第〇〇九一話 ミリン◆その名は王国勇者
身長は自分の一・五倍、体重なら三倍を越える大男。それがあのころのアレサンドロと似たような体格しかない、華奢な美術品、いや鎧の向こうで倒れている。胸のあたりには、切れ味の悪い刃物 ── まるで杭のようなエモノでえぐられた穴が開いて、血の噴き出す様子も目に入った。またもミリンは、伝説の一節を思い浮かべる。
『勇者はその魔族の胸に、稲妻剣・ライティンブレードをふるい、大穴を開けて滅ぼします』
すぐに血まみれの鎧戦士は、ヨセルハイたちのほうへ向き直る。驚きと安堵感のあまり、緩んだ手元からすり抜け、鎧戦士の足元に走って行くラーゴ。
(だめよ!)
いかに最大の危機が去ったとはいえ、まだ油断するのは早すぎる。呼び返そうとしたが、腰はたたず声も出ないミリン。なぜか先ほどまでの克己心は、影も形も見当たらなかった。
「ボクが相手だ!」
そのとき初めて、鎧戦士から発せられた声。それは彼の驚くべき強さに比べると、かわいい少年にも思えるものだ。 ── まるでラーゴが、ヒトの言葉をしゃべったかのような。
そして跳ねたように、乱戦の中へ割って入った。こちらに注意が向いていなかった暗殺者二人の首を、ほぼ同時に落とす鎧戦士。先ほどの大男をえぐったなまくらと、同じものと思えない切れ味だ。切断された二つの首は、胴体から切り離されて宙を舞った。
間髪を入れず、鎧戦士が敵だと認識した暗殺者たち。すぐにヨセルハイとハナカゲをそっちのけに、次々と襲い掛かってきた。それはまるで、肉体のあるレイス ── 死霊体の動きだ。
切断された頭から、人であるのは違いないのに、人間の重さを感じさせないまでの軽やかな動き。それは理屈を超えた薬の力が引き出すものだろう。
そんな、物理法則にとらわれない敵三体の突進から難なく離れ、今度は引き付けて剣を交えた。しかし、相手の動きが矢継ぎ早に繰り返される。受け流すのに精いっぱいの鎧戦士は、致命傷を与えることができない。
「鎧戦士殿、そいつらは麻薬強化人間だ!」
ヨセルハイが叫ぶ。そうか、レオルド卿に教えられたばかりの、戦闘能力を極限まで、悪魔の薬によって引き出された殺人機械だ。弱点がない ── とも聞いた、とてつもなく厄介な相手が、しかもまだ三体もいる。だが余裕を持って、ヨセルハイに答える鎧戦士。
「知っている。ボクの名前は ── 王国勇者だ」
たしかに、その鎧と大剣を帯びた戦士としてふさわしい名前である。だがそう名乗った声に、なんとなく照れがあった ── と思うのはミリンだけだろうか?
「王国勇者殿、これを!」
片手で青銅の大剣を振り回す ── 王国勇者に、ハナカゲが自分の山刀を投げて渡した。
それを暗殺者 ── 麻薬強化人間たちからよけながら、前後左右に跳び、はねて受け止める。その動きを、ミリンは見たことがあった。
(あれはマーガレッタの動き!)
そう。稽古や指導、御前試合で模範戦技として披露されるたび、繰り返し見てきたミリンは知っていた。昨夜ゴードフロイが褒めちぎったように、戦士のだれからも賛美されるその体術。それは不死身のマーガレッタであればこそ、数百年をかけて積み上げ会得できたと言われる。御前試合では ── 勝敗は判定によるものながら ── 王国最強の貴族戦士、サイバー子爵をも下した絶技だ。
「ありがとう!」
そう言うと二刀を持った王国勇者は、三体に向かって構えをとる。その構えも、間違いなくマーガレッタだ。マーガレッタ得意の双刃の魔槍を、二つに分けて使うときの構えと寸分違わなかった。ただマーガレッタと比較してやや小柄で華奢、くわえて胸がない。マーガレッタの鎧姿なら、もう一回りボリュームがあるはずである。
そしてこの構えを取ったときのマーガレッタは無敵、しかも瞬殺だ。
『冥鬼双角斬撃突』 ── その技を何度も見てきたミリンが、予想する通りに山刀は孤を描き、一体の頭から股までを縦一文字に分断した。同時に大剣は、わずかの隙を突こうと背後より斬りつけた一体の、土手っ腹を刺し貫く。やはり先ほどの大男をえぐったナマクラとは、別の剣であるかのような鋭利な刺し傷に見えた。またも重なる伝説のイメージ。
『続いて剃刀剣・シャープソードで、五匹の魔族を、次々に切り倒して行きました』
(一度しか使えないライティンブレード、それから変化するシャープソード ── 本当にあったんだわ)
二人の絶命の寸前に、残る一体が先ほど屠られた大男のもとへ駆け寄った。その手にあった魔法の飛び道具を奪ったと思うと、王国勇者に向けて破裂音が轟く。肉眼ではとらえられない弾が発射され、さすがに王国勇者はよけきれない。そらせた背中を弾が襲う ── が、それも青銅の鎧に弾き飛ばされた。
『最後の一匹が毒牙を浴びせましたが、神の加護のある聖なる鎧に、一片の傷もつけることはできません』
(本物なの?)
いったい本物に、どれほどの硬度があったのかミリンには想像もできなかった。とはいえ、鋼鉄で作られた軽装鎧の、屈強な軍人たちさえ倒された弾丸が、革に塗料を塗ったもので、弾き返せるはずはない。そんなことぐらいは、即座に判断できた。続けて魔法銃の連射で間合いをとりながら、一直線に出口のほうへ逃走を図る。長時間の激しい戦闘に麻薬が切れて、一瞬殺人マシーンであることを忘れたのか、
「逃がすか!」
その声がどこからのものかわかる前に、最期の暗殺者の心臓は魔槍をもって貫かれていた。出口をふさいだ影、外からかかった声は、それこそミリンが待ち続けた、現在駆けつけてくれそうなもっとも頼りになる配下 ── 。
「マーガレッタ!」
ようやく援軍が到着したのだ。橋が落ちてわずかに十数分、 ── だがなんと長い十数分だったのだろう。
「さよなら殿下! ── ボクはいつも見ている!」
急に血まみれの王国勇者が、自ら開けた天井の穴にめがけて飛び上がった。もし本物のフルプレートであれば、麻薬強化人間にも及ぶ跳躍力である。
「逃がすか、怪しいやつ!」
マーガレッタが、王国勇者を追おうとした。
「待って、マーガレッタ!」
「マーガレッタ隊長、その人はお味方です!」
「えっ!」
『信じられない』という顔で、ミリンたちを見るマーガレッタ。しかし三人 ── いやなぜか銃弾を受けて、倒れ伏したままだったにもかかわらず、立ち上がるヒカゲも含めた四人 ── の、真剣な顔を見回して呆然とする。すぐそこへ、近衛隊の一人が飛び込んで叫んだ。
「隊長、すいません! 最後の一人を取り逃がしました! 真っ赤な血まみれの怪しい‥‥」
「よいらしい‥‥」
「はっ?」
「その男はよい! ミリアンルーン殿下をお助けくだされた‥‥」
「『王国勇者』様です」
「はぁ? ?」
さらに素っ頓狂な声が出たマーガレッタの姿に、周りの四人はようやく笑顔を取り戻した。
返り血を浴び、身体前面を、赤く染めたままミリンは思う。
(王国勇者様、いったいあなたはだれなのですか?)
そこへいつの間にか、ミリンの足元に戻ってきたラーゴが、まるで勝利宣言のごとく鳴いた。
「ら~~ご」




