第〇〇〇四話 珍種食材は安定ペット生活を目指す ※
(─ とはいえ、鰐顔に蛇の胴体、四つ足に、飛べそうでもないお飾りの干からびた羽が付いたような、爬虫類がかわいい? さぞかしこの女殿下の部屋は、気持ちの悪い爬虫類でまみれているのだろう。 ── いや、爬虫類じゃない、冷血獣と言ってたな。え、爬虫類って何だっけ?)
珍獣は、自分に周囲で話しているヒトたちと別の常識があることに、やや戸惑いを感じはじめるが、その答えは出ない。
「はぁ、はい、では恐れながら殿下。しばらくの間わたくしめが餌付けをいたします。それで人に、危害を加えないようであれば献上させていただく、ということでいかがでしょう? 幸いわたくしめも身の振り方が決まるまでは、軍の給仕方に下働きとして雇っていただけるとか。しばらくはこのお城のどこかに、寝泊まりできるようでございます。けがをさせられましても、わたくしめのような奴隷同然の者であれば、問題もございませんでしょう。そのときは処分いたしますが、ご容赦いただけますでしょうか」
(─ おや? この男、すらすらとしゃべれるじゃないか。なんだったんだ、先ほどまでの歯切れの悪さは)
周囲はだれも感じていないのかも知れないが、珍獣はそんな違和感を持つ。
「ええ、処分ですかぁ」
その声から、噛みつきでもしない限り、食材一直線ではないと保証されたのを確信する珍獣。ほっと一息つきながら、ユスカリオという男が料理人だった以外にも何か、 ── 自分について情報を持つと感じる。まずは逆らってはいけないと、心の中にメモしておいた。
(─ この女殿下は国王 ── 『真王陛下』から直に声もかかるとか、なかなか位も高いんだろう。まあ猫にでもなったつもりの、『ゴロニャン』 な感じでおとなしくしていれば、自由もそれなりに確保されるんじゃないか? まだ、女殿下は少女の域を出ないが、見た目も十人並み以上だし、その笑顔を見る限り性格も悪そうじゃない。成長すればいい女に育って、ある程度の家に嫁ぐだろう。柔らかい膝の上で愛玩動物として、安定した一生を送るのも悪いことじゃないな)
そう結論した珍獣は、『いや、その生き方こそが最高だ』と思い立った。そんな、生まれたての小動物らしからぬ知性と処世術で、寿命がどれほどあるのかもわからない自らの将来に、甘い夢を描く。珍獣の脳裏に『勝ち組』という言葉がひらめくものの、それが何を意味するか理解不能なので、わざと考えないことにした。
「そんな奇異な冷血獣、食べようと思うのは魔族くらいではございませんでしょうか」
「そうですかしら? 鰐も蛇も蛙も、南国の軍人の間では食用に評判がいいと、ゴードフロイどのがおっしゃっていましたよ」
なんてことを言う人間がいるのかと、珍獣は思う。目の前を『アレ』の凶悪そうな顔がちらちらし、とにかくその食用の談義は一刻も早くやめてほしかった。
(─ それにしてもゴードフロイというやつは、いざとなったら自分を食べそうだ。気をつけよう)
「いえ、さすがに人が食すると、毒ではなくともあたる可能性もございます。人間の食用に前例の無いものは、非常時でもない限り、料理するわけに行きません」
(─ ユスカリオ、ナイスフォロー!)
だがともかく、料理の話からは離れてほしい。
「そうでしょうね。わかります。もちろん、食べたりしませんけどね」 なんと快い言葉だろう。珍獣はこの身分の高そうな女殿下に、変わった趣味を与えてくださった気まぐれな神様を思い、心の中で手を合わせる。「では、中庭にある、わたし専用の飼育小屋に、相応の柵を用意いたします。そこへこの子を入れますので、ユスカリオ、そなたがしばらく面倒を見てやってくれますか?」
「殿下!」
どうやらこれも、リムル女史の逆鱗にふれる発言だったが、殿下はすぐさま調整を行なった。殿下専用の飼育小屋というものが、こんな正体の知れない下僕などに、立ち入らせてよい場所には建っていないのだろう。後々交わされた会話からは、およそそのように感じられた。
しかし同時に、そこへ出入りできる官位を持った者の中では、飼育小屋関連の仕事の人気がないようだ。現在、クリムという冷血獣専任の飼育小屋管理者はいるらしい。ただ餌やり助手が欠員となって手狭なため、その職に据えることで落ち着いた。
「クリムは、掃除を綺麗にしてくれますのに、餌つくりなどがとにかく不得手ですからね。本当にあの娘ったら、手先の器用さは、城内一と言ってもよろしいのに、お料理がまったく ──」
「たしかに、クリムどのの裁縫の腕前は、私でも‥‥。それにしてもよいのでしょうか? まだ魔族の係累ともわからぬ獣を、あの神聖な場所に入れても?」
「なればこそ合目的的なのです。魔の力を持つものは、中庭に入れませんし、聖泉ガニメデの泉の水を飲むこともかないません。たとえ無理に含んだとしても、すべて吐き出してしまいましょう。それが大丈夫なら、間違いなく無害な冷血獣に違いないというのが、大司祭のご意見でもあります」
「オンドーリアさまのご判断であれば、仕方ございませんが ──」
話はついたと思われたが、リムル女史の独り言は終局することがなさそうだ。城内指折りの清浄な地であり、聖泉や大神殿もある中庭に、しもじもの足で踏み入らせるなど ── と。その失礼な蔑視は、ユスカリオのことを指しているに違いない。
「ではわたくしめ、ユスカリオ。今後、軍給仕方の下働きと、ミリアンルーン殿下付きクリムさまの下僕のお勤めを、謹んで拝命させていただきたく存じます」
ユスカリオから殿下に対し、臣下の礼がとられて深々と頭を下げた。そこへ、ブツブツ女史が口を挟む。
「いえ、私のほうから、軍の食事の仕事は、ある程度免除していただけるよう、話を通しておきます。そのかわり、そちらの珍種の面倒はしっかりと見て、間違えても殺さないようにしてもらわなければ」
「はっ、ハハーッ」
それは珍種が死んだら、今度は殿下が地の果てまで探しに行くなどと言いだしてはたいへん、という意味のようだ。続けてユスカリオは、慌てたようにリムルに向かい礼をとる。
「それと、クリムさまはお前などとは違い、この王国の公爵令嬢でもあられます。これからは掃除など汚れ仕事は、すべてお前がするように」
厳命は、すなわちユスカリオの認定でもあると理解し、女殿下から一入の微笑みが漏れていた。
くだんの『神聖な場所』は、一定のレベルでないと入れない場所であるらしく、自分がそこで厚遇される未来を予感する。一時は『食材』の覚悟もした、珍しい冷血獣の幼獣は、思いがけず自分の運命が好転していることに、安堵と喜びがこみ上げてきた。
(─ 目指せ、安定したペット生活)