複式簿記
三国峠と清水峠の麓に城は建てさせてくれなかった。
そりゃあそうか…
そんなとこに城を建てられたら、上田長尾家としてはいつ自分の方に矢が向くかも知れないし…
実はまだ虎視眈々と府中長尾家を追い落とそうと考えているかも知れないし…
まぁ、この先北条が攻め上がってきて、山内上杉とかが逃げ込んできたら、有無を言わさず築城しよう。
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現在、佐渡(本間家)はどことも同盟は結んでいない。
各家との関係は金銭の【貸借契約】関係と新田開発等の事業の【請負契約】関係だ。
契約書は佐渡の外交部門が作成し、相手方はほぼ盲判状態で署名している。
一部(ていうか半分近くの)領地では、蔵の管理にまで口出しして、返済が滞らないように見張っている。
天文五年は、庄内エリアはまだだが、越後各領、並びに高梨領、椎名領とも天文四年を越える収穫があり、蔵の総入れ替えができた。
(古米を蔵から出して、新米で蔵を満ぱいにする)
約束の新田の収穫の三割は返済分として徴収するのはもちろんだが、佐渡が管理している領地の蔵出しされた古米は全部、佐渡が買い取って、これも返済に充てた。
何から何まで佐渡側で管理していても、そこは不正にごまかしたりはしない。
きちんと帳簿管理している。
この頃は太陰太陽暦が使われていて、一年が354日でおよそ三年に一回(19年に7回)13月(閏月)がある。
さらに季節感がズレると困るので、立春とか大寒とか二十四節気も入れられている。
一週間の概念がないので、ひと月は上旬、中旬、下旬で分けられ、スケジュール管理もこれに合わせて作らなければならない。
そうそう、休みは… ない^^;
ただ、佐渡も越後も寒さの厳しいところだ。
(実は佐渡は越後よりは暖かい)
週休2日のような休みはないが、冬の間は長い休みだ。
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天文六年
九条家への新年の献上品は多い目に送った。
新年の献上品は京の組屋さんの店から送ってもらっている。
京の組屋さんの店には、組屋さんが佐渡から仕入れた蝦夷モノや佐渡オリジナル開発商品が持ち込まれているが、人気商品でいつも品薄状態だ。
なので、献上品分は別にちゃんと取り置いてもらってある。
それらに、これは現地調達だが、米俵も積み込んで、あと、佐渡銀貨も添えて献上される。
今上天皇の即位の礼の献金をした時は九条稙通は関白として京にいたが、翌年には辞して摂津の方に居を移した。
それからは、京の組屋さんから摂津の九条家へ献上品を運び、朝廷への献上品も九条家から献上してもらうので、一緒に一旦摂津に運ぶ。
(実は朝廷分はこの時はハリボテの空荷だ)
それを今度は九条家から京に戻って、朝廷への献上分を朝廷に献上する。
(京に戻ってから組屋さんで空荷をホンモノにすり替えている)
なんせ、朝廷への年始の献上品なんて、この頃は滅多になくなってしまっている一大イベントだ。
九条稙通本人も連れ立って京に向かい、華々しく献上品を届けに行く。
京の町は、昨年の天文法華の乱で、もう酷い有様だ。
ささやかながら献上品を広げて、少しでも雅びていただきたい。
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さぁ、雪が解けたら田植えの準備だ。
新田開発をやってきて、河川整備も大切だが、山間部ではこの時期の雪解け水を農業用水として貯めることが重要なのもわかってきた。
今年の新田開発は、そこら辺を踏まえてさらに進化する。
石垣組の棚田にも挑戦しよう。
棚田は、佐渡の山際と鷹巣城と津川城の周り、自前の領地で作ってみよう。
城の石垣は登られにくいように引っかかりなく積まなきゃいけないらしいけど、棚田の石垣はそこは気にしないでいいから行けるだろう。
百話目です(*´ω`*)
佐渡に氷室を一箇所、越後に雪室を一箇所作りました。




