山名氏を接待
円山川の河口、津山港(津居山港)には、佐渡の北前船も通る度に毎回立ち寄る。
隠岐水軍と言っているが、奈佐氏のホーム港はここだ。
津山港(津居山港)から生野銀山のすぐ近くまで、船で遡って行くことができる。
「石見銀山が落ち着いたからお越しください」
と、山名祐豊但馬守護様に招待状を出したら、
「行く行く〜」
と返事がきた。
(それなりの文でね)
年が明けて天文十三年、但馬守護様はここのところずっと生野銀山の近くに築いた城にいるとのことで、日本之助に手配を頼み山名様御一行「石見銀山見学」ツアーを敢行した。
御一行様は、ご当主の山名祐豊様をはじめ、銀山のすぐそばの国人領主の太田垣輝延様、養父の八木豊信様、城崎の田結庄是義様、津居山の港を仕切っている垣屋豊続様ら有力国人領主の方々も含めて二十人ほどをご案内した。
こちらから案内人として行くのは、俺、羽茂本間高信、吉岡本間直方と神屋さんと組屋さんだ。
それと、佐渡の花街から綺麗どころを数名、今年出来てきた風神タイプの船(竜骨船でサイズも風神タイプと同じくらいの大きさだが、船の左右に浅瀬の港に寄港するための小舟をロープと滑車で固定している)に乗せて、佐渡から舳倉島へ。
舳倉島で一泊して、翌日からで二日かけて(船中一泊)津居山港へ。
津居山港で一泊して、綺麗どころ衆は港で待機してもらっておき、俺たちは日本之助が準備してくれていた川船に乗り換えて遡上、生野銀山城へ。
俺たちの方が生野銀山を見学させてもらい銀山城で一泊。
御一行様方はすでに銀山城に集まってきており、皆んなで川を下って津居山港へ。
津居山港で一泊してから乗ってきた風神タイプに全員を乗せて、境港で一泊して仁満の津の港まで。
船中では連れて来た綺麗どころのオ・モ・テ・ナ・シを受けてもらい、佐渡グルメもご堪能いたたく。
「もう着いたのか?」
と、オ・モ・テ・ナ・シを大層気に入り船を降りるのを残念がる御一行様方。
(大丈夫ですよ。綺麗どころ達も今晩泊まる温泉宿に連れていきますからね)
諸々建築中であわただしいが、温泉街のすでに使える施設で、綺麗どころと佐渡グルメ付きの温泉宿にお泊まりいただいて、翌日はツアーのメイン、石見銀山見学。
港から銀山まで要塞砦化した一帯をみて、
「何とも厳重警戒じゃのお」
と訝しむ御一行様方。
「そりゃあもう、あっちからもこっちからも狙われてますから」と俺。
銀山は通常運転で稼働しており、まずは運び出された鉱石を砕く作業から見てもらう。
続いて吹屋の中で灰吹法の実演も見てもらう。
皆さんにはマスクがわりに手ぬぐいで鼻と口を覆ってもらった。
鉱石と鉛から貴鉛をつくる作業を見せながら、
「空気中に毒が立ちこめますから、作業中は換気を怠らないようにしています」と俺。
「何と、毒が出るのか?」と太田垣氏。
「空気中とは何じゃ?」と山名氏。
「空気は、えっと… この何にもないところの、えっと… 風みたいな透明なものです」と俺。
「ほう、毒も透明なのか?」と山名氏。
「そうなんですよ、しかも微毒なので、すぐには倒れたりしません。日に日に身体に溜まっていって、時間をかけて身体を蝕んでいきます」と俺。
「それは厄介じゃのお」と山名氏。
「ええ、だから吹屋にはこのような煙突も設置が必要ですし、換気の風向きをよく考えて建てないと駄目なんです」と俺。
とかなんとか説明していると、
「おっ、これが銀か?」
と、出来た貴鉛に手を伸ばして指さす田結庄氏。
「それは銀と鉛が混じった貴鉛と言うものです。そこからさらにこちらの工程で、銀と鉛を分離させます」
と、最後の銀を抽出する工程のところへ案内する。
「ここが一番毒が出るところです」と俺。
作業をしている灰吹工員が苦笑いをしてこちらを見た。
マスクをしているから表情はわからないけど、笑いかけてくれたのだと思う(;´∀`)
去年(天文十二年)進水した船は、目玉は加茂湖の蒸気船。
本編の風神タイプ(改が一隻。
川船多数。
艀と艀を曳く、曳き船数セット。
などがデビューしている。




