マリンタワー
菊池はレイヨを見た。彼女は驚いたまま彼の横で硬直していた。幽霊かエイリアンでも見たような顔だ。しかし静かで丁度良いので、そのまま放っておくことにした。
「覚醒プロトコールはタイマーセットも可能なのか?」
「もちろん可能です。何故ですか?」
「いや、僕の場合はタイマーではなかったかと思ってね。誰が命令したのかは分からないのか?」
「わかりません」
「だが、君なら推測可能だろう?誰だと思う?」
「残念ですが、お答えできません」
彼女は本当に残念そうに応じた。
「何故?」
「それもお答えできません」
「他のポッドの人達はどうした?」
「済みません。先程お話しました通り、個人情報をお答えするわけにはいかないのです」
菊池はこの禅問答に嫌気がさしてきた。相手がコンピューターでは脅しても仕方が無い。質問の方向を変えなければならない。
「それでは、君に気がつかれないで、僕のポッドにタイマーを仕掛けることは可能か?」
「2番ポッドですね?はい、可能です」
「どうすればいい?」
「私がお答えしていることは、全て貴方のポッドのメモリーからの情報です。私には基本OSと維持システム以外の情報は記録されません。私とメインサーバーの接続は切れていますが、ポッドとメインサーバーの接続は維持されている可能性が高いと思われます。メインサーバーから直接命令を出していた場合、現在、私はサーバーのlogを確認することができないので、その内容はわからないことになります」
つまり、サーバー経由でタイマーをセットした可能性があるということか。
「それでも、サーバーからの情報は、ポッドにも残るだろう?」
「いいえ。元々は、サーバーから全ての情報が伝達され、実行された命令はサーバーに返されて保存されます。ポッドに残る情報は、ポッドで操作された内容など限られたものだけです」
「君の能力なら、ポッド経由でサーバーにアクセスできるんじゃないか?」
「行ってみましたが、アクセスはできませんでした」
「所で、メインサーバーの状態はわかるか?」
菊池は尋ねた。
「不明です。現在、接続されていません。そのため、リソースが不足しており、お答えできる情報を持っておりません」
MASAMIからはそれ以上の情報は引き出せなかった。彼女は何も知らないのだ。それよりも、この状態でもウェットスリープの生命維持ができていたのは驚きだった。不意に高橋教授の自慢げな言葉が頭に浮かんできた。
「電源だが、既に研究所にある地熱発電と太陽光発電の効率が格段に上がっているので、半永久的に大丈夫だと言っていた。バックアップも完璧だし、当然専用に増築しているがね」
生命維持装置のAIは何重にもバックアップされているとは聞いていたが、まさかメインサーバーとの接続が切られても動作するとは思はなかった。
「MASAMI、僕の覚醒プロトコルに、何か細工がされていた可能性はないかな?」
「どのような細工でしょうか?」
「例えば、僕を殺そうとしたとか?」
「わざわざウェット・スリープさせた被験者を殺害するなど、非生産的な行いだと思いますが」
「まあ、人間てのは君とは違うから。ところでどうだい、可能性はあるかい?」
「以前にもお話しましたが、あなたのポッドのLogには通常の覚醒シークエンスが行われたとの情報しか残ってはいません。私にはそれ以上の情報はありません。メインサーバーを確認するしかありません」
「メインサーバーの場所も分からないか?」
「いいえ。それは分かります。この区画の一つ下のフロア、B3-101にあります」
そう答えると、MASAMIは地図をモニター上に示した。メインサーバー室が赤く点滅していた。
菊池はため息をついた。そしてMASAMIのモニターの脇に小さなキーホルダーが付けられているのを見つけた。マリンタワーが彫刻された3Dレーザークリスタルだった。3Dレーザークリスタルは、ガラスの中にレーザーで白い点をいくつも作り、立体に見えるように加工したものだ。彼はクリスタルを手にとって眺めた。横浜マリンタワーは沙耶にプロポーズした場所だった。
「沙耶・・・」
菊池はポケットにキーホルダーをしまった。
彼はコンピューターを諦めると、MASAMIのことをあれこれ質問してくるレイヨを適当にいなしながら、ウェット・スリープ室を調べ始めた。書類などは見つけられなかったが、備品の一部にかろうじて製造年月日が見えるものがあり、その日付は2032年4月から7月となっていた。この研究室の荒れ方では、もっと月日は経ているだろう。菊池がウェット・スリープに入ったのは2031年7月だから、1年以上は寝かされていたことになる。高橋教授は研究は1年と菊池に言っていた。なぜ計画通りに起こされなかったのだろうか。




