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共生世界  作者: 舞平 旭
探索
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ミイラ

 半ばミイラ化した死体は、レイヨが入って来た分厚い扉に足を向けてうつ伏せに倒れていた。乾燥した顔には黒い皮膚が残り、眼は窪み、半開きの口からは白い歯が覗いていた。笑っているようだ。ミイラを見たのは初めてではないが、それは防腐・消臭が施され、博物館のガラスケースに入っていたものだ。彼の眼前にあるミイラは、それらとは全く別次元の物に感じた。

 服は菊池が着ていたのと同じハイバネーション・スーツで、後頭部がV字に割れて頭蓋内が少し見えていたが、中は空洞になっていた。斧か何かで後ろから攻撃されたのだろう。傷は脳に達しており即死だったに違いない。ハイバネーション・スーツから覗いている手は一部が白骨化していた。

 彼はふと後ろを、3つあるポッドを振り向いた。


「そうか、もう一人いたんだ」


 ポッドは3つあるのだ。だが他のポッドの被験者に関する記憶は全く無かった。菊池は目をミイラに落として考え込んでいた。


「やっぱり、殺されたの?」


「うわ!」


 いきなり耳元で声がしたため、彼はビックリして叫び声を上げてしまった。後ろから覗いていた彼女もビックリして後ろに尻餅をついた。その拍子に左手をついてしまい、顔を苦痛に歪めた。


「イタタ」


「あ、だ、大丈夫?ゴメン」


 彼はすぐに彼女を助け起こした。


「大丈夫よ。ゴメンなさい。驚かしちゃったみたい」


 彼女は肩をさすりながら立ち上がった。


「心臓止まるかと思ったよ・・・所で君は何故殺されたと思うの?」


「だって、周りに何も無いし。転んでこんな傷はつかないでしょ?」


「そうだね。僕もそう思うよ。この男は殺されたんだ」


 菊池が再びミイラの前にしゃがみ込んで調べ始めると、彼女は彼の背側から身を乗り出して覗き込んだ。彼女のふくよかな胸が背中に押し付けられ、彼は顔を赤らめると少し身体をずらした。


「き、気持ち悪くないの?」


「初めはね。でも今は慣れたよ」


 ニコニコ笑いながら話す女性に、菊池は面食らったが、彼女は気にもせずに話を続けた。


「でも、なんで男ってわかるの?」


「それは、これさ」


 そう言うと、彼は自慢げに自分の顎を摩った。


「ああ、髭」


 ミイラには確かに黒い髭が蓄えられていた。菊池はミイラの頭の傷口を指差した。


「ここを見て。傷は少し後ろ側で、右側にあるだろ?犯人は右利きで、この男よりも背が低いんじゃないかな?」


 菊池はミイラの傷口を指差しながら、彼なりの推理を話し始めた。


「でも、この人そんなに背が高くないよ」


 確かにこの死体は、男としては高くない。170センチはないだろう。


「そう。だから犯人は女か子供の可能性が高い」


 老人も背が低いが、この犯人には当てはまらない。


 死体の上部の壁や天井には争ったような跡があり、壁や天井のダクトやパイプが壊れていた。天井を走るスチール製の換気ダクトの壁には大きな穴が空いていた。そして壁を這うパイプは壁から引き剥がされたように破壊され、そこから吹き出した風が死体の頭髪を揺らしていた。


「背の低い人間が斧を持ったとしても、あんな高い所を壊せる筈はない。多分、この男が始めは斧を振るっていたんだ。そして相手を脅すか何かして、その相手が反撃はしてこないと踏んだので斧を離した。そして油断した男が後ろを向いた時に、犯人が斧を拾うと、後ろから・・・」


「やめてよそんな話。怖いわ」


 彼女の顔色が真っ青になっていた。肩が微かだが震えている。ミイラを見ても怖がらない女性が、殺人の様子を想像すると怖いのも何か不思議な感じがした。この女の子は少し変わっている。


「ゴメン、ゴメン。脅かすつもりは無かったんだ。多分、この壊れたパイプからの風がミイラを造ったんだよ」


「ミイラを造る?」


「ああ。普通の死体が簡単にミイラになんかならない。腐敗するより先に、風で頭部付近が乾燥してミイラになったんだよ。その証拠に、身体は頭に比べて白骨化が進んでいる」


 しかし、どのぐらい経てばミイラになるのか、彼がいつ頃死んだのかは分からなかった。


 ミイラの年代測定には放射性炭素(14C)年代測定法が利用される。自然界には、宇宙から飛来する中性子と、大気中の窒素原子とが核反応を起こして発生する放射性炭素が広く存在している。宇宙から飛来するものだけあり、その分布は地球上でほぼ一定である。大気中にも存在するため、生物は摂食や呼吸を通して、常に放射性炭素を摂取していることになる。しかし死亡すると、その供給が絶たれるために、体内での比率は低下してくる。その減少を測定してどのぐらい前に死亡したかを推測するのである。俗に炭素時計とも言われ、放射性炭素の半減期は約5730年であり、数万年程度なら測定可能である。ただし、生物種や場所、核実験の影響など誤差の問題は常に論議されている。

 西暦世界でも、ミイラの年代測定は、埋葬品や出土状況などの情報が無ければ困難なのである。


「そうだ、思い出した!」


 彼女は菊池の背中を思い切り叩いた。


「いて!」


 彼の顔が苦痛に歪んだが、彼女は気にするふうでもなく話しを続けた。


「実はここに来るまでに足跡があったの。詳しくはわからないけど、小さくて子供の足跡みたいだった」


「子供・・・」


 菊池は残念そうに俯いた。考えたくはないが、犯人はウェットスリープの被験者に違いなかった。これほど特殊な臨床試験の被験者が老人のはずはなく、背の高さから女性か子供、足跡からは子供の可能性が高い。ウェット・スリープの被験者であり、殺人者である子供は、生きてここから出て行ったのだ。

 レイヨは菊池の顔を覗き込んだ。


「貴方の知り合いなの?もしかしたら・・・あなたの子供?」


 彼は吹き出した。


「まさか!僕に子供はいないよ。そんなに年に見える?」


「そんなことないけど、なんか悲しそうな顔してたから」


 菊池は真剣な顔に戻ると、暫く無言になった。


「・・・ここに来た時のこと、余り覚えてないんだ。ウェットスリープに入る前のことは少し覚えてるけど。確か、高橋教授が他に二人いると言っていたけど、会ったことは無いと思う。何か悲しくてね。何年も隣に寝ていた仲間が殺人犯、特に子供だと思うとさ・・・」


 彼には、とぼとぼと廊下を俯きながら出ていく子供の姿が目に浮かんだ。


 菊池が死体に手を合わせると、彼女も見よう見まねで手を合わせた。そして死体をしっかりと毛布に包むと、ウェットスリープ装置の中に入れて蓋を閉めた。これで少しは臭いも良くなるだろう。

 まだこの部屋でやることがあるのだから。

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