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月待町の恋時計 2 ~本のあいだで、5年前のきみと文通する~  作者: 草風緑


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第1話 青い花のしおり

本のあいだで、5年前のきみと文通する


第1話 青い花のしおり



 月待町では、恋をすると少しだけ不思議なことが起きる。


 告白する前の手紙が、朝になると白紙に戻ったり。


 片思いをしている子の髪に、小さな星が咲いたり。


 失恋した人の頭の上にだけ、雨雲がついたり。


 町の人たちは、それを大事件のようには言わない。


「ああ、恋時計が動いたんだね」


 そんなふうに、商店街のおばあちゃんが、揚げたてのコロッケを紙袋に入れるくらいの温度で言う。


 恋時計。


 それは、月待町に住む人なら、たいてい一度は聞いたことのある言葉だった。


 でも、それを実際に見たことがある人は、ほとんどいない。


 どこにあるのかもわからない。


 胸の奥にあるのか。


 思い出の中にあるのか。


 それとも、誰かの名前を思い浮かべたときだけ、見えない場所で針を進めるものなのか。


 誰もはっきりとは知らなかった。


 それでも、恋をした人のまわりで小さな不思議が起きると、町の人たちは言うのだ。


 恋時計が動いたんだね、と。


 雨宮律は、その言葉があまり好きではなかった。


 少なくとも、少し前までは。


 恋時計が動いたせいで、律の頭の上には、しばらく雨雲がついていた。


 失恋した人の頭の上にだけ降る、小さな雨。


 傘をさしても、傘の内側に降る。


 雨合羽を着ても、襟元から入ってくる。


 教科書も濡れる。


 制服も濡れる。


 何より、本が濡れる。


 それが、律にとっては一番つらかった。


 本を読むことは、律の日常だった。


 朝、家を出る前に数ページ。


 学校の休み時間に数ページ。


 図書室のカウンターで、誰も来ない短い時間に数ページ。


 帰り道、信号待ちのあいだに続きを思い出すこともあった。


 本は、律にとって、どこかへ行くための扉だった。


 けれど雨雲がついているあいだ、その扉には触れられなかった。


 ページを開けば、雨粒が落ちる。


 文字がにじむ。


 紙が波打つ。


 だから律は、本を持たないようにした。


 図書室にも、できるだけ入らないようにした。


 本のそばにいない自分は、なんだか自分ではないようだった。


 それでも雨は、ある日、やんだ。


 完全に、ではなかったかもしれない。


 心のどこかには、まだ湿った場所が残っている。


 けれど、頭の上の雲は消えた。


 律は、また本に触れられるようになった。


 ページをめくっても、濡れない。


 それだけのことが、こんなにもありがたいなんて、雨が降る前の律は知らなかった。


 その日の放課後、月待高校の図書室には、やわらかな午後の光が差し込んでいた。


 窓際の本棚に、斜めに夕日が当たっている。


 古い背表紙の金色の文字が、少しだけ光って見えた。


 律はカウンターの内側で、返却された本を一冊ずつ確認していた。


 表紙の汚れ。


 ページの折れ。


 貸出カードの記入。


 いつもの作業。


 けれど、いつもより少しだけ、指先が慎重だった。


 水気のない手で本に触れる。


 それだけで、胸の奥が静かにほどける。


「雨宮先輩、今日、ずっと機嫌いいですね」


 カウンターの向こうから声をかけられ、律は顔を上げた。


 日向こよみが、返却本を三冊抱えて立っていた。


 同じ図書委員の後輩だ。


 こよみは人の変化に気づくのが早い。


 本人はたぶん、自分ではそれを普通のことだと思っている。


「そう見える?」


「見えます」


 こよみは、少し考えてから言った。


「本にさわる手が、うれしそうです」


「手が」


「はい。先輩の手、今日、機嫌がいいです」


「それは、かなり細かい観察だね」


 律が言うと、こよみは少しだけ笑った。


「でも、よかったです」


「何が?」


「雨、やんだから」


 その言い方が、とても静かだったので、律はすぐに返事ができなかった。


 図書室の中に、紙の匂いが満ちている。


 窓の外では、部活帰りの生徒たちの声が遠くで弾んでいた。


「うん」


 律は、返却カードをそろえながら答えた。


「よかった」


 それ以上は言わなかった。


 こよみも、それ以上は聞かなかった。


 その距離が、ありがたかった。


 律は最後の一冊を手に取った。


 古い児童文学だった。


 表紙の端が少しすり切れていて、何度も誰かに読まれてきた本だとわかる。


 中を開くと、ページの間から、ふわりと小さなものが落ちた。


 こよみが「あ」と声を出す。


 律はそれを拾った。


 青い花だった。


 正確には、青い花を押し花にしたもの。


 薄く、透けるような花びら。


 雨のあとに残った、あの花だった。


 律の頭上の雨雲が消えたあと、足元に咲いていた花。


 あの日、律はそれを持ち帰った。


 何かに使うつもりがあったわけではない。


 ただ、捨てられなかった。


 失恋のあとに残った花。


 言えなかった気持ちのあとに咲いたもの。


 悲しみだけでは終わらなかった証拠みたいで、律はそれを古い辞書にはさんで乾かしていた。


「しおりにしたんですか?」


 こよみが聞いた。


「うん。昨日、作った」


 青い花は、透明な薄い紙に挟まれていた。


 端には細い水色の糸が通してある。


 特別に上手くできたわけではない。


 花びらは少し斜めだし、糸の結び目も不器用だった。


 けれど律には、それが妙に大切なものに思えた。


「きれいですね」


 こよみが言った。


「雨のあとみたいです」


「雨のあとだからね」


 律がそう言うと、こよみは少しだけ目を細めた。


 まるで、その言葉の奥にあるものを聞こうとしているみたいだった。


 でも、やっぱり何も聞かなかった。


「なくさないでくださいね」


「うん」


 律は青い花のしおりを、本の間に戻した。


 その瞬間、ほんの少しだけ、指先があたたかくなった気がした。


 気のせいだと思った。


 月待町では、そういう気のせいが、ときどき本当に気のせいではない。


 けれど、このときの律はまだ、それを知らなかった。




 その夜、律は自分の部屋で本を読んでいた。


 机の上には、小さなスタンドライト。


 窓の外には、月待町の夜が広がっている。


 商店街の明かりはもう少なくなっていて、遠くの坂の上に時計塔の影が見えた。


 月待町の時計塔は、夜になると、町の灯りよりも少しだけ古いもののように見える。


 まるで、今日の中に昨日をしまっているみたいに。


 律は、しばらくその影を見ていた。


 それから、本に視線を戻した。


 今日読んでいるのは、図書室で見つけた古い本だった。


 タイトルは『夜明け前の庭で』。


 児童文学の棚の一番下にあった。


 背表紙の文字は色あせていて、誰かが何度も手に取った跡があった。


 物語は、夜になると開く不思議な庭に迷いこんだ少年の話だった。


 少年は庭の奥へ行かなければならない。


 でも、庭の奥には、自分が忘れたはずのものが待っている。


 律は三章の途中まで読んだ。


 主人公の少年が、暗い温室の扉の前に立っている場面だった。


 扉の向こうに何があるのか、まだわからない。


 少年は怖がっている。


 それでも、手を伸ばそうとしている。


 律はそこで本を閉じた。


 続きを読みたい気持ちはあった。


 でも、少し眠かった。


 無理に読んで、内容を雑に通り過ぎるのはもったいない。


 律は青い花のしおりを取り出した。


 透明な紙の中で、青い花が静かに眠っている。


 それを、三章の途中に挟む。


 ページの間にしおりが入る音がした。


 かすかで、やわらかい音。


 律は、その音が好きだった。


 本を閉じる音は、終わりの音ではない。


 また戻ってくるための音だ。


 律は本を枕元に置いた。


 スタンドライトを消す。


 部屋が暗くなる。


 窓の外の時計塔は、夜の中に静かに沈んでいた。


 律は目を閉じた。


 雨の音は、もうしなかった。




 翌朝。


 律は、いつもより少し早く目を覚ました。


 カーテンのすき間から、薄い朝の光が入っている。


 しばらくぼんやり天井を見てから、枕元の本に手を伸ばした。


 続きを読もうと思ったわけではない。


 ただ、本がそこにあることを確かめたかった。


 けれど、本を持ち上げた瞬間、何かがはらりと落ちた。


 紙だった。


 律は動きを止めた。


 床に落ちた紙を拾う。


 小さな便箋。


 淡いクリーム色で、端に小さな青い花の模様が入っている。


 律は、その便箋に見覚えがなかった。


 自分のものではない。


 昨日、本に挟んだのは、青い花のしおりだけだった。


 律はゆっくりと便箋を開いた。


 そこには、丸みのある字で、短い手紙が書かれていた。

 



 はじめまして。


 この本、あなたも読んでいるんですか。


 わたしは今、三章の途中です。


 主人公が、こわい場所へ行こうとしているところで止まっています。


 こわいのにページをめくる人って、少しだけ強いですね。


 もしよかったら、あなたはどう思ったか教えてください。


 

 花守詩織

 



 律は、何度かまばたきをした。


 手紙の意味が、すぐには頭に入ってこなかった。


 まず思ったのは、誰かのいたずらだろうか、ということだった。


 けれど、律の部屋に勝手に入れる人間はほとんどいない。


 家族がこんな手の込んだことをするとも思えない。


 それに、手紙には、律が昨夜読んだ場面が正確に書かれている。


 三章の途中。


 主人公が、怖い場所へ行こうとしているところ。


 律は便箋の裏を見た。


 そこに小さく日付が書かれていた。


 五年前の日付だった。


「……五年前?」


 声に出してから、自分の声が思ったより小さいことに気づいた。


 律はもう一度、本を開いた。


 青い花のしおりは、ちゃんと三章に挟まっている。


 そのすぐ隣に、手紙が入っていたらしい。


 昨夜はなかった。


 それは確かだった。


 律は便箋を机の上に置いた。


 朝の光に照らされて、紙の表面が少しだけ青く見えた。


 月待町では、恋をすると少しだけ不思議なことが起きる。


 けれど、これは恋なのだろうか。


 律は、まだ会ったこともない相手の名前を見つめた。


 花守詩織。


 知らない名前だった。


 でも、その字は不思議と静かだった。


 騒がしくも、怖がらせようとしているようにも見えない。


 ただ、本を読んだ誰かに、感想を聞きたくて書いた。


 そんな字だった。


 律はしばらく迷ったあと、机の引き出しから便箋を出した。


 返事を書くつもりになっている自分に気づいて、少しだけ驚く。


 でも、書かないという選択肢も、なぜか浮かばなかった。


 律はペンを持った。

 



 はじめまして。


 僕も同じところを読みました。


 主人公は怖がっているのに、扉を開けようとしていました。


 僕は、こわい場所へ行くより、こわい気持ちをなかったことにしないほうが、難しいのかもしれないと思いました。


 花守さんは、続きを読みますか。


 

 雨宮律

 



 書いてから、律は少し考えた。


 変な返事かもしれない。


 初めて手紙をくれた相手に、少し固すぎる気もする。


 でも、書き直すほどではなかった。


 律はその便箋を、本の三章に挟んだ。


 青い花のしおりの隣。


 それから、学校へ行く支度をした。


 朝食を食べているあいだも。


 駅へ向かう道を歩いているあいだも。


 教室で授業を受けているあいだも。


 図書室で貸出カードを整理しているあいだも。


 律の頭の片隅には、あの手紙があった。


 五年前の日付。


 花守詩織という名前。


 そして、三章の途中で止まっているという言葉。


「雨宮先輩」


 放課後、図書室で本を棚に戻していると、こよみが声をかけてきた。


「今日、少し眠そうですね」


「そうかな」


「はい。いつもより、まばたきが考えごとしてます」


「まばたきにも種類があるんだ」


「あります」


 こよみは真面目な顔でうなずいた。


 律は少し笑った。


「昨日、本を読んでいて、少し不思議なことがあった」


「月待町の不思議ですか?」


「まだわからない」


「まだ?」


「うん。まだ」


 律はそう言って、手に持っていた本を棚に戻した。


 こよみはそれ以上聞かなかった。


 けれど、何か気づいているような目をしていた。


 律は、いつか話すかもしれないと思った。


 でも今はまだ、自分の中で言葉にできない。


 誰かに話すには、手紙の中の不思議は、まだあまりにも静かだった。




 その夜、律はいつもより早く部屋に戻った。


 机の上には『夜明け前の庭で』が置いてある。


 朝、返事を挟んだままだ。


 律はしばらく本を見つめた。


 何も起きていないかもしれない。


 ただのいたずらかもしれない。


 返事なんて来るはずがない。


 そう思いながら、本を開いた。


 三章。


 青い花のしおり。


 その隣に、朝にはなかった便箋が挟まっていた。


 律は息を止めた。


 便箋を取り出す。


 昨日と同じ、淡いクリーム色。


 端に青い花の模様。


 開くと、あの丸みのある字が並んでいた。


 


 雨宮律さんへ。


 お返事、ありがとうございます。


 ほんとうに返事が来たので、びっくりしました。


 でも、少しうれしいです。


 こわい気持ちをなかったことにしないほうが難しい、というところ、何度も読みました。


 わたしはたぶん、こわいと思ったら、本を閉じてしまうほうです。


 でも、この本は続きを読みたいです。


 雨宮さんが、続きを読むなら、わたしも読んでみようと思います。


 追伸。


 月待町の北通りにある、星野文具店を知っていますか。


 今日、そこで青いインクを買いました。


 手紙を書くときに使うと、少しだけ勇気が出る気がします。


 

 花守詩織

 



 律は、追伸のところで目を止めた。


 星野文具店。


 知っている。


 いや、正確には知っていた。


 北通りにあった小さな文房具店だ。


 青い屋根と、少し重たいガラス戸。


 入口の横には、季節ごとに便箋やノートが並べられていた。


 律が中学生のころには、まだ店があった。


 ノートを買いに行ったこともある。


 でも、今はもう閉まっている。


 たしか、律が中学を卒業するころに閉店したはずだった。


 今はシャッターが下りたままで、看板の文字も少し色あせている。


 少なくとも、今日、そこで青いインクを買うことはできない。


 律は便箋を持ったまま、窓の外を見た。


 時計塔の影が、夜の中に沈んでいる。


 五年前の日付。


 今はもう閉まっている文房具店。


 同じ本。


 青い花のしおり。


 胸の奥で、見えない針が、ちくりと動いた気がした。


 律は机に向かい、返事を書いた。

 



 花守さんへ。


 星野文具店は、知っています。


 でも、僕の知っている星野文具店は、もう閉まっています。


 変なことを書いていると思うかもしれません。


 けれど、あなたの手紙の日付は、僕のいる今から五年前です。


 花守さんは、今、何年の月待町にいますか。


 

 雨宮律

 



 そこまで書いて、律はペンを止めた。


 これでいいのだろうか。


 相手を怖がらせるかもしれない。


 でも、曖昧なまま文通を続けるには、不思議はもう少しだけ輪郭を持ち始めていた。


 律は便箋を本に挟んだ。


 青い花のしおりの隣。


 それから、眠った。


 けれど、その夜はなかなか寝つけなかった。


 目を閉じると、まだ会ったことのない女の子が、今はもう閉まっている文房具店で青いインクを買っている姿が浮かんだ。


 五年前の月待町。


 律の知らない時間。


 その中で、花守詩織は本を読んでいる。


 同じ本を。


 同じ三章を。




 翌朝、返事は届いていた。


 律は、目が覚めてすぐ本を開いた。


 便箋は、青い花のしおりの隣にあった。


 少しだけ、紙の端が震えているように見えた。

 



 雨宮さんへ。


 変なことを書いているとは思いません。


 ほんとうは、少し怖いです。


 でも、雨宮さんの字は、怖がらせようとしている字ではないと思いました。


 わたしがいるのは、雨宮さんの言うとおり、五年前の月待町だと思います。


 変ですね。


 こんな手紙、誰に言っても信じてもらえないと思います。


 でも、月待町なので、少しだけ信じています。


 月待町では、恋時計が動くと、不思議なことが起きるって言いますよね。


 告白の手紙が白紙になったり。


 髪に星が咲いたり。


 雨雲がついたり。


 恋時計は見えないのに、動いたことだけは、なぜかわかる。


 わたしは、それが少し好きでした。


 見えないものが、ちゃんとあるって感じがするから。


 

 でも、最近、学校で変な噂を聞きました。


 黒い封筒が届くんだそうです。


 片思いで苦しい人のところに。


 その封筒には、恋時計を止める方法が書いてあるんだって。


 恋時計を止めれば、苦しい恋は終わる。


 あの人の心を自由にしてあげられる。


 そんなふうに書いてあるらしいです。


 

 雨宮さん。


 見えない恋時計を、誰かが勝手に止めることなんて、できるんでしょうか。


 もしできたとして、それは、本当に優しいことなんでしょうか。


 

 花守詩織

 



 律は、手紙を読み終えてからもしばらく動けなかった。


 朝の光が、机の上に落ちている。


 青い花のしおりが、その光の中で淡く透けていた。


 黒い封筒。


 恋時計を止める方法。


 苦しい恋を終わらせる。


 あの人の心を自由にしてあげる。


 言葉だけなら、優しそうに聞こえる。


 でも律には、その優しさの形が、どこか歪んで見えた。


 恋時計は見えない。


 けれど、見えないからこそ、誰かが勝手に触れていいものではない。


 律は便箋を机に置いた。


 胸の奥で、見えない針がまた一度、ちくりと鳴った気がした。


 雨はもう降っていない。


 それなのに、律はふいに、雨の匂いを思い出した。


 大切なものに触れられなかった日の匂い。


 言いたかったことを言えずに、心の中だけが濡れていく匂い。


 律はペンを取った。


 返事を書こうとして、少し迷う。


 どんな言葉なら、五年前の彼女に届くのだろう。


 どんな言葉なら、まだ起きていない何かを止められるのだろう。


 答えはわからなかった。


 それでも、書かずにはいられなかった。



 

 花守さんへ。


 僕は、恋時計を止めることが優しさだとは思いません。


 苦しい恋は、確かにあると思います。


 忘れてしまいたい気持ちも、なかったことにしたい気持ちも、たぶんあります。


 でも、誰かの心を勝手に自由にすることは、自由ではないと思います。


 それはきっと、その人の時間を奪うことです。


 黒い封筒には、近づかないでください。


 もし、それを持っている人がいたら、一人で抱えないでください。


 

 雨宮律

 



 書き終えたあと、律は便箋を折った。


 本を開き、青い花のしおりの隣に挟む。


 ページを閉じる。


 そのとき、青い花が一瞬だけ、朝の光ではない色で光ったように見えた。


 深い水の底で、誰かが目を開けたような青だった。


 律は本から手を離せなかった。


 この文通は、ただの不思議ではない。


 五年前のどこかで、花守詩織という女の子が、何かに近づいている。


 そして、その何かはきっと、まだ終わっていない。


 律は、閉じた本を見つめた。


 青い花のしおりは、ページの間で静かに眠っている。


 まるで、まだ知らない朝を、そこにつなぎとめているみたいだった。



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