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共生世界  作者: 舞平 旭
探索
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猿の惑星

「よし、飯にしよう!」


 菊池は可能な限り元気そうにレイヨに話しかけた。疲労で無言になっていた二人の間の空気を払拭したかったのだ。

 ウェット・スリープ室の棚には、まだ未開封の保存ボックスが数箱は残っていた。水も研究室の浄水装置が生きていたので不自由はない。これは金属分解フィルター方式の最新式で、理論上は電力があれば永久に使用可能である。最もウルトラピュアの精製水なので美味くはないが。


 菊池は保存用ボックスの蓋を開いた。中にはカラフルな保存食がかなり残っていた。


「お嬢さん、お好きなメニューをどうぞ」


 菊池は迷っているレイヨに適当に固形食を選んでやると、自分は消化管の負荷を考え、ゲル状の半消化経口栄養食を選んだ。起きた時に飲んでいたものだ。固形食は直方体に整形したビスケットで、1本で300KCalある。飽きがこないように、数種類のフレーバーがあった。

 彼女は初めは怪訝そうな顔をして匂いを嗅いだりしていたが、空腹には勝てなかったようだ。程なく、こちらを向きもせずに、ガツガツと食べ始めた。


「これ、何?」


 彼女は食べている固形食を示して尋ねた。喜色満面である。


「保存食だよ。ビスケットやお煎餅みたいなものだね。かなり古いけどなんとか食べれる。栄養も沢山入ってるよ。テリヤキビーフ味だね。まあ、味だけだけど。牛わかる?」


「うん。へえ、牛なんだ。どおりで」


 レイヨは食べ残りを皿の上におくと、胸の真ん中で凧型を作った。そして固形食に向かって頭を下げた。


「私の村にも牛は沢山いるよ。牛は神様がくださった大切な恵み。だから無駄にしないで感謝しながら戴くの」


「そうか。立派だな。今のがお礼の仕方なんだね?」


「ええ。こっちは挨拶よ」


 そう言うと、彼女は右手のひらを、大仏の手のようにこちらに向けた。そして彼の右手を掴むと、自分の手のひらを軽く触らせた。


「なるほど。これなら簡単だね」


 菊池も手を肩の辺りまで上げた。すかさずレイヨが彼の手のひらを触った。なんだかくすぐったい。見たこともない作法だったが、良い挨拶の仕方だと思った。


「気に入ってくれたかい?でも、これかなり古いから、後でお腹壊すかもね。あ、こっちも好きかもしれないな。チーズケーキ味。食べてみろよ」


 彼女は勧められるがままに、パッケージを開けると口に放り込んだ。始めは不振そうだった表情が、一気にほくほく顔に変わった。


「美味しい!」


「よかった。気に入ってくれて」


 彼は笑いかけた。彼女は彼の笑顔を見て、少し気まずそうに顔を赤らめた。



 その時、地響が辺りを揺るがした。


「きゃー」


 レイヨは菊池にしがみついてきた。彼は彼女を庇いながら、姿勢を低くして頭部をカバーした。パラパラと天井から細かい破砕物が落ちてきた。


「怪我はない?」


「うん。あー怖かった」


 この施設、東京感染症研究所はBSL-4設備が整っている。それほど柔ではないだろう。だが所詮は細菌やウィルスに対してである。そう簡単に倒壊したりはしないだろうが、今の地震は大きかった。


「タカヨシは怪我しなかった?」


「大丈夫。ここはこのぐらいの地震じゃ潰れたりはしないから、心配はいらないよ」


「今のは地震じゃないと思う。多分、上の方が崩れたんだよ」


 彼女はここに入って来た時に見た光景を菊池に話して聞かせた。


「まさか、そんなに崩れているの?」


「ええ。ここはマシだけど、上の方は崩れて床なんかほとんどなかったよ」


 彼にはとても信じられなかった。それでは、ここが放棄された理由は地震のためなのだろうか。だが地震ならば、その後に再建されないはずはない。特にウィルスを扱う施設は真っ先に修理されるだろう。それこそ、日本全国が一度に崩壊でもしない限りは。



 菊池は再び思い空気になったため、気を取り直してレイヨに話しかけた。


「そうだ、君はいくつなの?」


「16」


 彼はその答えに驚いた。


「え!そんなに若いの?・・・いや、びっくりだな」


「タカヨシ、貴方は?」


 彼は鼻頭をかいて、少し気恥ずかしそうに答えた。


「31・・・」


 しかし彼女はなんのリアクションもせず、モグモグと食べているだけだった。彼にとっては、驚かれるよりもその方がずうっとこたえた。

 暫くの間、菊池は落ち込んでいたが、再び気を取り直して質問を再開した。


「レイヨの住んでいる所はどんな所?」


幕多羅まくたら。とても綺麗な村よ」


 聞いたことのない場所だった。


「ここから遠いのかい?」


「歩いて2~3時間かな」


 ここは東京の日野市のはずだ。しかし歩いて2~3時間、つまり距離にして10~15キロの範囲にどこが入るのかは、彼にはわからなかった。それに『歩いて』というのは解せない。


「歩いて?2~3時間も?」


「うん。キノコを採りに来たんだ」


 そう言うと、彼女は自分のリュックからキノコを取り出した。


「これ、美味しいんだよ。お父さんが好きだから、食べさせてあげたくて」


 キノコを見つめながら、彼女は寂しそうに俯いた。菊池は急いで話題を変えることにした。


「あ、そうだ、兄弟はいるの?」


「ううん。お父さんとお母さんと私の3人で住んでる。タカヨシもうちに来なよ。チョット狭いけどなんとかなるよ」


「両親か。いいな。僕は熊本の出身なんだ。住んでたのは横浜市だから、なかなか田舎にも帰れなかったからなぁ」


「貴方の家は遠いの?」


「実家は遠いよ。アパートなら歩けなくはないかな。ここは東京だし」


「東京?」


 彼女は変な顔をした。


「東京、知らないの?日本の首都だよ?ここは東京だろ?」


 彼女はかぶりを振った。


「知らない。ここは房の国だし、都なら『常世とこよ』」


「常世・・・」


 彼には糢糊もこたる不安がのしかかってきた。

 一体外はどうなっているんだ?

 昔に見た『猿の惑星』という映画を思い出した。

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