第〇〇六八話 クラサビ◆主様は魔法述師(インキャンテイター)
クラサビが、面接会場から王城の飼育小屋まで戻ってくると、主様は最初にこう言った。
「あ、ところでクラサビ、すごいこと発見したんだよ」
「え? なあに、主様。すごいことって?」
主様の顔を見たら、一番になにか伝えたい話があったはずだ。しかし、『すごいこと』という誇大広告に、思わず食いつくクラサビ。それは自分たちがやってしまった悪漢たちの話か、あるいは落選組を運んでいる、半数の親衛隊のほうか ── 。
だがその想像は、どちらも外れた。
「うん、ラゴンにどれくらい、血液が残ったかをチェックしたんだけど、案外減っていない。ミツにかなり提供したはずなのに、まだ残量は半分以上あるみたいだ」
「えっ? みんな、遠慮したのかなぁ?」
クラサビが心配そうな声を出したが、聞いたラーゴは首を振る。
「実はしばらく観察してたら、徐々にラゴンの中の血液が増えて行くのに気が付いてね。で、その理由を調べると、食べ物から血液を作るシステム ── 機械のようなものが、組み込んであるらしい。だけどそれが使われないで、しかも食べものがおなかに入ってない場合に、新しい血液を自分で作り出せるようになってたり。活動に消費される以上の余剰魔力が血液中にあれば、肺の中に溜めた血液の魔力を利用してできるみたいなんだ。そういうことが分かったんだよ」
「へぇー、それって便利なんじゃない?」
半分くらいはちんぷんかんぷんだ。だが、何も食べないとき休んでいたら、エネルギーを増やしていってくれる、便利なオートマトンだということは理解した。ラーゴから、『エネルギー保存の法則が無視されてる』とか、クラサビには分からない独り言を交えた文句付きで、説明が続けられる。
「そうだよ。魔力がたっぷり含まれた血液がある程度肺にある場合は、生気の元になると同時に、血液内の魔力を増殖させる。それだけじゃなく、魔力を持つ血液さえも作ってしまうみたいなんだ。だけど‥‥」
「どうしたの?」
「それほど魔力にあふれた血液が入ってくることは、想定されて作られていないようなんだ。もともと肺に血液を送り込むシステムは、なかったんだから当然なんだけどさ。食べたものから血液を作る場合、その血液にそこまでの魔力は含まれないはずだものね」
エネルギーを消費しない時間に血液内の魔力を増殖したり、まったく食べものがなくなったりしたときの緊急システムではないか。つまり消費エネルギーのセーブによって延命を図るもの、とラーゴは付け加えた。ところが予期せぬ魔力たっぷりの血液を得、やや暴走ぎみに動いていると云う話らしい、とクラサビなりに理解する。
「じゃあ、ラゴンさまの中で造られた血液があふれて、いつか吐血しちゃうということ?」
「そうかも知れないので、その対策を考えたんだ。つまり造血システムが動く前に、逐次肺で溜められてる血液量次第で食べものを血液へ変える、この逆システムを新しく作ってね」
「え? じゃあ、食べものができるの?」
それは人間にとってはすごいと思う、しかしクラサビの期待は裏切られた。
「そうじゃないよ。増えすぎた血液を、赤い成分と白い部分。 ── 本当は赤血球とか白血球っていうんだけど。それぞれに分けて赤いところは肺に残し、そうじゃない液体を排泄してしまおうと思ってるんだ。その分別が、造血のシステムでできるんだよ」
「排泄って、捨てちゃうってこと?」
「もちろん、みんなに分けられないときだけだよ。余分な水分や食べかすを、排泄するシステムはあるから、それを使うわけだけど、もったいないよね。だって赤くない部分といっても、魔力はけっこう貯まってる部分だから」
「そうよね。あたいも、捨てるくらいならほしいわよ。溜めておいて、利用できたらいいのに。あたいたち、聖水でなければ飲めるよ」
「でも、クラサビも魔力を貯蓄できる最大量以上は、血を吸えないよね」
「あーそうだけど。でも対人間比魔力保持容積はいつも魔力満タンにできるなら、だんだん最大限界値が増えてくるらしい、って聞いたことあるよ」
「へえ、そうなんだ?」
実際そんなありがたい身分になったことはないけれど、魔王として復活した者は当初、魔脈を独り占めできる。だから魔力は取り込み放題で強力になれるんだ、とかだれかが言っていたような気がした。
つまり根拠があるわけではない。
「だって、ずっと食べすぎてると太るじゃない、それみたいなもんじゃないかしら」
「なるほど‥‥」
納得してもらえた。もちろん、ウイプリーの魔力の最大保持量は、先天的な値に固定される。しかし長年退治されないで、放置された魔王などは『力を蓄える』と言われるものだ。それは、そういう恵まれた環境で徐々にでも対人間比魔力保持容積が伸びなければ、不可能なはずだった。
「ねえ。聞いてもいい?」
「なに?」
「もし、そうやって血液が自分で増血していって満タン状態なのに、食べものが入ってきたらどうなるの?」
「 ── あぁ、それは想定してないみたいだけど」 ラーゴは空中を見つめ、必死でなにか読んでいるような動作を繰り返した後、答えた。「そのときも食べものはエネルギーに変換されるけど、あまった魔力は肺に貯められないよね。どうも食べ物のカスといっしょに排泄されちゃうみたいだよ」
もったいない話だ。それだけでは雀の涙というものかも知れないものの、飢えているウイプリーたちに届けてやれたらいいのに、と思うクラサビ。
「でも、主様って人形遣いなの?」
「えっ?」
「だって、オートマトンの使い方にすごく詳しいもの」
「いや、そうじゃなくて、なんだっけ? こういうことができるのって、魔法述師っていうらしいよ」
「そう、あたいは聞かないわ」
魔法述師って、魔法使いのすごい伝説に登場する、職業みたいな名前だ。
(でも、それじゃないんだろうなあ ──)
魔法道具に呪文暗号を書く ── そうした仕事に就くには、ヒトの寿命でとても間に合わないほど長きにわたる修行が必要だとか。その程度のことは、魔法について無知蒙昧なクラサビでも既知とした。だから生まれたばかりの身に、そんな修行は求めるべくもない。
とか考えていると、またわけのわからない独白を漏らすラーゴ。
ラゴンが血を吸われる暇にあかせ、作った複号ツールとかドキュメント化ツールのテスト中に発見できたという。
まあラーゴなら生まれたてとはいえ、そんなとんでもないことができても不思議じゃないか、とクラサビは思うのだった。




