04150.里帰りその2
こうして、『元の世界』に戻った僕は、まず両親と再会した。
ただ実を言うと、両親よりも先に再会した相手がいた。
それは最初の最初、《リプレイス・コネクション》を通ったすぐ後のこと。
例の賃貸部屋で、その再会相手に向かって僕は話しかける。
「――『織れ繋炎』『無限層楼の路の果てに』――」
お邪魔しますの代わりに、そう『詠唱』した。
それは記憶を『代償』とする炎属性のアレンジ。例の『忘却』を利用して、最初の再会相手である『元の世界』に向かって、僕は『終譚祭』の記憶を譲渡しようとした。
入国ならぬ入界手続きの交渉がしたかった。
もう僕は前のような反則的な力は持っていなくて、ただ『里帰り』がしたいだけ――そう伝えたくて、記憶の管理権を全て、一時的に『元の世界』へ預けようとした。
(――『織れ繋炎』『無限層楼の路の果てに』――)
「…………っ!?」
驚くことに、僕のオリジナル『詠唱』は山彦のように返ってくる。
どこか「そう易々と、自分の記憶を渡すな!」と、怒られているかのような気もした。
ただ、僕からすれば記憶はなくても、さして重要ではないし、慣れていることだ。最後には返して貰うつもりなのだから、遠慮せずに受け取って欲しいのだが「本当に要らない。そもそも、もう知っている」とでも言うように、逆に、僕が視せられた。
その炎属性の新『詠唱』によって、僕の頭に『元の世界』の記憶が流れ込んできて――
その記憶の光景は、とても見覚えのある場所だった。
どこまでも続く青い海と空。
無限に魔力が溢れ続ける空間。
『最深部』だった。
だが、僕の知っている『最深部』とは少し異なる。
『異世界』ではなく、『元の世界』側の『最深部』であると、元『世界の主』だったおかげで直感的に理解出来た。
そして、その青い海の果てから、こちら側に向かって伸びる『石畳の道』。
その橋とも見紛う巨大な石造りの道の上には、見知った顔たちが立っていた。
死して魂となった三人。
ハイン・ヘルヴィルシャイン。
グレン・ウォーカー。
パリンクロン・レガシィ。
その三騎士の後ろに主として立つのは、ライナー・ヘルヴィルシャイン。
僕が一生敵わないと思っている『強い人』たちが、四人。
頼りになるメンバーが『元の世界』と邂逅して、話し合っている光景を、逆に僕は視せられていく。
つまり、僕よりも先に、あのライナーたちは訪れていたのだ。
思えば、『終譚祭』のあとの力関係を考えれば、向こうが先にやって来るのは当たり前の話だ。そして、僕よりもライナーたちのほうが上手く『取引』できるのも当たり前だった。
そう長くない話し合いの末に、あっさりと四人は『元の世界』と協力関係を築いていく。
ただ、その話し合いのほとんどは、交渉に向いているパリンクロンが担っていて――
「――つまり、『世界』の警戒しているカナミのお兄さんは、ただの小心者ってことだ。力を失った今、もう大それたことはできやしないから安心してくれ」
そして、その僕の陰口に、ライナーのやつも乗っかっていく。
「結局、力がありすぎるのが問題だったんだ……。だけど、こっち側の『世界』のみんなで、なんとか真人間に戻したので、どうか安心してください。『異世界』さん」
「真人間に戻ったかどうかは、正直まだ経過観察中だが……。とにかく、こっちからすると『相川渦波』『相川陽滝』を生んだ『異世界』に、色々賠償して貰いたいくらいなんだぜ?」
言われたい放題の交渉だった。
一応、その隣のハインさんやグレンさんは「少年の優しさは世界一でしたよ? 私は『異世界』に感謝しています」「カナミ君は僕と同じで、ちょっと慎重派なだけだと思うけどね」とフォローしてくれていたが……。
そして、その奇妙な交渉は最終的に――
・『元の世界』は、来訪者を拒まない。
・大事を起こさない限り、『身じろぎ』もしない。
・代わりに、『異世界』から魔法について少しずつ学ばせて欲しい。
・ただ、本当の『魔法』のような大規模魔法や反則魔法は、まだこちらでは使用しないように。
・基本的に、少しずつ交流を深めていく方針。
――という条件で落ち着いていた。
だから、僕は安心して、話せた。
あの懐かしきタワーマンションの最上階の一室にて。
両親たちを相手に、『異世界』や『魔法』について全て話せるのは、この記憶を視させて貰ったおかげだろう。
ちなみに、両親たちとの話し合いの場となったリビングは、僕の古い記憶とほぼ同じだった。
開放感のある硝子張りの窓に、白を基調にした壁紙。
インテリアは最小限で、高級家具が無駄なく並んでいる。
その中央には、大きな白いテーブル。
そこで僕とラスティアラが並んで座っていて、その向かい側には父さんと母さん。
この恵まれた状況に感謝しつつ、とにかく僕は説明をし続けていった。
まず、僕と陽滝が幼少の頃に、『魔法』に届いたことから。
その後、『異世界』まで旅立って、こうして『元の世界』に戻ってくるまで。
一切隠し事はしない――つもりだが、流石に一から十まで話すと何ヶ月もかかりそうなので、相川兄妹を中心に小一時間ほどで纏めて――大体の物語を話しきったところで、父さんが最初の感想を述べていく。
「…………。……まずだな。まず、ここまで我慢強く聞き続けた父たちを、褒めて欲しい」
当然だが、お茶の用意されたテーブルを挟んだ先で、父さんと母さんは顔を歪ませていた。
そう言えば、僕も『異世界』の初日は、こんな顔をしていた記憶がある。
ただ、弱くて不安定だった僕と違って、強くてしっかりしている両親は、スキル『???』を必要としない。
しっかりと自分を保って、お茶を啜る余裕があるように見えた。
その強さを、僕は心から褒め称える。
「うん、凄いよ。普通、こんな荒唐無稽な話、途中で聞くのを止めると思う」
「ああ、普通ならば聞けたものじゃない。聞けば聞くほど、こちらの頭がどうにかなりそうだった」
「普通なら子供の与太話扱いね。信じるほうがどうかしてる、けど……」
父さんと母さんは安易に鵜呑みすることなく、冷静に情報を吟味していた。
だが、そんな悠長な真似は許さないと、僕の隣でラスティアラがはしゃぎ出す。遠慮なく、テーブルの上に魔法の炎を舞わせながら――
「い、いえっ、ほんとーなんですよ!? ほらっ、魔法です! ――《フレイム》! もちろん、種も仕掛けもございません!」
まずは魔法の存在を信じて貰えないと、あらゆる話が前に進まない。
なにより、ラスティアラにとって、魔法は自分の存在そのものだ。
そのレゾンデートルやアイデンティティの証明の為にも、可愛らしく必死に自己アピールしていく。
そして、その小さな鳥に模した炎を見せつけるラスティアラに向かって、僕は苦笑いを浮かべる。
「ラスティアラ、それは……。こっちだと手品師の決まり文句で、逆に怪しくなるから言わないほうがいいよ」
「ん? ま、まじしゃん……? って、なに?」
「こっちの世界だと、マジシャンは手品師って意味だね。すごい技術で、まるで魔法のように見せかける人のこと。……うーん、まだ《ニューリーディング》の精度が足りないな」
「まじしゃんって、つまり奇術師とか詐欺師的な意味!? ノーノー、アイムマジックマスター! 私の魔法、ホンモノホンモノ! ということで、追加ぁー! 鳥になれ、――《アイス》!」
とラスティアラは焦って、次は氷結魔法で鳥に模した氷を作り出し、またマジシャンのように「じゃんっ! いかがでしょーかー!」と両腕を広げた。
当然、それを見る父さんと母さんは、顔が歪んだままだ。
なにせ、まるで生きているかのように炎と氷の魔鳥が、ずっと飛んでいる。特に母さんからは、ずっと驚愕と感嘆しか口から出てこない。
「ほ、本当に……。何度見ても、凄いわね……」
「母さん。ちなみに、鳥くらいなら僕も作れるよ。――魔法《ワインド》」
「渦波も……。これだけで生きていけるわね。いや、それどころか……――」
三属性の魔鳥を前に、母さんは考え込んでいた。
そこへ追撃するかのように、ラスティアラは叫ぶ。
「どうか信じてください、お義母様! 魔法は、あるんです! あるところには!」
「だ、大丈夫よ、ラスティアラちゃん。初めての私たちの家で、これだけできれば……。マジシャンの知り合いも多いし、これが本物であることは分かったわ」
そして、母さんはテーブルの上の超常現象を指差し、微笑みながら話を続けていく。
「もう何度も見せて貰ったから……、種も仕掛けもない魔法だって信じるわ。安心して」
「あぁ、よかった……! 助かります、お義母様……!」
「ええ。だから、それよりも――」
母さんはテーブルから視線を動かして、ラスティアラの黄金の瞳をジッと見つめ返す。
手品師でも再現できそうな魔法ではなく、『異世界』の魔法の集大成そのものに興味を持ったようだ。
その歪んだ笑みを深めて、どこか口説くように褒めていく。
「それよりも、綺麗。とても綺麗よ、ラスティアラちゃん。あなたの顔は、まるで美術館の彫刻みたい」
「えっ? いやー、それほどでもです! これでも、向こうだと大陸一とか言われていました!」
「やっぱり、そうなのね。私が見蕩れるんだから、よっぽどよ」
「ただ、これって『作りもの』なんですけどね。さっきカナミが説明した通り、私は『魔石人間』ってやつなんです」
「へえ……! へえっへえっへえっ、そう! そうなのね! 『作りもの』なんて、ほんと! ほんとにもう、綺麗なわけだわ!」
「はい! ああ、『作りもの』でも感激して貰えて、嬉しいです!」
「嬉しいに決まってるわ。だって、こんなに綺麗なあなたが、これからは私の義娘ってことになるのよね。ふふっ」
「えっ……、えぇっ!? は、早い! 認められるのが早い! やったぁ!」
今回、ラスティアラにとって一番の課題は「魔法の産物である自分の存在を認めて貰うこと」ではなく、「いかにして、相川渦波とお付き合いしているのを認められるかどうか」だった。
それがあっさりとクリアされたことに驚き、喜び、いまにも立ち上がって、踊り出しそうだ。
その妙に波長が合っている母さんとラスティアラを置いて、父さんと僕は静かに話していく。
「『魔石人間』か……、こちらのクローン技術のようなものか? 直近の話だと、中国あたりが行っていた遺伝子デザインを思い出すな。確か、知り合いも興味を持って、施術可能な国に移り住んで試したいと意気込んでいた」
「……流石、父さん。察しがいいね。はっきり言って、ラスティアラの生まれはそういう方向性のやつだよ」
「察しが良くなければ、すぐに潰される業界だからな。あとこうして、実はよく分かっていなくても、全て分かったかのような顔をするのも大事な技術だ」
母さんと比べて、かなり冷静そうな父さんだったが……。
すぐに冗談めかして、まだ『混乱』していることを息子の僕に明かしてくれる。
そして、それを僕は苦笑しながら、「そりゃそうだよね」と答える。
正直、ここまで僕たちは親子らしく話せていると思う。
だが、どこか距離があるのは否めない。
子供と大人の間柄ではなくなったからだろうか。対等な交渉をしているかのように、父さんは少し堅い言葉を選んでいく。
「渦波、俺は息子の言葉を信じたい。だが、息子の為にも、そう簡単に全てを信じ切ることはできないことも分かってくれ。これも危険を避ける大事な処世術だ」
その父さんの判断には、ラスティアラと女子トークを始めていた母さんも続く。
「ええ、そうね……。確かに、信じられるところは多くあったわ。ただ、全部は無理よ。あなたたちが大がかりな何かに騙されている可能性があって、そのことをよく考える義務が親の私たちにはあるわ」
部屋の空気は軽かったが、両親二人の判断まで軽くなることはなかった。
魔法の証拠を多く見せられて尚、手堅い反応をしてから、二人で見つめ合う。
夫婦間でしか分からないであろうアイコンタクトの後に、僕たちに要望する。
「だから、渦波、ラスティアラさん。向こうの部屋で、希と少し話をさせて欲しい」
「そうね。進さんと二人だけで、色々と確認したいことがあるわ」
『相川進』と『相川希』。ずっと父さんと母さんと呼んでいたので、その名前は耳慣れなくて、少し不思議な気分だった。
しかし、そのありがちな日本名があって、僕や妹の特殊な名前に繋がるのだ。
その家族全員の名前を愛おしく思いつつ、懐かしさで涙を滲ませかける僕と違って――
父さんと母さんは、非常に冷静だった。
ここまでの流れに呑まれることなく、自分のペースで考える時間を望んだ。
僕たちを否定するわけではない言葉選びも含めて、事前の『強い人』という評価通りの対応に、ラスティアラと僕は要望を受け入れていく。
「ええっ、もちろんです! いくらでもどうぞ!」
「僕もいいよ。ここでラスティアラとお茶でも飲んで、ゆっくり待ってるから」
それを聞いた両親は二人で「ありがとう」と言ってから席を立ち、隣の部屋に入っていく。
リビングは静まり返る。
そして、ときたまガラスコップに入ったお茶を啜る音が響くだけ――とはならない。ラスティアラが試すように、僕に聞く。
「……ねえ、カナミ。聞き耳たてないの? 《ディメンション》使えば、本当のところが分かると思うよ」
純粋な性格をしているラスティアラだが、だからと言って騙されやすいわけではない。
あのパリンクロンに師事して、ティアラの策謀に誰よりも早く気づいた少女だ。
いまの両親の反応に裏があるという指摘に、僕は頷いていく。
「できるだけ、他人のプライベートは魔法で視ないようにしたい……けど、あの二人は他人じゃなくて、家族だからね。なにより、いまは家族にとって本当に大事な時だ。だから、遠慮なく視るよ。――月魔法《ディメンション》」
もう格好付けて、聖人ぶるつもりはない。
自分の人生をより良くするために、僕は魔法を利用した。
その判断にラスティアラは「使えるものは使うのが一番!」と頷いて、僕の空間把握の魔法は拡大して、隣の部屋まで満ちていく。
しっかりと両親はリビングから距離を取って、小声で話していた。だが、全て筒抜けとなった。
父さんと母さんの『演技』のなくなった本当のところを、僕は魔法で盗み聞いていく。
「――どうだ、希。俺は本物でいいと思う」
「本物だわ。渦波じゃないと知らないことを、たくさん知ってたもの」
「それだけでは、まだ断定できないが……。この際、偽者でも構わない。あれは息子に相応しい」
「そうね。息子でいいだけの価値があるわ。連れてきた娘も合わせて」
やはり、まだ僕が本物の実子かどうか、疑われていたようだ。
つまり、ここまでの会話の中で、両親は用心深くも確認作業を繰り返していたのだ。
そして、その全ての確認作業が終わり、やっと一時的に打算的に合理的に、僕を渦波としてくれるようだ。
「それよりも、『異世界』とかいうファンタジーな話のほうだ。……あのお伽噺は、さらに信じがたい話だ」
「私も信じられない……と言いたいけど、色々な答え合わせにも感じたわ」
「ああ。いま世界が西暦3000年代まで進んでいるというのは、知る人ぞ知る話だが……先ほどのファンタジーな話と合わせると、その暦にも整合性が取れてしまう」
「明らかに例の小氷期から、世界は変わったわ。その原因を説明するカバーストーリーのようだったけれど……、少し荒唐無稽すぎなかったかしら」
「いまの渦波なら、もっとよくできた嘘をつくこともできたはずだ。なのに、あの荒唐無稽な話をしたということは……」
「でも、そう私たちが考えると見越して、ああいう話にしたのかもしれないわ」
小難しい話をしていると思った。
同時に、まだ僕の知る両親らしさが残っていると分かって、嬉しくもあった。
「…………。そういえば……、一時期、俺たちに政府の公安がしつこく尋ねてきたな」
そして、その相談の最中で、両親が警察のお世話になったときの話が出てくる。
確か、日本の公安警察さんは、国内外の反社会的組織やテロなどの対応が仕事だったはずだが……。
「あのとき、俺たちは以前の犯罪の調査をされているのかと思っていた」
「けど、私たちの調査をしに来た割には、違和感が多かったわ」
「あの違和感通り、別の狙いが公安共にあったなら……。俺たちへの調査は隠れ蓑で、本当の目的は私たちの『陽滝』と『渦波』だったということか……?」
「見慣れない人間が同行していたわ。あれが新しい部署の――先ほどの渦波の話にも出てきたファンタジー的なものに対応する部隊の関係者だったということかしら?」
「存在していたが存在しないと噂される部署の話だな……。いつの間にか、まるで魔法のように消えたと、知人からは聞いている」
「そう、まるで……。魔法のように、ね……」
「その魔法を、いま嫌というほど見せられたところだからな。笑えん」
「あれは間違いなく、手品じゃなかったわ。超常現象と呼ぶしかないものよ」
「ああ、そうだ。確かに、そうなんだが……」
「はぁ……。あの子、私たちを尊敬してくれるのはいいけど、容赦なさすぎよ」
「もう少し、渦波には気を遣って欲しかったところだな。何もかもが、急すぎる」
「本当に、もう……。ああ、もう……、頭が熱いわ」
「しかし、魔法があるのを前提としないと、話は進まないぞ」
「分かってるわ。それを前提にして、考えていきましょう。これからの対応を――」
反省したい。
心の強い両親ならば、いかなる情報だろうと分析し切って、すぐ乗り越えてくれると思っていた。だが、それは幼少期の僕の幻想だったようだ。
とはいえ、二人が常人よりも賢く、胆力があるのは間違いない。
少しずつ情報を摺り合わせていき、魔法についての向き合い方を短時間で決定していく。
それを見守る僕は、その二人の心の強さ――ではなく、いま二人が話した「魔法のように消えた部署」のほうが少し気になっていた。
千年前、妹の陽滝が星を氷漬けにしたとき、確かに魔法へ対抗する為の組織は存在していて、一度は『相川陽滝』の頭部破壊を成功させていた。
ただ一年前、暴走した僕がセルドラと喧嘩して星を『糸』塗れにしたとき、その組織は『なかったこと』にした――はず。
その『なかったこと』は、本来ならば「魔法のように消えた」という違和感さえも残さない。
なのに、陽滝の氷も僕の『糸』も乗り越えて、違和感を残している人が父さんの知人にいるらしい。
……もしかしたら、「違和感を覚えるだけでなく、記憶を守り切った人」もいるかもしれない。グレンさんやセルドラのように、生まれ持って魔法センスが高く、『糸』のような害意に敏感であれば、ありえない話ではない。
いつか、その人と僕は出会う機会があるのだろうか。
そのとき、僕たちとどのような関係になるのだろうか。
面白そうだった。
なので盗聴しつつ、もし「違和感を覚えるだけでなく、記憶を守り切った人」がいるとすれば、一体どういう経緯で生まれて、いまどのような状況で、どこにいる可能性が高いかを、僕は妄想していく。
――と盗聴と妄想をすること、数十分ほど。
隣の部屋から両親が「待たせてすまない」と戻ってくる。
その少し疲れた顔をした父さんに向かって、僕は確認する。
「大丈夫? 最初に言ったけど、荒唐無稽なところは信じられなくても、無理は――」
「大丈夫だ。その話も含めて全部信じると、いま向こうで希と決めた」
途中で遮られて、力強い声が返ってくる。
僕たちにとって「信じる」という言葉は特別だ。そう言われた以上はこちらも、その言葉を信じ返したい。
「正確には、少しずつ信じていきたいって感じよ。正直、急に全部は無理だもの。……ファンタジー過ぎてね」
その母さんの補足に、父さんは苦笑して「そうだな」と頷いていた。
…………。
いまのところ、夫婦でよく相談した上で「話は荒唐無稽だった。しかし、息子を信じる」と決めたように見える。
……だが、『演技』だ。
この両親の「息子を信じる」は口だけ。
二人は本心を偽り、問題を後回しにして、親としての見栄を張り、責任から逃げつつ、自分たちの利益だけは確保する――という、とても身に覚えのある悪癖を発揮している。
本当に身に覚えがありすぎるので、なんとなく両親の方針も分かった。
なにせ、かつての僕が、初めてディアを迷宮に誘ったときと同じ流れだ。
おそらく、「相手の主張や言葉は関係ない。ただ、その大きな力を利用する為に、とりあえず話は合わせておこう」という感じだろう。
だから、僕は安堵して、笑みを浮かべていく。
「ああ、よかった……」
その親子の『繋がり』を感じられて、僕は少し嬉しかった。
それは隣のラスティアラも同じようだ。両親の胡散臭さに気づいた上で、「カナミに似て、愉快な人たちだ。上手くやっていけそう」という顔をしている。
なによりも、いい塩梅に落ち着いたと思った。
いきなり親子の絆で全てが解決するわけでもなければ、絶望的な溝ができているわけでもない。
これから少しずつ、この空いた距離を埋めていこう――と思えるくらいの丁度良い状況に、ラスティアラも僕と同じ言葉を繰り返す。
「ええ、ほんとよかったです!」
僕とラスティアラは揃って、満面の笑みだった。
それを見て、両親も同じ表情になってくれる。
みんな揃って、安心して、笑って、「よかった」を繰り返していく。
ただ、その一件落着のようでどこかずれた空気の中、父さんは顔を引き締め直す。
それは決して無視できない問題だった。
「……だが、先ほどの話を全て信じるということは、俺たちの娘陽滝は――」
「うん……、もういないよ。死んだから……。でも、その前に陽滝は、人生で最高の『対等』な相手を見つけた」
「あの陽滝と『対等』な相手か。正直、想像し難いな」
「その想像できないような人と、陽滝は『家族』になったんだ。そして最期は、その『家族』と手を繋いで、全てに納得して、逝った……。だから、もうここに陽滝は戻ってこられない」
僕は笑みを残したまま、その結末を誇って言い切った。
それを聞く両親は、笑みを崩して顔を顰めている。
家族の死の報告に、冷たい空気がリビングに流れた。
数秒の静寂のあとに、父は確認をする。
「おまえの話を全て信じれば、兄妹揃って長い時間を生きたことになる。……その上で、陽滝は全力で最期まで生き抜いた。そういう認識で、いいんだな?」
「うん。『異世界』で千年眠ったのを除いても、姿が変わらないまま十数年くらい頑張ったからね……。いまの父さん母さんくらいは、長生きしたよ。その上で、陽滝は最期にとても満足した顔で、ティアラと一緒に生き抜いた。その『最後の頁』だけは、絶対に間違いじゃない」
父の気にしているところは分かっている。
陽滝が短い命を散らしたのではなく、十分に生きた末の往生ならば――
「ならば……、いい。元々俺たちは、まともに死を悼めるような人間じゃないからな。……もちろん、悲しくないわけではない。ただ、悲しんでいる時間があるのならば、前に進み続けるべきだと……、そういう生き方を選んでここまでやってきた人間だ」
ならば、構わないと。
娘の死に、父はあっさりと感情の整理を付けた。
その姿は、どこかラグネ・カイクヲラを思い出す。いや、正確には、あいつを育てた母親のほうか。ああいう形の家族愛もあると知ったからこそ、そのあっさりとした反応でも僕は納得できた。
「……分かってる。……やっぱり、父さんと母さんは強いね」
「言葉を選ばずに、薄情者と言ってもいい。これは赤の他人の話ではなく、行方不明だった娘の話だ。親として最低と罵られても、文句は言えん」
「でも……、陽滝も陽滝で、結構薄情で最低なところがあったから。たぶん、あいつなら「理解のある父と母だと、話が早くて楽で助かります。そこの面倒臭い兄さんと違って」って、軽い感じに答えると思うよ」
少し前に僕は、魔法で陽滝の人生を追体験して、看取った。
さらに『終譚祭』で、その魂の声も聞いた。
だから、僕も薄情と思われてもいいという気持ちで、死者となった妹の代弁をした。
そして、その代弁に、陽滝と仲が良かった母さんが懐かしそうに反応する。
「……言うか言わないかで言えば、あの子なら言いそうね。達観してて、色々と冷たい子だったから」
その思わず零れた伴侶の評価に、父さんも「ああ。いまのはまるで、本当に陽滝が言ったみたいだった……」と、僕の『演技』に頷いてくれた。
どうやら、両親から見ても、陽滝は自分たちに劣らない薄情者という認識だったらしい。
つまりは結局、どれだけ言葉で飾っても、この相川家は薄情者ばかり。
その事実が家族内で共有されていき、どこか開き直った様子の父さんの大声が通る。
「ああっ、つまり、とにかくだっ! さらに陽滝への薄情を重ねて、こう言わせて貰おう。……渦波、よかった。おまえだけでも、この家に帰ってきてくれて……、本当によかった」
最後は、そう締め括られた。
多少強引な纏めた方だが、相川家らしい気もする。
「うん……。ただいま、父さん母さん。僕も、この家に帰って来られて、本当に良かったって思う」
だから、僕も後ろ向きになることはない。
相川陽滝を悼む為にも、自らの『幸せ』に向かって、笑って頷いた。
僕の隣で「ほ、ほんとよかったあー! これにて一件落着だね!」と騒ぐラスティアラの手を、テーブルの下で握りながら。




