をしていたが、何かに気がついたようだ。
「あ、あそこから落ちたんだ!」
彼女は向こうの床にポッカリと開いた穴を指差して叫んだ。忌々しそうな顔である。天井からは今も崩れているのか、カラカラと、小さな石片が落ちてきた。
「ここに長くいると危ないな。早く外に出よう」
菊池は少し先にあるエントランスを指差した。エントランスに至る床には大きな穴がいくつも開いていたが、鉄骨の上を慎重に渡って越え、何とか無事に辿り着いた。
広いエントランスは、模造大理石の床で形作られ、扉には大きなガラスが7~8枚使われていたようだが、今は見るも無残な状態となっていた。彼は入院時にはここを通らず、裏の搬送口から救急車で入ったので、元がどのようだったのかは知らない筈だった。しかし彼には微かに記憶があった。この光景の。
何かがフラッシュバックして来た。
怒りに燃えた若い男。
怯えた長い黒髪の少女。
白い地面に転がる無数の死体。
化け物。
「うっ」
菊池は突然頭痛に襲われ、その場で座り込むと額を手で覆った。
「どうしたの?大丈夫、タカヨシ?」
レイヨが心配そうに、彼の顔を覗き込んできた。
「大丈夫。ちょっと頭痛がして」
自分の頭が自分のものでないような感覚が脳内を満たし始めた。何か別のものが中にいて、それが自分の頭を乗っ取ろうとしているような感覚。その時、彼の頬に暖かい手が当てられた。彼は驚いて顔を少し引いたが、彼女は手でそれを制した。
「じっとしてて」
レイヨは菊池の頬を両手で挟むようにすると、指先で両方の頬骨の下をゆっくりマッサージし始めた。数分すると、彼の頬に血流が集まってくるように感じ、徐々にだが頭痛が遠のいていった。彼女の温もりが自分を引きもどしてくれたように感じた。
「どう?お母さんに教わったの」
「ありがとう。ずいぶん良くなったよ」
「本当?良かった」
彼女は手を離すと少し小首を傾げながら微笑んだ。
二人はガラスの抜け落ちたエントランスの扉をくぐって外に出た。
「うっ」
太陽の光が直接菊池に降り注いだ。彼は思わず瞼を閉じると陽光を手で遮った。柔らかな日差しだったが、彼にはキツすぎた。視界が真っ白に輝き、涙で滲んだ。彼は視界を取り戻すため、暫く閉眼し、ゆっくりと瞼を上げていった。徐々に光に慣れてきた眼で周囲を見渡すと、驚くべき光景が眼に映った。
「これは・・・」




