04200.里帰りその3
一先ずだが、両親との再会は果たされた。
ただ夜遅くということもあって、そのまま泊まることが決まった。
話が上手くいかない場合も考えて、色々と準備してきたのだが……。その全てが杞憂になったのは嬉しいことだ。
僕とラスティアラはたくさんある部屋の中から適当な一室に通されて、一先ずの報告成功に安堵しながら、それぞれ柔らかなベッドで目を瞑った。
『元の世界』に戻り、色々と緊張していたのだろう。
すぐに眠りに落ちてしまって、次の日――
目覚まし代わりに、自動で部屋の窓のカーテンが開け放たれ、朝の晴れやかな陽光が部屋に差し込んでくる。
その明かりに瞼を刺激されて、僕たちは二人同時に起床した。
そして、昨夜に話し合ったリビングへと向かっていく。
既に、そこには両親が揃っていた。
父さんが穏やかな笑顔で挨拶をかけてくれて、「向こうで顔を洗ってこい」と家の間取りを教えて貰えたので、ラスティアラと朝の身だしなみを整えることができる。
再度リビングに戻ったときには、次は母さんが穏やかな笑顔で聞いてくれる。
「――渦波、ラスティアラちゃん。何か食べたいものはあるかしら?」
何気ない両親からの言葉。
心臓が跳ねるほどに嬉しかった。
ずっと見たくて聞きたかったものが、常に目の前にあるというのは、中々に心臓に悪い。
そう僕が動揺していると、母さんは苦笑しながら部屋の壁にあるインターフォンに近づいていく。
「一応、朝食はハウスキーパーの作り置きがあるのだけれど……、量が二人分しかないのよね。頼むしかないわ」
朝から食事の配達を注文するつもりのようだ。
おそらく、この高級マンションには専用回線があるのだろう。それで食事の用意を済ませるのは、僕の知っている母らしかった。
だが、それは避けたい。息子として、あえて我が儘を言う。
「えっと……、僕はカレーが食べたいかな? 母さんの作ったカレーを」
「え? わ、私のカレー……?」
「うん。母さんのカレーが、凄い記憶に残ってるんだ。子供の頃は、それが大好きだったから……」
正直、いつも一人で食事を摂っていた記憶ばかりが残っている。
だが、全てが全て孤独だったというわけではない。
ぼやけた写真のように掠れた記憶だが、リビングのテーブルで母の手料理を待っていて、用意された美味しいカレーを食べた覚えがある。
あれは本当に美味しかった……。
ただ、その要望を聞いた母さんは、少し困ったように答える。
「渦波。いまだから言うけど、あなたに手料理を作ったことは一度もないわ。私、料理するのって大嫌いだもの」
「……時間の無駄だって思うタイプだもんね。でも、母さんは何度か僕に用意してくれたよ。間違いない」
少し前の僕ならば、自分の記憶の自信がなく、「やっぱり、僕の記憶違いだったかも」と退いていたことだろう。
だが、いまならば絶対の自信を持って、「間違いない」と答えられた。
「……もしかして、あれのこと? レトルトをそれっぽく盛り付けただけのやつ」
「うん、それそれ。あれが凄い美味しかったんだ」
覚えてくれていて、良かった。
もし、この思い出が共有できなかったら、やはり僕は『いないもの』だったと再確認することになったが……、恐れなくて良かった。
こうして、勇気と自信を持って話せば、少しずつ両親との距離は縮まっていく。そう思えたところで、母さんが呆れながら笑う。
「確かに、あれは何度か用意したような記憶があるわ。でも、あなた……、もしかしてカップ麺で料理ができるとか言うタイプなの?」
「言っちゃうタイプだよ。あれだって、立派な料理だからね」
「それは……、騙されてるわね。高級ホテルのレトルトを皿に盛りつけて、料理できる人に見せかける女性には気を付けなさい」
「やっぱり、あれって凄く高級なやつだったんだ……。なら、今日ここには都合よくないか……」
「あるわよ。私もお気に入りのやつだから、頼んで常備して貰ってるわ。言っとくけど、ライスもレトルトよ?」
そこまで話して、母さんは少し面倒臭そうな顔をしてから、家のキッチンに目を向けてくれる。
息子と再会して、最初のお願いを無視するほど薄情じゃないようだ。もちろん、そこには「立派な母親」を周囲に見せたい見栄もあるだろう。というか、それが母さんの行動原理のほとんどで間違いない。
それでも、僕が「食べたい」と願うとキッチンに向かってくれて、冷凍庫にあるレトルトを家のレンジに入れてくれるのが、心の底から感動できた。
そして、すぐお手軽に完成した四人分のカレーとライス。
それをみんなでリビングに並べて、朝食を摂る。そのとき、初めてのレトルトにラスティアラが「な、なにこれぇ……!」と驚き、僕が自慢げに「母さんの料理、美味しいでしょ?」と誇ると、すぐさま「凄いのは私じゃなくて、開発した人よ。でも、これで喜んでくれるならいいわ」と母さんが苦笑して、父さんは「……彼女はカレーも食べたことがないのか」と呟いて――
ご機嫌な朝食だった。
その空気を、さらにご機嫌にしてやろうと、母さんは咳払いしてから談笑を始める。
「――ということで、渦波の記憶にある私の料理が本物じゃなかったことは忘れて、ここからは楽しい話をしましょう」
「いや、母さん。『本物』じゃないからこその良さもあるんだよ。いま僕は最高に楽しい時間を過ごしてる」
「…………。さっきから、渦波……。あなたって、こんなにねじ曲がった子――だったわね。私たちの息子の癖に、妙に卑屈で、怖がりで、面倒くさくて……。でも、いまみたいに堂々と話してくれるなら、そこまで面倒じゃないわね」
さらりと「幼少の頃は面倒だった」と伝えられた。
その直球に僕はまた感動して、母さんも特に失言したとも思っていない様子で、ラスティアラに向かって話を続ける。
「とにかく、もっと楽しい話よ。……そちらの娘さんは『ラスティアラ・フーズヤーズ』でいいわね? もしイントネーションが間違っていたら、教えて」
「はい! 何も間違ってません! 難しい名前で、すみません!」
「元気のいい返事で可愛いわね。それで、その可愛いあなたは、渦波と婚約者でいいのよね?」
「こ、婚約者……! 婚約者と言うのは、婚約を交わして将来を誓い合った『たった一人の運命の人』ということで大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ。昨日、結婚を前提にって、そこの渦波が言ってたじゃない」
「それなら、婚約者です! どうか、婚約者ラスティアラ・フーズヤーズをよろしくお願いします! お義父様、お義母様!」
「んー、やっぱり変な子ね。その顔がいいから許される変人っぷり……、私は大好きよ? でも、もっと普通でいいわ。義理とはいえ、これから母娘になるのだから」
「あっ、はい。ちょっとテンション下げます」
母さんから「落ち着いて」と叱られて、ラスティアラは少ししょげた顔になった。
そのお客さんに気を遣ってか、母さんは次に僕へと顔を向けた。視線でいまの話の確認を取ろうとしていたので、僕は迷いなく断言する。
「ラスティアラは婚約者で、『たった一人の運命の人』だよ。これから先、何があっても彼女以外と結婚する気はないくらいには、本気で愛してる」
頭に「これから先」とも付けたのは、まずノスフィーとの結婚があるからだ。なので厳密には重婚となる。もちろん、重婚になっても僕の娘は喜ぶと確信しているので、特に気にすることなく、その結婚話を続けていく。
その僕の断言した顔を見て、父さんは少し引いた様子で話を繋げていく。
「……そ、そうか。渦波の決意は固そうだな、希。それで、前の話を聞いた限りだと、もう障害は何もないのだろう? すぐにでも、『異世界』で式を挙げるのか?」
「式は向こうでやると思うよ。でも、かなり先になると思う。昨日も話したけど、ラスティアラの実年齢って四歳だから」
「確かに、その年齢を信じるならば、こちらの法律だと角が立つな。まあ、国によるのだが」
体面を気にする職業を選んでいるのもあって、父さんは少し困った顔で色々と言い淀む。
ただ、それは心配ないと、ここぞとラスティアラが叫ぶ。
「でもっ! 私が作られてからそのくらいって話で、しっかりと身体は渦波と同年代くらいですよ! お父様の言う通り、私はすぐにでもがいいと思っています!」
「とか本人は言ってるけど、僕は時間を空けるつもりだよ。やっぱり、まだ四歳ってのがあるからね……。もしかしたら、成人するまでの十年ちょっとの間に、僕よりも素敵な男性を見つけることもあるし」
「…………、……カナミ?」
と、そこで僕が常識的なフォローを入れると、本気の殺気が隣から発せられる。
ラスティアラの怒りは尤もだが、僕は慌てて言い訳していく。
「い、いや、ラスティアラ? いまの話は建て前だよ? 全部知っちゃった父さんたちの前で、まだ四歳の子供相手に即結婚したいなんて、正直言いにくいから……!」
いまのが建て前というのは、ラスティアラも分かってくれているだろう。しかし、たとえ建て前でも、いまの「僕よりも素敵な男性を見つけることもあるし」という発言は、存在すら許されないと、あの聖人ティアラを思い出させる顔でキレていた。
『異世界』で留守番中の仲間の過去を思い出させる反応だ。
それに母さんは同調して、父さんは興味深そうに頷く。
「いまのは渦波が失礼よ。ラスティアラちゃんに、すぐ謝りなさい」
「ほう。ちゃんと、そういう顔もできるのか。そこだけは本気で怒るのだな」
同じ女性として、母さんはラスティアラの怒りをよく分かっていた。ただ、僕と同性の父さんは、僕と同じくらいに失礼なことを言っている。
とにかく、すぐに僕は「ごめん、ラスティアラ」と謝って、彼女から「いいよっ!」と怒気混じりの乱雑なお許しを貰う。
その四歳相応の彼女の反応を見て、母さんは和んだ顔になって確認する。
「ふふっ……。それで、いまのが建て前ということは、何にせよ結婚はするつもりなのね。式は本当に向こうで?」
「うん、まず向こうですると思う。もちろん、向こうが終わったら、こっちでもやるよ」
せっかく、『元の世界』での生活の目途が立ったのだ。長期的に考えて、こちらでも同じ関係を結んでおきたい。そう軽い気持ちで僕は話したのだが、両親は――
「…………。……そうか。ならば、こちらで式を挙げるときは俺たちに言え。完璧な段取りを決めよう」
「……ええ、そうね。親として、腕の見せ所になりそうだわ」
ここで、少し間ができた。
……ここで、なのか。
昨日から僅かにあった違和感の正体が、やっと少し読めた気がする。
ならば、僕は――
――余り考えないようにする。
千年ぶりの家族団欒で、いま、物語は相川家が主軸だ。
けれど、実際に終わった際の題名は「『異世界』に迷い込んだ少女ラスティアラの戦い」になりそうだ。
だから、全て終わったあとでラスティアラから怒られないように、相棒役か友人役として、この物語の流れは邪魔しないでおこう。
幸い、主役から落ちるのも、心まで『演技』するのも、大得意だ。
「うん。父さん母さん、ありがとう。こっちのことは、色々と頼ることになると思う」
「ええ、頼りなさい。……となると、まずは戸籍ね。普通なら大変だろうけど、そういう伝手が私たちにはあるから問題ないわ。写真、ちょっと撮らせて貰うわ」
と言って、スマートフォンをこちらに向けた。
おそらく、いま写真を撮ったのは別の目的があるだろう。
まず知り合いの探偵あたりに頼んで、身元調査するはずだ。だが、それはおくびにも出さずに、母さんは「いい写真が撮れたわ」と笑う。
「ほんっとーに、写真写りがいいわねー。これが『異世界』のお姫様の貫禄……いえ、産まれながらのヒロインってやつなのかしら?」
その画像を眺めながら、そう羨ましそうに呟いた。そして、その感想は昨日僕が説明した話の影響か、かなりファンタジーに染まっていた。それにラスティアラは嬉しそうな顔で、Vサインしながら感謝する。
「あ、ありがとうございます……!」
「当たり前だけど、初めて会ったわね。『本物』の物語のヒロインさんには」
「ただ恐縮ですが、お義母様……。その『本物』というのは、ちょっと違うと私は思っています。厳密な『本物』は私を作ったティアラお母様で、私のほうは『作り物』でしかないので……」
「…………。いいえ。それは絶対に違うわ。いま目の前で直に話していて、凄く思うもの。あなたは『本物』のヒロインよ。たとえ、それが元々『作り物』だとしてもね」
「そ、そうですか!? そう言ってもらえると、嬉しいです……!」
真正面から褒め称える母さんから、嘘偽りは一切感じないのだろう。
ラスティアラは「てへへ」と照れては笑い、義理の家族関係を進展させていく。
「で、そんな最高にヒロインな新しい義娘に、私からプレゼントがあるわ」
「プレゼント……!? 一体なんでしょう!?」
「いま来てる服、渦波のコーディネートだろうけど……、私好みじゃないわ。カレーを食べ終わったら、隣の部屋に行きましょう。私のおさがりで申し訳ないけど、軽くコーディネートし直してあげるわ」
「…………っ! こちらの服を見せて頂けるんですか? それは楽しみです! は、早く食べないと!」
「食べるのはゆっくりでいいわよ。私も食べながら色々と構想中だから」
母さんは食事をしながら、じっと対面の顔を見つめて妄想を始める。
それにラスティアラがさらに照れていく。
その様相は、義理の母娘として『理想』だと僕は思った。
その二人を尻目に、義理ではない僕と父さんが話していく。
「希はおまえたちに合わせて、いま彼女をヒロインと表現したが……。こちらの表現だと、少しおバカな天然キャラというやつだな。年上の層から人気が出て、なかなか売れそうだ」
「……んー、天然なのは間違いないだろうけど。意外に、ラスティアラの地頭は悪くないよ? あれで結構、勘も鋭いんだから」
「ほうっ。それはいいことを聞いたな。『演技』というのは、しっかりと計算が出来てこそだからな」
「キャラ……。父さんが、そういう話と評価の仕方をするってことは――」
「親として、当然の話だ。こっちで二人は、どういう仕事で、どういう生活をするつもりなんだ?」
「そこまでは、まだ考えてないよ。たぶん、向こうでの生活がメインになると思うから……。こっちだと僕とラスティアラはフリーターになるのかな?」
正直に言えば無職だろう。
だが、全く何もしないわけではないと思うので、そう自称してみた。
しかし、それを口にしたとき、ずっとラスティアラを眺めていた母さんが口を挟む。
「――それは、駄目。絶対に駄目よ、もったいない。こんなに綺麗なものを、あなたは一切使わずに、大事にしまい続ける気なの?」
丁度、急いでカレーを食べ終わったラスティアラと一緒に、席を立とうとしたところだった。
僕は何かの地雷を踏んでしまったのか、母さんは怒りを僅かに滲ませていた。
それから、「渦波は昔から、女の子の気持ちに疎いのよね。私がしっかりと綺麗にしてあげるから、あなたは安心してね」と、少し困った顔のラスティアラを自室に連れ込んでいく。
その女性二人の背中に向かって、父さんは話を繋げていく。
「少し希の言い方は悪いが、もったいないというのは俺も同意だ。二人とも、こちらでも引く手あまたになるだろうからな」
遠回しにだが、『異世界』にばかり引きこもって欲しくないと言われた。
それには僕もラスティアラと同じく、少し困った顔になるしかなかった。だが、父さんは容赦なく、僕の顔に向かって本音を叩きつけていく。
「いや、こちらも建て前は止めるか。……渦波、俺はおまえと一緒に仕事がしたいんだ。それだけが、いまの俺の望みだ」
「……僕と一緒に、仕事を?」
「ああ、そうだ。もちろん、面倒な芸能人としての仕事じゃないぞ? 大事な俳優の仕事を、息子のお前と一緒にしたい」
「それは……、無理だよ。あっちで僕は長く生き過ぎてる。急に、こっちで働くなんて――」
「下手な言い訳はするな。もし本当に不安だとしても、黙っててもいいモデルから始めればいいだけだ。いまならば、俺の知り合いに頼んで、SNSからでも楽にスタートは切れるだろう。模倣だけは上手かったおまえなら、流行っている踊りや歌の動画だって完璧にこなせる。……ああ、本当に向いている。丁度いいタイミングで帰ってきたと、おまえは思わないか?」
「もし、それで上手く僕が有名になったとして、そのあとは――」
「ああ、そのあとは俺たちと同じ俳優業に就いて欲しい」
そう願う父さんが、じっと僕を見つめ続ける。
その同じ黒い瞳から、僕は迂闊に視線を逸らせない。
母さんもだが、その『観察眼』は非常に鋭い。
「父としてだけじゃない。同業者として、興味がある。――いまのおまえの本気の『演技』を、俺は見てみたい」
僕が話の要所要所で『演技』していると、感づいていたようだ。
そして、その僕のスキルが父を超えているかどうかに、強い興味を持っているように見える。
分かってはいたけど、これが父さんの人生のこだわり……。
『理を盗むもの』ならば、『未練』にあたる大事な部分……。
とラスティアラ・母さん・父さんの三人分の地雷が綺麗に見えたところで、僕は苦笑を浮かべながら首を振る。
「別に俳優にならなくても、『演技』なら見せられるよ。だから、その将来設計はちょっと勘弁して欲しいかな」
その僕の拒否を聞く父さんも笑う。
ただ、僕と違って苦々しくではなく、年に似合わない好戦的な笑みをしていた。
「ははっ、だろうな。だが渦波、俺の性格は覚えているか?」
「覚えてる。どんなときだって、簡単に諦める人じゃなかった」
「ああ、だから親としても、絶対に諦めはしないとも。いまにもどこか遠くへ行きそうなおまえを捕まえて、しつこく一緒にいたいと頼み続けよう」
「絶対に、親としてだけじゃないよね、それ……。あっちの母さんも、妙にラスティアラにこだわってるし……」
身の危険を感じた僕は、一旦『異世界』に逃げ戻りたくなる。
しかし、父さんは逃がしはしないと、宣言通りにねっとりとした早口で、僕を捕まえ続ける。
「そういうことだ。だから、今日は一日中説得し続けたいところだが……、残念ながら仕事がある。当たり前だが、かなり先まで俺たちは揃ってスケジュールが一杯だ。……だが、すぐに調整しよう。それが終わるまで、おまえたちはここで待っていろ」
このマンションは自由に使っていいと、テーブルの上に置かれたのは部屋のカードキーと二つのスマートフォンだった(仕事で携帯電話はいくつも使い分けているのは知っている。おかげで、即座に僕たちのものも用意できたようだ)。
その父からのプレゼントを手に取ると、父は父らしく大盤振る舞いをする。
「今日の夜も必ず、ここに戻る。だから、久しぶりの街を観光でもして楽しんで、待っていろ。スマートフォンに入っているものは、全て自由に使っていいからな」
「…………」
正直、軽く挨拶をしたあとは、『異世界』に戻る予定だった。
その予定を僕の表情から読み取った父さんは、先んじて逃げ口を塞いでくる。
「どうした、渦波? 昨日、向こうでの物語は全て終わったと言っていただろう? なら、いくらでも時間はあるんじゃないのか? ゆっくりしていけばいい」
「うん……。時間はあるし、こっちで行きたいところも結構ある」
「なら、決まりだな。丁度いい話だ。本当に全てが……、丁度いい」
父さんの言う通りだと思った。
全ての話が丁度良く、都合よく、とんとん拍子で進んでいく。
だから、もう決着をつけないと、『異世界』には戻れそうにないようだ。
「――これで、まだ親子の『話し合い』は続けられるな」
これを言われると、断れないし、逃げられない。
家族との決着。つまり、この『話し合い』が終わるまでは、マンションで厄介になるしかないと僕は諦めていく。
その僕の性格と判断を、父さんは読んでいたのだろう。
非常に満足した顔で頷いてから、朝の食事を終わらせて、急いで仕事の準備を整えていく。
――そして、隣の部屋から戻ってきた母さんと一緒に「行ってくる」と、そそくさと部屋を出て行く。
結果、一流女優のように着飾られて「えっ? この凄そうな服、いつ返せば……」と困惑しているラスティアラと僕は、部屋に残される。
上手く僕たちを、マンション(ここ)に縛り付けたものだ。
ただ、その両親の執着が少し心地良くもあった。子供の頃の陽滝は、これの相手をしていたのならば大変だったろう……と共感できて、楽しくもある。
ああ、これは本当に楽しい帰郷だ。
と久しぶりの相川家を懐かしみながら、とりあえずリビングのテレビを点ける。
それはそれとして、この『元の世界』のラスティアラの反応を楽しみたい。
この相川家に振り回される『異邦人』を、僕も全力で歓迎していく。
※全クリ後のカナミは『数値に現れない数値』が非常に高く、色々とフェアじゃない読みをしてるので、現段階で彼が感じている傍点部分の意味を読者さんが推察することはほぼ不可能です。




