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文字の墓場  作者: mesotes
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正しい騎士団のつくり方-1


 鳳琴子は花も恥らう15歳。彼女はフィーラル大陸ツァオ国最高指導者の一人、ミン・ルーイェ・ツァオの家の客分・居候であり、彼の息子のミン・ハン・ツァオの学友である。

 そんな彼女が居間でのほほんと本を読んでいたら、当の学友がにこにこしてやって来た。

「やあ。琴子ちゃん。今日もいい天気だね」

「あ、汎君。うん、いい天気だね」

 本から顔を上げて心からの笑顔を向ける鳳琴子。その笑顔が次の瞬間固まった。

「絶好の旅立ち日和だね。というわけで、武者修行に行っておいで」

「…………は?」



 ☆☆☆☆☆



 屋敷の玄関先で二人はハンカチなしでは語れないくらいの別れを惜しんでいた。

「とりあえず、5年は頑張っておいで。そーだね、僕としては西の大陸のアスリア連合国まで足を伸ばして欲しいところだけど……」

「汎く~ん」

 ずっしりと肩にのしかかる琴子のデイパック。旅支度はOKだ。

「まあ何にせよ君が帰って来る時を楽しみにしているよ。一体どれほど成長してるのやら」

「あのー!」

 琴子は涙ぐんでいた。

「なんでいきなり突然脈絡なく旅なんて話になるのー!? あたしお昼の点心おやつ がまだなのにひどい、ひどいよ! お土産食べちゃうんだからー!」

 どうやら錯乱しているっぽかった。

 そんな彼女に汎は優しく微笑んで言った。

「それはね。君にはもっと広い世界を知って欲しいからだよ」

「死んじゃうよ! ぜったいにー! あたし一人旅なんてした事ないし、どうやって生き ていけばいいのー!?」

「そこらへんは大丈夫。こっちが手配したお供もつけるから」

「お、お供?」

 ちょっとだけまくしたてる勢いが弱まった。

「うん。ほら、ハンク! 早くこっちに来なよ」

 ハンが手招きした先。そこには年季の入ったボロボロのマントを羽織り、寝癖のたったボサボサ頭の青年がいた。

 青年はひょいと片手を挙げて、

「よう。これからよろしくな」

「男の人ー!? ちょ、ちょっとあたし男の人って……」

「というわけで行っておいで。ハンク、琴子の事よろしくね」

「あいよ。任されたぞ。なーに、どーんと大船に乗ったつもりでいろ! 星座や海図なんざなくたって航海はできるさ!」

「あたし死んじゃうー!? いやああぁぁぁ!!」

「やー。ちょうどヒマしてたんだよな。うん。さあ、夢と希望と未来の旅へ出発だ! 朝日が俺達を祝福してるぜ!」

「今お昼だよー!?」

「いってらっしゃい。僕はいつでも琴子の事応援してるからね」

「誰かへるぷみーーーーーーーーーーー!!」

 どなどなどーなーどーなー 仔牛をのーせーてー。



 ☆☆☆☆☆



「これからどうするの?」

「お。意外と切り替え早いんだな。よしよし」

「もう。子供じゃないんだから……」

 二人は首都の大通りを少し外れた道を歩いていた。

 近くには川が流れ、舟が行ったりきたりしている。どこからか笛や太鼓の音も聞こえる。

「とはいっても俺はあくまで付き添いだからな。行き先とかはお前が決めていいぞ」

「うーん……あ!」

「どうした?」

「うん。まだあたし達って自己紹介もしてないでしょ? だから………」

「ああ、そーだな。んじゃ俺からいくぞ」

「うん」

 青年は一つ息をして、改めて琴子に向き合った。

「俺はハンク・ヴィストレード。ハンの奴とは昔なじみでな。あ、ちなみに16だぞ」

「ええっ!? あたしと一つしか違わなかったんだ」

「ま、老け顔たあよく言われるな。ちなみに最近ははぐれの魔導士をやってる。最近はどーにも、こう………弾けるような依頼がなくてなあ。退屈してたらあいつがいきなりやってきてな。あんたの、ん~、付き添いにならないかってな?」

「へー」

「保障つきとか言ってたが、まあ気長に見せてもらおうか」

「?」

「んーにゃ。で、俺んトコはこんぐらいか? 次」

 ん。と顎で促す。

「あたしは鳳琴子。汎くんとは一緒の学校に通う友達なんだ」

「ほーう? 珍しいな。貴族でもないのにその年で学校たあ」

 大抵は学費がバカにならないのと貴重な労働力をとられるのを嫌がって、ほとんどが10前後で止めさせているのが現状だ。

 だから識字率はあまり良いとはいえない。

「うん。汎くんのお父さんが手伝ってくれて……せっかくの機会だからもっと勉強して みたかったし」

「やろーの父親とはどうやって知り合ったんだ?」

「あー、うん。その……えっと」

「なんだ? 随分と歯切れが悪いな。言えない事か?」

「ううん……実は、一回直訴した事があってー」

「……うお。よく最高指導者の一人に直訴なんかして処刑にならなかったな」

 言葉ほど大した驚いた様子ではないが、ハンクは意外そうにマジマジと少女を見る。

「まあ、色々とあってね。ほんっとーに運良く助かっちゃったみたい」

「ほうほう。ふーん。んじゃ、続き頼むわ」

「そうだね。それで……そうだ。年は15歳で騎士の訓練も受けてたの。それで好きな事は歌を歌う事かな。詩吟魔法も少し使えるんだよ」

 詩吟魔法。ただの音と違い、言葉や音色に魔力をのせて聞く者の精神へと働きかける魔法。ただし、これは相手の感受性によって効果が違う。知能の高い生き物に有効とされる。

 もっとも上位者は空間範囲内に指向性の音色を満たし、例えゴーレムでも強制的に効果を発現させるともいう。

「将来は織物なんかして、のんびり暮らせればいいかなー」

 のほほん。

 そんな感じで顔が緩んでいる琴子。

「のんびり、ねえ。俺はそれよりスパイスが欲しいんだけどね。あんましぬるま湯にばか り浸かっちまってるとボケちまうからな」

「ふーん」

 二人はいつの間にか中心を抜けて都の外門の近くまで来ていた。

「ま、これからよろしく頼むわな、鳳ちゃん」

「琴子でいいですよ」

「あっそ。んじゃそう呼ばせてもらうわ」

「はい。それであたしはハンクさんって呼ばせてもらっていいですか?」

「おっけー」

 手をひらひらとおざなりに振るハンク。

 そうしていよいよ街の外へと繋がる門の前に立った。

「……ところでハンクさん」

「あに?」

「今、あたし達はどこに向かってるんでしょう?」

「外」

「…………」

「さー、行こうか」

「ちょっと待ってください! いくら街道は整備されてるとはいえ二人で歩くのは危険ではないかとー!?」

「あー、だいじょーぶだいじょーぶ。魔物なんざそう出てきやしないって」

「根拠は?」

「ないに決まってんじゃん。あはは」

「……せ、せめて馬車に相乗りとか」

「うん、それなんだけど琴子」

 変わらぬ様子で門だけを見るハンク。それに琴子はこの数時間で鍛えられた嫌な予感が直撃。

「……はい? なんですか」

「お財布だけどね、スられちゃったみたい」

「…………」

 琴子だけが感じる北風が吹いた。

「とゆーわけで、歩きしかないのですよ我々は。どぅーゆーあんだすたん?」

「やー! おうち帰るー、戻るー!」

 ジタバタ暴れる琴子の首根っこをむんずとひっ捕まえる。

「や。また戻るのメンドイし。それに今から戻ったら明るい内に次の街に行けなくなるよ」

「なら、旅立ちはまた明日にでも。そもそも出立自体が急な話で――」

「あ、衛兵さんご苦労さまっす。二人、いいですか? 鳳琴子とハンク・ヴィストレード。こっちが身分証明印です」

「ハンクさーん?!」

「はい、手続き終わり。さすがに汎のヤツは手際がいいな。こんなアッサリ終わるなんて」

「汎くんのバカー!」

 人は時に八つ当たりと分かっていても、止められない時があるのです。

 今がその時かどうかはさておいて。

「とりあえず西に行けば近い所に街があるから、そこで今後のこととか考えようか。あ、運がよければ納屋に泊めてもらえるかもよ」

「先立つものがなくてこれからどーしろとー!?」

「あ、そうそう。その街には結構大きな賭場があるみたいだよ。やー、楽しみだな」

「お金ないのにどうやって博打なんて打つんですかー!?」

「やだなあ、ここにいい質があるじゃないか」

 そう言って手の先の琴子にニッコリ笑いかけるハンク。

「…………」

「や……そんなに泣きそうな顔されると、俺としても胸が痛むわけで。ああ、冗談だってば冗談。え? お財布? ううん、それは本当。ああ、ほら、暴れない暴れない。ほーら、こんなにいい天気なんだから元気に行こうじゃないか」


 その日、二人の進んだ街道に大きな虹がかかっていたとある旅人達は言うが、街の人々は何もなかったと口を揃えていった。


「ううう……さようなら、学校のみんな。あたしは皆の事を忘れないよ……」

「雨も降りそうにないな、こりゃ。門出としては景気のいい日だ」



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