覚醒
脇からはドロリとした液体が溢れてきた。何かとても甘い匂いがする。
蓋が半ば開くと、中から真っ黒な人間の右手が、真っ直ぐ上に突き出された。急いで近寄ると、液体に片手を突っ込み、中の人間を抱え上げた。それは黒い服で全身を覆った人間だった。服には無数の管が付いており、顔はゴーグルとマスクで隠されていた。異様な風体に、レイヨは一瞬たじろいだが、苦しそうにマスクを引き剥がそうとしているのを見ると、慌てて手伝ってやった。マスクはその先に5センチ程の屈曲したチューブが付いており、チューブが喉から取れると中から男の顔が半分現れた。直ぐに男は透明な液体を嘔吐し、むせ混み始めた。レイヨは液体でヌルヌルする背中を摩りながら、肩を貸して男を筒から出そうとした。男は予想以上に軽かったが、左肩を負傷しているレイヨにとっては困難な作業だった。苦痛に顔を歪めながら男を引っ張り上げようとしたが、何かが引っかかっているようで、半ば外に出た所で動かなくなってしまった。
「うーん!もう少し!」
彼女は身体を預けるように力をかけた。
「バチバチバチ!」
弾けるような音と共に男の背中のプラグが抜け落ち、二人とも筒の外に転げ落ちた。
「きゃあ!」
彼女は左肩から床に落下し、彼女の上に男が覆いかぶさるように落ちてきたため、左肩には今まで感じたことがない程の激痛が起こった。
そして彼女の意識は遠のいていった。
その時、扉は開かれた。自分を水の中から救い出してくれた柔らかい腕。マスクとゴーグルを外してもらったが、視力が回復していないため何も見えない。
沙耶。ああ、君が助けてくれるんだね。なんだか悪い夢を見ていたよ。苦しいよ。
彼は沙耶の肩を借りて装置から出ようとした。しかし足に力が入らず、沙耶と一緒に倒れこんでしまった。眼が徐々に慣れてくると、彼の傍には見知らぬ少女が倒れていた。
レイヨは眼を覚ました。
「ここは・・・」
自分が寝かされているのがわかった。身体には毛布がかけられていた。起き上がろうとすると、左肩に痛みが走った。
「痛っ!」
左腕を探ると、肩には包帯が巻かれて固定してあった。
「まだ動かない方がいい」
後ろからひどくしわがれた声が聞こえ、びっくりして振り返った。部屋の角の暗がりに男が片足を投げ出して座っていた。男は水色のスクラブを着ており、何かを飲んでいる様だった。
レイヨは無意識に自分にかかっていた毛布を持ち上げ、上半身を隠した。
「左肩は一応固定しておいたよ。多分骨折はしてないと思うけど、専門じゃないから」
イントネーションは妙な感じだったが、日本語だった。
「あなたは誰?あの黒い人なの?」
「ああ。さっきは助けてくれてありがとう。僕は菊池。外科医・・・だった」
「外科医?」
菊池の話には分からない言葉が多い。
「どこから来たの?」
彼は飲み終えたパックを握り潰して放り投げた。
「どから?ずうっとここにいたさ。君も見ただろう?あそこで寝てたんだよ。君は病院の職員かい?今はいつなんだ?」
彼は彼女の方ににじり寄ってきた。レイヨは咄嗟に後ろに下がる。
「ごめん。怖がらなくていいよ。さっきやっと声がで始めたんだ。酷い声だろ?まだ喉がヒリヒリと痛いんだ」
彼は笑いかけた。
彼女は警戒を崩さずに再度尋ねた。
「どこから来たの?」
「さっき言っただろ?ウェット・・・」
彼は考え込むような顔をして、言葉を切った。
「君は、その・・・少し言葉が変だね。格好も見たことがないし・・・」
再び菊池は考え込んだ。
「君の名前は?わかるかい?名前だよ」
「レイヨ・・・」
「レイヨか。いい名前だね。僕は『タカヨシ』」
「タカヨシ・・・」
「そう、タカヨシ。僕を助けて」
レイヨは全てを理解した。自分はこの人に会うためにここに来たのだ。




