第〇〇六七話 運の悪い恫喝者たちと新たな発見
その反応に、ラーゴはひらめいた。
「ミツ、そこに横になって」
「はい」
上半身裸のミツをうつ伏せに横たえ、申し訳ないが作業着っぽいズボンも脱がせる。裂傷が太もも部分にまでかかっているのを確認すると、膝のあたりまでずらせ、下半身に毛布をかぶせて治療の開始だ。ラゴンの肺の中を透視る限り、自分の血はまだ十分にある。その肺の底部に小さい結界を張り、これをどんどん膨らませた。すると最後には行き場をなくし、クラサビがつけた血管を昇って口まであふれ出る血液。これを少しずつ、ミツの背中のほうから舌を使って傷口に垂らすと、先ほど同様に傷がふさがって行く。
(─ やっぱりだ)
「あぁっ!」
傷口に残留していた聖泉の忌避成分を、ラーゴの血が中和し、その瞬間ミツの回復した魔力で治って行くようだ。同時にそれには、強い刺激が身体の奥まで響くようで、痛みをこらえて身もだえるミツ。
しかし、垂らす血液が傷口から外れてはいけないので、ミツの体 ── 細い腰を抑え込むようにしてさらに続ける。腰の下、臀部のあたりはかなり深く、傷口からぱっくりと肉が見えた。
深部まで流れ込んだ血液は、傷口に残るなにかと反応するらしい。バチバチと音を立てて、血のしぶきが飛び散った。体を押さえていた手のあたりまで飛んできたため、ミツの痛みが治まるのを待って、白いドレスシャツは脱ぎ、上半身裸になる。
(普段着の着替えは買ったから、血で汚れなくても、もうこんなすごいのは着ないかもね)
声を押し殺して、かなりの痛みを耐えたミツは、小休止に脱力状態ながら息の荒いままだ。
腰から下の傷はけっこう深い、おそらくさらに痛むだろう。毛布をふくらはぎまでずらし、傷の浅そうに見える太ももから臀部のほうへ上がって行くことにした。すでに背中から腰にかけては、傷の痕跡もなくきれいに治っている。もう一息だ。
(─ 客観的に見ると、これはかなりきわどいシーンだよね。でもこれ、治療だから ──)
と自分に言い訳しながら、もっとも痛みが強いと思える臀部の裂傷へ向かって、口の中にある最後の血液を流し込むラゴン。
「ううっっ!」
ミツの身体は思わず逃げようと身をよじる。しかし裂傷の中で、血液が激しく反応していた。今こぼしてはいけないと、横からおしりを押さえ込んで耐えさせる。
(─ もう大丈夫だ)
そのとき、いきなりドアが開いた。
「エーッ!」
クラサビが、見て叫んでいる。
「いや、ごめん、これは‥‥」
そこへ、さらに男の声が聞こえた。クラサビのいた部屋のほうからである。
「おい、ここに怪しい逢い引きものが入ったって聞いて、調べに来たぞ!」
「そうだ、ユニトータの幹部、モモハデさまの直々のお取り調べだ。お前ら、王国の身分証は持っているか? 手配者じゃないだろうな」
その声に押し込まれるように、クラサビが少しずつベッドルームの奥へ後ずさりしていた。人間相手に、どうしたらいいのか迷いがあるのだろう。人数は何人だ? ラーゴが千里眼で見回すと、隣の部屋に四人の男がいた。四人とも、その善悪を示すオーラはろくなものではない。案の定部屋の外には、似たような雰囲気をもった宿屋の主人も、マスターキーの束を持って待機している。
(─ 他は ── ?)
宿屋の内外、そして周りにいる不審者はその程度、なぜか屋根の上にカマール姿で止まっているのは、8000 ── ハッチだ。
ここに至って、目の前の男たちがならず者なのは、明らかだった。
「たしかに上物だ。違法滞在者は、奴隷に売っていいんだよ、ねえちゃん。それとも、もみ消してほしいのかい?」
なぜか、こんな暴言まではかれてもクラサビは抵抗しない。状況はミツもわかりつつあるが、クラサビから言い返しもしないのを二人とも不思議に思う。すぐに二人の男がベッドルームまで足を踏み入れてくると、こちらを見て言った。
「おう! アニキ! お坊ちゃんはもう一人、えらい別嬪とやってますぜ。こっちの姉さんと終わった後、二回戦目か、それとも見せながらっていう趣味かねぇ」
「たしかに、こっちの赤毛も掘り出しもんだが、黒目黒髪でこんな別嬪は初めてだ。マニアに高い値で売れますぜ」
「一人は先にいただいても、かまわないですよね。モモハデさま」
「後でいいから、もう一人も回してくださいよ」
千里眼が判断した通りの悪漢たちだ。世の中のためにならない、ベストテン入り決定である。その男の一人が、全裸のまま起き上がり、胸を手で隠しているミツに近寄ると、薄汚い手を伸ばしてきた。
「やめろ!」
男の手を払ったつもりなのに、リーチが少し足りない。マーガレッタとの身長差だろうか。すると今度は、ラゴンに男のパンチが飛んで来る。もちろんその手も払おうとしたが届かない。今度はおでこを狙ってとんできたパンチから、回避しようと身体を反らせる力が余って、ラゴンはベッドの上に倒れこんでしまった。
(─ アーッ、とっさの動きはうまく使えない)
「何をする! 失せろ人間!」
響き渡る、ドスの利いたミツの声に、すぐ顔を男たちのほうへ向けるラゴン。視界の中で、二人のならず者たちは、一メートル以上後ろへその巨体を飛ばされる。
「やっちまってくだせえ!」
向こうの部屋の壁まで、盛り上がったのだろう。事態に気付いた隣の部屋から号令がかかると、人間としてはかなり機敏な動きをする、刃物を持った男が突っ込んできたが ──
「バカぁ!」
と叫んだクラサビに、隣の部屋の号令をかけた男もろとも殴り倒されてしまった。だが、バカってなんなんだ?
「アッアーッ、助けてくれぇ」
これは、外にいた主人の声。一階へつながる階段へ走り去った。
「逃がすな! とらえろ。隷属も許可する」
事態を見ていたのだろう。すでに店主の退路を断つため、ヒトの姿になり一階へ移動して来たハッチにも聞こえるよう、大声で叫ぶ。その後、部屋の外まで追いかけたクラサビとハッチが合流。ずっとラゴンとミツのやり取りを観察していたハッチから、ミツの治療にいたる次第を解説するのが部屋の中にも聞こえる。
こうしてすべては一件落着となった。
(なるほど。バカはラゴン ── というか、ミツに手を出しているように見えたボク ── だったのか)
乱入した男たちは魔法銃を携えており、おそらく昨夜の話でユニトータと呼ばれた、闇の組織に属する一員のようだった。千里眼によると数時間以内に発射された痕跡がある。つまり昨日の殺人犯だ。
銃の仕組みは簡単で、引き金を引くと魔法の発動によって内蔵された火薬に火がつき、弾丸が飛び出す。その後、次の火薬と弾丸を装填するのも魔法で行なわれる仕掛けらしい。
とりあえず結界で包んで、魔法銃の威力だけは確認しておくが、たいしたものでは無かった。
さらにその身分を称する証も持っていたため、そちらの繋がりで魔族の存在が漏れ出さないか危惧される。要検討事項だ。
状態はもはや瀕死だったが、これはしかたがない。殺人犯を逮捕するとき素手の民間人が過剰防衛気味にがんばったため、不幸にも起きた事故と考えよう。実際にはここの主人同様、隷属だけで良かったのだが、見た目には圧倒的攻撃力の差があったのだ。
プロの格闘家に、刃物を持って向かった末路と思えば許容範囲ではないだろうか。
どうせ、この時代に犯罪者組織レベルの抗争などで、殺人を犯して捕まれば、ほぼ『首ちょんぱ』は間違いない。こちらの痕跡だけを消して、しばらく延命を指示。こちらに関係の無くなった、いい折を見て死刑 ── というか死んでもらうことにした。
クラサビがそれらの処理に適切な能力のある仲間たちを招集し、てきぱきと片付けて行く。隷属した宿屋の主人からも、ラゴンたちが来た記憶は消してもらった。だが冷静に考えると、ゴタゴタのもとになりそうなここは早く離れたほうがいい。
あれだけ大盤振る舞いをしたと思われたラゴンの肺中に残った血液だが、まだ余裕はあるようだ。不思議に感じるのも当然で、千里眼で透視る限り、消費量と残量のつじつまがあわない。
そこで未完成ながら、手元のペイストボウドに自作した机上検証ツールもどきを、ラゴンに遷して解析を行なってみる。すると、おぼろげに想像していた予想が的中した。
(─ ハイブリッド車の電力回生みたいな仕掛けだ)
これなら血液問題は大丈夫と考え、ラゴンたちはそのまま街に潜伏、クラサビにはラーゴの外出に備えて帰還を命じる。
どうやら今日も、なにかと忙しくなりそうなラーゴ一家であった。




