第〇〇七〇話 読心チャットでわかるドジっ子の正体
今、千里眼に映る ── ラゴンが見ているミツは、オドオドした引っ込み思案のドジっ子で、とても魔族にも吸血鬼にも見えない。まさか自分の知る、最大魔力保持者のペスペクティーバをはるかにしのぐ化けもの。ましてや屈強な男二人を石ころのごとく跳ね飛ばす、とんでもない力をふるえる存在とは思えなかった。
「あ、じゃあ先にミツには、今からのことを断っておくよ。しばらく、みんなの紹介は待ってね」
そう言うと意識をラゴンに切り替え、様子をうかがう。ラゴンはミツと一緒に、貴族の鹿車などがメンテナンスされる、大きな作業場の駐車スペースで身を潜めていた。
吸血源として重宝するので、温血獣に詳しいクラサビから教わった話によれば、人間より小さい温血獣などほんの一握りと聞く。
そのためラーゴが引き継ぐ相続者の常識なら馬が牽いた車を、ここではマメジカの類にやらせているようだ。マメジカのよう、とはいえ人間に対する大きさは、ラーゴの知る大型馬のサイズであり、速度も似たような程度と考えて良い。ここで、ラゴンは朝に露店で買った、ミツが着るものと変わらない作業服に着替えておく。
一方ミツは薄汚れた服を魔力で、不自然に見えない程度まで汚れを落とした。
今は特別な荷を乗せられる、あるいは密輸でも行なうために用意されたっぽい、隠し場所を備えた荷馬車、いや荷鹿車に潜んでいる。ちょうど荷物の陰になった場所に、無理して二人とも入り込んでおり、少し覗かれた程度なら、いるのはわからないだろう。
とりあえず、ラーゴが外出から帰るか、あるいは小屋にだれも来なくなる夜まで、ここに隠れていられればありがたい。タイミング次第で、帰城するラーゴが情報隠蔽結界を貼り、同時に入城するのもよいと考えた。
身分証明ができない限り、ヒトの姿から変わりようがないオートマトンは、居場所に不自由することこの上ない。
「ミツ、きみをボク ── というか、ラゴンのそばにいてもらったのは、二つ理由があってね。最大の理由は、種族間感応通信を使えないボクと、お互いに表層意識を覗き見ることができるだろう? それを使えば、こうして口に出さないでも、意思の疎通ができると思ったからなんだ。今からやってみるので、ボクの意識を見ていてね」
そう前置きをして、自分の意識をオートマトンに送出しようと、心に強く思い描く。
{ミツ、ボクの気持ちが透視できたら、見えたって思ってくれる?}
すると、すぐにミツの表層に、明確な気持ちが浮き上がる。
{はい、見えました。わたしの気持ちは読めますか?}
{うん}
鮮やかに読めた。チャット経験のあるラーゴは文字を打ち込まないだけで、似たようなものだと感じているが、これは意図的に隠しておく。
{チャット?}
思わず浮かんだ単語だけが、ミツのほうから見えたらしい。失敗だ。ラゴンが自分の意識を受け取る場所に、情報隠蔽結界を張って、やり取りする内容は、その外で思い浮かべるよう心がけねば。
{ごめんごめん、何でもないんだよ。で、二つ目の理由は君の能力が高すぎて、うまくリードしないと、魔族が生き残っていることを知られてしまいそうだと思って。だから近くにいてほしいんだ}
ミツを信用していないわけではないが、すでに先ほど実証済みだ。思わず素っ裸で、サイキックを使った映像がよみがえる。
「きゃっ!」
胸を隠して、後ずさりするミツ。どうも、脳裏に浮かんだ映像が漏れたらしい。これでは、セクハラになってしまう。
{しっ、静かに。でも、ごめんね。大事なのは、あの姿でやったからじゃなく、思わず力を使ってしまったということなんだよ}
{あれは申し訳ございませんでした。エリートさまから、魔力の行使を控えるように聞いたばかりだったのに。わたしは本当にダメな娘なんで ──}
と心に描きながら、同時に{人間ごときが主様に手を出して} とか、{わたしの大事な大事な主様} とかいう気持ちがあふれかえって、表面心理さえ読めなくなった。どうも、ミツはかなり思い込みが激しいほうではないかと、ラーゴは認識を改める。
魔族には、似つかわしくないほどの他人への優しさから、自分の中に全部抱え込んでしまう体質であるように感じられた。
{お、落ち着いて、すんだことは仕方ないから。そう、このさき気を付けてくれたらいいんだよ}
その言葉への反応は、心に出るより早く、目から涙が零れ落ちる。
{なんてお優しい ──}
困った、泣かせてしまった。これでは、意識での会話が続けられない。しかし ── とラーゴは情報隠蔽結界の奥で考える。
(─ 面接があんな形だったので、ミツには人間に対する気持ちを、十分確認せずに合格にしてしまったなぁ。たしかにあれほどの傷を負わされているから、トラウマもあるんだろう。さすがに人間=ごみ以下だ、とか思ってないようだけど。 ── まあほかのメンバーの平均値も大きくは変わらないけどね)
顔を押さえている、ミツの肩に手を置き、こちらに注意を戻す。
{ごめん、泣かないでね。それと、このまま相談しておきたい話があるんだ}
なんとか、ミツの感情の高ぶりは抑えてもらった。
相談したかった話とは、すでにクラサビからも説明した、ラゴンをうまくしゃべらせるのが難しくなることがある問題。それはもちろん、他人と接触したときの対応である。クラサビに帰らせミツを残したのは、万が一他人と交流した場合でも、この二人ならカップルでなく兄妹で通しやすいと考えたからだ。
別に髪の色や目の色が違う、兄弟姉妹もあるかもしれない。だが同い年齢か年上に見えるのに『主様』態度のクラサビよりは誤魔化せそうだ。年齢差のある兄思いの妹雰囲気を持つ、外見の似かよった年少者のほうが、ラゴンと兄妹と思われやすいと思えた。
カップルというと、また変な邪推を生みやすいだろう。
{『兄様』と呼んだらいいですか?}
{そうだね。『ラゴン』でもいいけど、いちいち兄妹を強調しておくほうがベターだろう。もちろんボクからは変わらず『ミツ』と呼ぶけど。で、なぜここにいるかと言われたときにはね ──}
ここが、もっとも大事な部分だと思った。もしも二人の話に齟齬が見えた場合、どうも怪しいと疑われてしまう。あるいは、二人別々に尋問されることもあるかも知れない。様々な想定される質問に対し、ミツにも疑問を出させ、細かいところまですり合わせしておいたほうがよいだろう。
あわせて、他人の気持ちが見えるのは仲間にもなるだけ口外せず、必要がない限り意識の覗き見を規制した。知ってしまった他人の、心の秘密も決して他言しないようにと付け加えておく。
これはラーゴ自身の、自己防衛もかねてのことだった。
{だからわたし、みんなに距離を置かれるんです}
どうやら隊長という立場もあるのだろうが、相手の気持ちをわかりすぎ、気遣いを過ごしてずけずけ入っていってしまう。結果、友だちらしい存在に、恵まれなくなりやすいように感じられた。
(─ しかし思いのほか、ミツは頭もいいようだな)
人のいいのもなんとやらと思ったが、その反面ラーゴが実は魔王の二世でないと、気づいてしまう可能性が高いのも困った話だ。これだけは、決して意識に出すわけにいかない。せめてラゴンに意識を切り替えたときぐらい、自分は真実、魔王の二世だと、心底から思い込んでおこうとラーゴは心に決めた。
ミツとの打ち合わせを終え、遠隔会話停止の呪文を唱えて、一部千里眼でラゴンとミツの様子を観察する。一方でクラサビに親衛隊の特性を伝授してもらう。
考えてみれば、ミツの能力を聞いておくのを忘れている。まあ、サイキックと百里眼、情報隠蔽は見せてもらったので、そのあたりはだいたい把握できているといってよいだろう。




