川舟屋さんが来た
そこで俺は、あらためてウインドサーフィンの帆の形を思い浮かべながら地面に絵を描いて、
「そのマイ船パートⅡは左右に浮きがあって帆も小さいけど、真ん中の船だけにして、帆ももっと大きくして、こんな形で、風を受けながら踏ん張って傾けられるようにすると、転覆しやすいけど速さも進行方向の操作性も格段にあがると思う」
と言って、さらに次にスマホでヨットの画像を久万吉に見せながら、
「そのマイ船パートⅡは帆が一枚だけだけど、こんなかんじで帆を張って、俺はよくわからないんだけど、帆の角度を調整すると、多分、風を受ける帆と角度を変える帆と、なんか役割が違う帆なんだと思う」
とか、とにかく自分がわかってないもんだから説明がたどたどしいんだけど、なんとか伝えたくて必死に説明した。
「久万吉、これからもドンドン資材も食料も準備するから、いろいろ試作してくれ」
と高信様が言ってくれて、松ヶ崎水軍一同は「オーっ!」とばかりに喜んで返事をした。
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この日は夜まで松ヶ崎にいて水軍拠点に泊めてもらい、翌日羽茂にちょっと寄ってから帰ろうと思っていたら、羽茂の港に石花様が来ていた。
「ショーゴ殿、探してました。河原田の港に敦賀の川舟屋が来ました」
とのことなので、早速河原田に向かって川舟屋さんに会いに行った。
沢根港
「米俵十俵持って参りました」
俺が河原田の沢根港に着くと川舟屋さんがいてそう言った。
そして続けて、
「ショーゴ殿、うちでは銀鉱石十貫で米俵一俵の値ぇつけさせてもらいます」と川舟屋さん。
「それで川舟屋さん、儲けがでますか?」と俺が聞くと、
「へぇ、ちゃんと運搬経費と儲け計算して言うてます」とホクホク顔の川舟屋さん。
「十俵ってことは百貫ですね」と俺。
「へぇ、そないですけど久々に来たら偉いええ干物が出回ってますなぁ。できたらこれも仕入れて行きたいところです」と川舟屋さん。
「なるほど、ではそのように、あっ、徳兵衛殿、徳兵衛殿」
俺は、俺が川舟屋さんと話をしていると聞いてやってきた磯田徳兵衛殿を呼んだ。
「ショーゴ殿、おかえりなさい。川舟屋さんとの話は如何でしょうか?」と、徳兵衛殿。
「徳兵衛殿、川舟屋さんが銀鉱石十貫で米俵一俵の値をつけてくださるそうですので、その割合で計算してください。あと、干物とか、他にも川舟屋さんが仕入れてくれるものの値をお持ちいただいた米俵十俵の値から差し引いて、残りを銀鉱石でお渡しするようにお願いします」と俺。
「はい、承りました」と、さすがは河原田一の文官、磯田徳之進殿の跡継ぎだけあって話がはやい。
俺は川舟屋さんに向き直って、
「京でさばけそうですか? それとも堺で?」と聞いてみる。
「京は今は皆、生活がいっぱいいっぱいでキビしおす。堺は明との取り引きで銀を欲しがってましたから堺まで持って行きました。預かって持って行った銀鉱石は、堺では今、銀鉱石の重さの一厘の重さの銀の値ぇでとってくれます」
川舟屋さんはそう言ってから、
「あっ、こんなこと言うたらうちの儲けがバレますなぁ」
と、笑っていかにも「わざとバラしました」と言うフリをしてみせた。
実際のところは米でも何でもかんでも相場がコロコロ変わるので、計算のしようがないからつけてもらった値段そのままでうけるしかないのだか(;´∀`)
まぁ、これから越後の薩摩屋さんも値段をつけてくれるだろうし、若狭の組屋さんが博多から帰ってきて灰吹き法ができるようになったら、鉱石ではなくちゃんと銀を抽出して、もっと高値で取り引きできるようにしていこう。
今はまず、毎日採れる銀鉱石を換金、換米することが優先だ。
「徳兵衛殿、羽茂で選り分けてもらった銀があれば川舟屋さんに二、三匁ほどお預けしてください」
俺は徳兵衛殿にそう言い、
「今、西三川の砂金の採掘場で銀鉱石も砕いて大流しで選り分けてるんですよ。鉱石の状態よりも嵩張らないのでそちらの場合の値段もつけてもらってください」
と川舟屋さんにお願いした。
松ヶ崎から羽茂への帰りは、この日も西向きの風が吹いていたのでムコどのがマイ船パートⅡに乗って楽しそうにスイ〜っと帰って行った。




