第〇〇〇三話 食材と首輪の記憶
「ほんとうに。これで飛べたら、冷血獣であっても、まさに龍の子供といってもよさそうですのにね」
「魔族ではないのですか? もちろんマーガレッタ隊長はじめ、討伐隊のみなさまが見逃されるとは思えませんが」
「そうですよ、マーガレッタが気に入って教えてくれたのですから、冷血獣に間違いはありません。それに魔王が滅んだと同時に、すべての魔族は、魔界へ返還されたと聞いています。そもそも、魔族が同族を食材にするわけがないですわ」
「そうでしょうか。魔族なんて、獣を美味しく食べるため、わざわざ魔族化するという言い伝えもございますから、どうでしょうかしらね」
どうも悔し紛れの妄言にすぎず、明確な反論ではないらしいが、リムル女史から独り言のように漏れる、ブツブツは止まらない。
「ユスカリオ。その子をわたしが、預かってもかまいませんか?」
「はぁ、あぁしかし、わたくしめはこれの気性を存じ上げないのでございます。この通り卵から孵ったばかりで、鱗も柔らかいものしか付いておりません。食べ物も ── さて、なにを口にするやら。い、いや、わたくしめは、とにかくこれを食材としてしか知りませんので、しばらく様子を ──」
(─ どうも歯切れが悪いやつだが、殿下の自分を預かりたいと云う話は、なんのためなんだ? 孵ったばかりと言ったが ──)
まだ生まれる ── というか孵化する前だったが、卵の中で聞こえた声を珍獣は思い出す。自分の姿を見ながら、怒り狂ったやつが『食べてしまえ』と言った。そのとき『アレ』は確実に、卵の中の自分を凝視していた、と確信できる。
『アレ』は大きく、人間の姿と変わらない見た目ではあったが、『アレ』こそいま、彼らが言うところの魔族なのだろう。とはいえ、珍獣が記憶をたどる限り『アレ』の表情が、美味しそうな食材を見た顔だったとは思えない。
なぜそんな判断が、生まれたばかり ── 正確には孵化する前の自分をしてできるのか。はっきりとはわからないが、あれはきっと、いや間違いなく『こんなはずじゃなかった』といったような ── 。
(─ そう、失望の表情に見えた)
今のような鳥瞰図が、ぼんやり脳裏に浮かんできたのではない。主観的に見た自分 ── 卵の周囲、睨みつける『アレ』の表情も目に映った。それがなぜ、卵の中からはっきりと窺えたのかと不思議に思うが、向こうからも見えたのだろう。さして驚くべきことでもない。
しかもあれは脳裏に浮かんだ第六感というようなものではなく、実像を確認している。もちろん聞こえた声もまた同様に、夢まぼろしとは思えなかった。
(─ まあ、今も目をつぶったまま周囲のことがすべてわかるんだ。卵の中から外が見えるのも、似たようなもんだろう)
生まれたばかりの珍獣は、この世を形作っている摂理が、そういう理なのだと断じて疑問を持たない。なにせ周りを取り巻く彼女ら ── 人間 ── とは違う、魔族なるものが存在する世界だ。そんな場所で食材にされかけた自分が、卵の外まで透けて見えてしまう能力を持ち合わせても、おかしくはないだろう。
そう柔軟に考え、そしてさらに記憶を辿ってみた。
たしか、その後すぐ別の ── それも人の姿ながら、おそらく魔族と思われるやつが、自分になにかをしかけてきたはずだ。同時にすごい力が襲ってきたことが思い起こされる。すると怒っていたやつからよりも、大きなパワーを感じ、急に気持ちが悪くなって起き続けられなくなった。ついには卵の中で気を失ってしまう。
そして、気が付いたらここだった。いや、正確には卵から孵ったときと、その後も何度か目覚めてはいる。しかし、いつもこれほどの力が出ず、すぐ眠りについてしまっていた。今のように気力が続き、起きているのは生まれて初めてと言っていいだろう。
しかも明らかな確証はないが、現在居るのは別の場所であり、あの場所ではない。
「ところでユスカリオ、この首輪はどういったものなのでしょう?」
ユスカリオは、自分の首に嵌まる金属製の首輪に手を伸ばしかける。だが女殿下の質問はユスカリオの着けた首輪ではなく、珍獣の首輪に対する質問であると、すぐに理解した。
同時に珍獣は、たしか卵の中で目覚めたときなかった締め付け感を、首とも肩とも言いにくい ── 前足の付け根よりやや頭側に感知する。
今まで気づかなかったのは、密着したラバーバンドのように一体化した首輪の色が鱗と違和感なく、目立ってなかったせいだろうか。素材も少し光沢感を持つ、革とか布ではない、言わば鱗と似たようなものでできていた。その経緯を、珍獣はすぐに思い出す ──
(─ いやこの輪っかは、卵の外から別の魔族が何かしたとき、卵の中にいた自分にはめられたんだった)
そう、これが締め付けてきたとたん、とても気持ち悪くなってすべての力が抜け、強い眠気に襲われたことも覚えている。今でも体を動かしたくない。どちらか言うと、元気をどんどんこの首輪に吸い取られていっているようだ。
「あぁはい。これなる首輪はわたくしめが、この冷血獣を連れてくるとき、卵から出てきたこいつを逃げないよう、繋いでいたものでございます。紐は外してしまいましたが ──」
(─ そうじゃないだろう。じゃあ今つけてる首輪は、あのときのものと別物か? ── あるいはユスカリオが、意図的に嘘をついている)
「そうですか、ここへ連れてこられる途中で、この子は孵ったのですね。でも、なんてかわいい子でしょう ──」
そこまで言いかけた瞬間、時間が止まった! ── かのように思えた。
すべての映像が停止する。すぐに真っ白になったかと思うと、目の前にはやはり今話し始めていた女殿下だ。
ただ服が違う。今よりもっと豪華な正装ながら、血まみれの全身。そして語気荒く、同じ言葉を必死で叫ぶ女殿下のアップが迫る。
「‥‥んてかわいい子でしょう! あなたのおかげよ。あなたはきっとわたしに力と幸運をくれる、奇跡の珍獣なのね!」
今までと視点も違う、抱かれた自分主体の映像が、その途端プチンと切れた。
「 ── どうしても欲しくなりますわ」
もう映像は元に戻っている。
(─ なんだったんだ? デジャヴ‥‥でもないような)
食べられかけた、卵のときの事件は記憶として思い出せ、なんら不思議なことなどない。しかも、生まれたばかりで既視感もないもんだが、かなり切羽詰まった出来事から回避できたような、そんな場面に思えた。あるいは予知夢とかいうものだろうか。
(─ 万が一そうだとしても、珍味トカゲの身でそんな修羅場はまっぴらなんだが‥‥)
一方殿下の言葉を聞き、もはやリムルとやらも、首を振ってあきらめ顔だった。




