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共生世界  作者: 舞平 旭
探索
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食われる

 二人はゆっくり後ずさったが、化け物はいきなり後ろ脚を使って大きく跳躍し、レイヨに体当りをしてきた。菊池は咄嗟にレイヨを突き飛ばしたが、身代わりに体当たりをモロに受ける羽目になり、化け物の下敷きになってしまった。サバイバルナイフが弾け飛んだ。


「しまった!」


 一瞬でゴキブリは6本の脚を彼に絡め、動けないようにすると、彼の眼前で口を開けた。下顎から牙のようなものが生えており、盛んにガチガチいわせて噛みつこうと寄せてくる。両腕をゴキブリの顎の下に入れてなんとか噛まれるのを防いだが、脚についている棘が衣服や足に刺さり、がっちりと固定されてしまって、腕以外は身動きができなくなっていた。その腕も彼に噛みつこうとする顎との戦いで精一杯だった。ゴキブリの力は凄まじく、全身の骨がギシギシと疼いた。


「まずい。食われる・・・」


 菊池はここで見た多くの死体についていた、骨をも削り取るような傷を思い出していた。ゴキブリの顎は簡単に彼の体を食い破るにちがいない。

 その時、ズボンのポケットに何かが当たる感触がした。


「メス!」


 ウェット・スリープ室の隣で拾ったものだ。彼は不自由な腕をまわして、なんとかメスを取り出すと、化物の最も柔らかい場所、脇腹を水平に切り裂いた。彼の手には嫌悪感をもよおす感触が伝わり、裂けた腹からは、黄色い体液と共に細長い腸の様な内臓が飛び出してきた。生臭さが鼻をつき、吐気をもよおした。ゴキブリは仰け反りながら上体を大きく左右に揺すると、彼から離れて内臓を引きずりながら廊下の先に逃げていった。


「ふぅ。危なかった。今のはかなりヤバかった。君は大丈夫だった?」


 彼は立ち上がると額の汗をぬぐいながら彼女に話しかけた。右手のメスを捨て、メスを包んでいた術布で身体の半身を汚染した黄色い体液を拭った。


「えーん、怖かったよー。タカヨシが死んじゃったかと思ったよー」


 レイヨは彼に抱きつきながら泣き出した。彼は汚れていない左手で彼女の頭を撫でた。


「よしよし。大丈夫だよ。しかしありゃなんだ?」


「私にもわからない。ただこの辺りは昔から化け物が多いから」


 ふと彼は自分の右手の臭いを嗅ぐと顔をしかめた。


「ぐぁ!こりゃ臭い!たまらん!」


 彼女は笑い出した。



 二人は他の部屋も回って調べたが、研究所での出来事を示してくれるような情報はみつからなかった。二人は廊下にあった長椅子に座って昼食をとった。あいも変わらず保存食だが、彼女は美味しそうに食べていた。しかし菊池の食欲は芳しくはなかった。


「何もない。これ以上調べても時間の無駄だ」


 菊池は誰に言うでもなくボソリと呟いた。この研究所は慌てて放棄されたようだが、研究内容などを示す書類がまるでなかった。壁にも掲示板やポスター類も貼られていない。そもそも、机に備え付けられた筆記用具が極端に少なかった。


「そういえば、何を捜してるの?」


 彼女はキョトンとした顔で尋ねた。菊池は思わず笑い始めた。彼女は目的も知らずに捜し物を手伝ってくれていたのだ。


「ははは。いや、ここのこと、何か分かる資料とか無いかと思ってね」


「ふーん。タカヨシは変なこと知りたいんだね。私は来週の市場に来る新しい服の方が知りたいな。とーっても可愛いの」


 彼女は全身を使って可愛さを表現してくれていた。


「ははは。それじゃ、是非、一緒に買いに行こうよ」


 菊池は腹を抱えて大笑いしていた。こんなに心から笑うのは何年振りだろうか。



 昼食後、彼らは階段室へと向かった。廊下は所々で照明が生きていて、彼らは壁のスイッチを入れながら進んだ。

 途中にはまた数体の死体が転がっていた。やはり骨は撒き散らされており、頭蓋骨から4名だと辛うじて分かった。ヘルメットやプロテクター、そして銃器があった事から兵隊のようだ。床に落ちているライフルは、3つは形態を保っていたが、1つはバラバラに壊れていた。

 菊池は原型を保っていたがライフルを拾ってノブをいじってみたが、スライドが固まって全く動かず、使い物にはならなかった。ナイフも落ちていたが、こちらはボロボロに錆びており、拾う価値もない状態だった。


「なんだ、あれ?」


 暗闇の先にポッカリと円形の穴が空いていた。エレベーターホールの手前の防火シャッターは降りていたが、そのシャッターに直径1メートルほどの綺麗な円形の穴が空いているのだ。彼はその断面を見て驚いた。厚さ2ミリ以上はあるスチール製のシャッターが、チーズのように綺麗に切断されていた。


「こんなの、どうやって?」


 分厚い防火シャッターを綺麗に円形に切り抜く方法とは、一体どんなものなのだろうか。底知れぬ力の存在に、彼は総毛立った。

 しかし隣のレイヨは彼の変化にはまるで気づいた様子はなく、何か考えていた。


「あ、そうそう、上にもこんな穴があったよ。あっちは、こーんなに大きかった」


 レイヨは四肢を懸命に広げて大きさを示した。まるで紙相撲の力士のような格好に、菊池は思わず笑い出した。彼女は時には命を狙うスナイパーだが、時にはくじけそうになる自分を励ましてくれる天使になる。


「な、なによー。なんで笑ってるのよー」


「ははは。いや。早く行こう」


 彼は笑いながら彼女の背中を軽く叩くと先を促した。



 そして彼らは地下3階の階段室の扉の鍵を開けると、階段を上って地下2階のウェット・スリープ室に戻ってきた。この階には少なくともゴキブリはいないだろう。もしいるようなら、ミイラなどすぐに食べられていたに違いない。

 菊池は壁にもたれかかりながらしばらく考え事をしていたが、突然レイヨに話しかけた。


「レイヨ、少し休んだら準備をしよう」


「え、何の?」


「ここから出て行く準備だよ。君の村、幕多羅へ行こう」

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