第18話 風の名前と、消えた少女
第18話 風の名前と、消えた少女
風が吹いていた。
静寂の中に、そっと忍び寄るような、やさしい風。
記録武装が影虎の右腕に宿ったとき、彼はかつての記憶の“かけら”を感じた。
それは「名前」の記憶だった。
――カナ。
白い髪、白い瞳。儚い笑みを浮かべた、少女の面影。
「……カナ?」
思わず声に出したその名前は、空気を震わせることもなく、ただそこに“還った”。
「記憶の風に触れたな、影虎」
背後に立つのは、またしても《記録者》。黒衣に顔を隠し、彼の記憶の行方をじっと見守る者。
「その名を知るということは、忘れていた“感情”に火を点けるということだ」
「……彼女を、俺は……失ったのか?」
記録者は何も答えない。ただ、片手に持った石の鍵を差し出す。
「《風纏ノ書》の力は、“失われた者の願い”を風として具現する。だが、願いは脆い。
カナの記憶は、この先にある“白の裂け目”に封じられている。行くならば、戻れない」
影虎はしばし黙った。
願い。風。名前。
ひとつずつ拾い集めるように、影虎は足を踏み出す。
「俺は――行く。たとえその先で、俺が“誰でもないもの”になるとしても」
白の回廊の奥。裂け目のような“亀裂”が空間を走る。
そこに触れた瞬間、空気が反転した。
空間が巻き戻り、音が逆流し、光が闇に溶けていく。
そして、少女の声が響いた。
「……あなたの名前、まだ思い出せないの?」
影虎の視界に、もう一人の“カナ”が現れた。
だがそれは、かつての彼が知っていた少女とはどこか違う。
その瞳は、記憶を喰らう《無き者》のものだった。