表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/2

後編

 男の屋敷は素晴らしい豪邸でした。ルイの実家の2〜3倍の広さはありそうです。屋敷の入り口から屋根の形まで異国の意匠がふんだんに施されており、出迎えには執事が数人、恭しく控えていました。

 男は執事たちに言いました。


「彼をいつもの部屋へ。鉄の国の方なので失礼のないように」


 最も年配と思われる執事の1人がこちらを見て頷くとルイに向かって言いました。


「では、こちらへ。お客様、この度は遠いところから、ようこそ我が家へお越しくださいました」


 そうして、実家の応接室のような、立派な部屋に通されたのです。しばらくすると若い執事が傷の手当てに訪れました。

 それから、紅茶や軽食を用意され、髪や服を整えられながら執事や給仕たち相手に軽い会話や盤面遊戯などを楽しみ……男はなかなか部屋にやってきませんでしたが、ルイはまるで、異国の上級貴族かどこかの重要人物だと思われているかのようでした。

 世話をされながら一刻も経ったでしょうか。ルイを招いた男がようやく、装いを替えて部屋に入ってきました。


「待たせてしまいましたか?」


「いえ!とんでもありません」


 ルイは思わず反射的に返事をしました。実際、結構待ったな、とは思ったのですが。


「どうやらきちんと手当ては受けられたようですね」


「本当に、何から何までありがとうございます」


 確かに、見知らぬ異国の自分のことを、男は手当てまでしてくれたのです。もしかしたら何か仕事をしていたのかもしれないし余計な詮索はしない方が無難だろう、とルイは思い直しました。男はゴンサロ・ネベスと名乗りました。


「ところで、酒屋での話が少し聞こえてしまったのですが、どうやらお金にお困りとか。私で良ければ訳を話してくださいませんか?」


 ルイは正直に話をすることにしました。これでも下級貴族の一員として、身に起きた恥を晒すことには抵抗があったのですが、このままでは1年間留学を続けることも出来ません。


「それはなんとまあ、大変でしたね」


 ゴンサロはルイを労いました。


「そうですねえ……。1つだけ、収入を得る方法があります。でも、この方法はあまり褒められたものではなく、決して人に話してはいけないので、あなたのような方には難しいかもしれません」


「教えてください!お願いします!」


 ルイは必死でした。背に腹は変えられません。


「私の出来ることなら何でもいたしますから!」


「……どうやら、覚悟はおありのようですね」


 ゴンサロは手を叩いて側に控えていた執事に何かを持って来させました。それは紙か羊皮紙のようなもので、不思議な紋様が浮かび上がっています。


「あなたの覚悟は分かりました。ですが、覚悟とは示さなければならないもの。この契約書をその証といたしましょう」


 確かに、よく見ると、その紙のようなものには銅の国の文字が書いてあり、契約書となっているようです。ゴンサロは言いました。


「この契約書は少し特殊な魔法で作られています。少々値は張るのですが……。この契約書を違えると、たちまち身体中に紅い紋様が刻まれてしまうのです」


「……わ、分かりました」


 ルイは少し怖くなったので、しっかり丁寧に契約書の内容を確認しました。


 契約書には、『この屋敷で起こったことは誰にも口外しないこと』『この屋敷で知り得たことをこの屋敷の主人の許可なく他者に口外しないこと』『この屋敷で誰かの命を奪ってはならないこと』などが書かれていました。

 明らかに不審な点はありません。それに、命の保証があるというのならばむしろ安全です。ルイは安心して契約書にサインをしました。


「では、私について来ていただけますか?」


 ゴンサロが、先ほどより柔らかい目つきでそう言ったので、ルイはこれで正解だったのだと安堵しました。案内された先は、どうやら客室のような部屋でした。ゴンサロは言いました。


「今日、あなたと過ごす時間を四刻ほどください。何も言わず、ただ私の思うままに動いてくださればいいのです。そうすれば、あなたに、あなたの所持金と同じだけの金額を支援いたしましょう」


「そんなに!いいのですか?」


「それだけの価値がありますから」


 ルイは喜びました。これで、あと2ヶ月は留学生活が続けられます。


「何事も言う通りにいたします」


 それからルイは、ゴンサロの言うままの人形となりました。全裸にされ、不思議な香りのするオイルを塗られ、そして、ルイは初めての春を売ったのでした。

 恐怖心はありませんでした。

 ゴンサロは優しくしてくれましたし、慣れているためか、手順も、ルイの反応も、何もかも分かっている風でした。金も手に入り、何度も天国に行くかのような快感を味わえて、文句の付け所がありません。多少の痛みは伴いましたし、翌朝まで一睡もできませんでしたが、ルイは幸せな気持ちでした。

 ゴンサロは約束通り金を渡しながらこう言いました。


「残念ながら、ここまで出せるのは今回だけですが、その4分の1ほどで良ければ、次回来た時にもきっと出しましょう。まあ、あなたが望めばですがね」


「やります!お願いします!」


 生活のためには、これを逃す手はありません。


「では、次は5日後でどうでしょう?」


 その日から、ルイとゴンサロの奇妙な関係は始まりました。会うのは数日おきで、夜だけのことでしたし、銅の国の学院生活は楽しく、学ばなければならないことはいくらでもありました。中には魔法がある国ならではの法律もあり、興味が尽きません。残念なことに、どんなに頑張っても1年では学びきれそうにはありませんでしたが、それでもルイは必死に学びました。

 もし自分が秀才であれば……。何度そう思ったことでしょう。秀才であれば自国の学院で良い成績を取ることが出来たでしょうから留学する必要もありませんでしたし、生活費を工面する為に四苦八苦する必要もなかったはずです。

 でも。自国にいたら、ゴンサロ様に会うこともできなかったな、とルイは思いました。

 ゴンサロとの出会いは、自分の人生の中でも最も幸運なことの1つと言えたからです。

 それから2ヶ月が経ち、ルイも銅の国にすっかり慣れて来た頃、ゴンサロは言いました。


「実は、君に会いたいという人がいるのだよ。私ばかりでもなんだし、どうだね?一度別の人と試してみるのも」


 この2ヶ月で、ゴンサロの口調はすっかり解れていました。もうルイとは何度も会っていましたから。

 ルイは頷きました。彼の紹介であれば、変な人物ではないでしょう。

 そして、ルイがゴンサロに伴われてジョアン・コスタと出会ったのは、それから3日後のことだったのです。


 ジョアンは上級貴族の者なのか、貴族の中でもとても美しい顔をした男でした。しかし常に目は笑っておらず、そして、2人きりになってしまうと、その顔からは考えられぬほど激しい男でした。ルイの身体をあちこち叩いたり抓ったり引っ張ったりするのです。最初は驚いたルイでしたが、


「少し面倒な男だが、悪いやつではないんだ。ちょっと大変だろうが、これも社会勉強の一環として、色々と我慢してやってくれたまえ」


とゴンサロに言われていたことを思い出し、しばらくの間は我慢して相手していました。そういうのも楽しみ方の1つだと、どこかで聞いたことがあったからです。しかし、様々な穴に何やらよく分からないものを入れられ始めたのには、流石に閉口しました。ジョアンの嗜虐趣味には際限がないのです。

 ルイは1ヶ月で根を上げました。


「ゴンサロ様、ジョアン様の相手は私では務まりそうにありません。どうか別の方を紹介していただけないでしょうか?」


 ゴンサロは顎に手を当て、少し考える素振りをしました。


「他の者……か。いるにはいるが……。しかし、その相手とはこの屋敷ではなく、外で会ってもらうことになるが、いいかね?報酬だって、やはり今よりも安くなってしまうだろう」


「それでも構いません!お願いします」


 するとゴンサロは、執事に命じて地図を持って来させました。どうやら、この辺りの地図のようです。そして、その1箇所の大きな広場を指差しました。


「ここに、3日後の夜中に行くといい。毎回同じ時間に行くこと。行くのは3日置きだ。お互いに分かる符牒は、後で我が家の執事に教えさせよう。出来るかい?」


「はい、必ず」


 ルイは答えました。


「ああ、それから」


 ゴンサロは少し困った顔をしながら言いました。


「私はこれから数ヶ月、この国を離れなくてはいけなくなった。どうも私の上司は急な仕事を押し付けてくることが多い。あと数日で出発だ。君ともしばらく会えなくなるが、君も色々と頑張ってくれたまえ」


 ルイは少し不安を覚えましたが、貴族たるもの、その程度で弱音を吐いてはいけません。


「分かりました。帰って来られたら是非連絡をくださいね」


「ああ、そうしよう」


 そうしてルイは、その3日後、教えられた広場へ出かけました。その広場には他より少し、待ち合わせをしている男が多いような気がしたのですが、大きい広場はそのようなものかもしれません。ルイは気のせいだと思うことにしました。


 しばらくすると、体格のいい、ある男が近づいてきて、男に符牒を告げました。ルイはきちんと相手が来たことに安心しました。もし相手が分からなかったらどうしよう、と思っていたからです。ルイは返事となる符牒を答えました。男が広場の端の茂みを指差したため、ルイは素直に彼について行きました。そして、ルイは茂みの中で乱暴に扱われたのです。

 それでも、ジョアンよりはずっとマシでしたが。

 終わるや否や、男は投げ捨てるように金を寄越すと、どこかへ去って行きました。それから3日おきに、ルイはその広場へ行くようになりました。相手は毎回違う男でしたが、ジョアンのように激しい男はいませんでしたし、それに大抵は、広場に初めて来た時の男よりもよほど優しかったのです。


 それから3ヶ月後、ある日突然、広場に多くの警備隊が入って来て、ルイは捕まりました。彼はただ、運が悪かったのです。警備隊の突入した時にちょうど、広場の茂みで1人の男と肌を温めあっていたのですから。

 そして、ルイは警備隊に詰問を受けました。どうやら銅の国では、屋外でのああいった行為は違法とされているようなのです。しかも、それで金品を受け取ると、鉄の国と銅の国との条約違反ともなってしまうのでした。ルイは自国への強制送還となり、彼の処遇は鉄の国の判断に委ねられることとなりました。


 沙汰が下されるまでの猶予期間、ルイは実家へと帰らされることとなりました。

 家に帰ると、両親は、今までの態度が嘘のようにルイにきつく当たりました。


「そんなことをするとは思わなかった」

と母親は泣き崩れ、兄弟からは

「出来の悪い弟を持ったせいで、職場での立場が悪くなったではないか!」

と激昂されました。


 ルイが直接見ることはなかったのですが、この事件は、鉄の国でもそれなりのニュースになっていたのです。

 条約違反を犯したのが、厳しく教育を受けているはずの貴族の子弟ということで、国内の記者たちが面白おかしく書き立てたのでした。

 下級貴族も裕福な者は一部だけで、殆どは金銭的に余裕がないことや、ルイがまだ若く、法律をきちんと学びきれていなかったこと、彼が銅の国への編入試験のために本当に必死に努力したことなどは、彼らにとってはどうだって良かったのです。

 民の多くにとって、貴族というものは悪辣に通じて金を稼いでいるものであるはずでしたし、記者たちにとっては、金を稼げるちょうど良い話題でしたから。


 ルイは家族や屋敷の者の冷たい視線に耐えられませんでした。夜中に帰宅し、書斎にいた父親に、ゴンサロのことを正直に話したのです。魔法といっても、鉄の国までは効果はないだろうと思ったためでもありました。しかし、ゴンサロの名前を出した途端、ルイの身体には紅い紋様が刻まれました。

 父親は叫びました。


「それは銅の国の闇組織が使う、禁止された魔法じゃないか!!!いいか、おまえはこの領地の山小屋で一生を過ごすんだ!」


 その魔法は、契約に違反すると身体中に紅い紋様が刻まれ、違反者は紋様が刻まれた瞬間から死ぬまで、もう片方の契約者に自身の居場所や生死が知られてしまうという、闇組織から離れることが出来なくなる恐ろしい魔法でした。

 ルイは家の者以外には見えないよう布にくるまれ、樽に押し込まれて、真夜中に荒れ果てた山小屋に運ばれました。

 ルイの父親はその土地の領主に仕官していたため、他の子どもたちを守るためにも、絶対に事を表沙汰にすることは出来なかったのです。


 でも、当然内密のうちに、国王には知られることとなりました。外交問題に留まらず、鉄の国として、多国の裏で暗躍している闇組織に対してどう対処するかという問題となっていたからです。領主が管理できる領分だけでなく、小国である鉄の国が対応できる領分すら、はるかに超えてしまっていたのでした。それに、父親もまた、国からしてみればたった1人の下級貴族にすぎなかったのです。


 そして。ルイのいる山小屋には、処刑人が送られました。

 これは父親も内々に了承済みの処遇でした。警備に明るい者たちや、研究を極めた者たちでさえ、魔法を解除する方法が、つまり、闇組織からルイを隠し逃す方法を見つけることができなかったのです。

 ルイは山小屋に処刑人がやって来た時に、自分の認識がまだまだ甘かったことを後悔しました。

 ルイはただ、王宮に勤めて自分の実力を示したかっただけなのです。家族にとって誇れるような、そんな息子であることを。国の役に立てるような人間であることを。


 殺されたルイは、山小屋近くの木の根元に埋められました。その木には、翌年から、成るはずもない赤い実が成るようになりました。その実は甘く、栄養価も高かったのですが、近隣の者たちは気味悪がってなかなか口にしようとはしませんでした。

 それでも鳥たちは啄み、小動物も喜んで食しました。そして、その種は少しずつその地域に広がっていったのです。




 とある植物学者がその実を調べ、食し、その土地の一大産業にしたのは、それから何百年も後のことでした。

オリジナル童話として書きました。

お楽しみいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ