第〇〇六五話 クラサビ◆覗いていた超絶美幼女
クラサビは、隷属した宿屋の主人を従え、部屋へ向かおうとするハッチを押しとどめ、小声で尋ねた。
「ねえ、教えてくれる?」
「なあに?」
「なんで‥‥、取りに入れなかったの?」
「え、知らなかったの? クラサビも、透視しているんだと思ってた」
「そ、そんなこと、いつもやるわけじゃないわよ」
「そうなんだ‥‥」 いやな笑い方をする幼女だ。そしてハッチは部屋の前で停止し、クラサビの足を止める。「ハッチは見ててわかったんだけどね。ミツは背中から腰に掛けて、王都攻略戦のとき聖水に浸した聖剣で切り付けられてできた、大きな切り傷があったんだ。ラゴンさまの血をもらっても良くならないからって、もう少し吸血したみたい。それでも治らないから、ラゴンさまが直接傷口に血を流し込んで直したの。今は、だから跡形もなく完治してるよ」
「エッ、エーッ」 ようやくクラサビは、ベッドルームでなにが行なわれていたかに気づく。「そうなのね、あたい、勘違いしちゃってて‥‥」
顔が熱い。血の流れない吸血鬼の顔に、血がのぼるわけがないにもかかわらず、真っ赤になっているようにさえ感じた。それは明らかに動転した、クラサビの気のせいだろう。
部屋に入ると、すでにミツはウイプリー自慢の怪力で、巨漢の男四人はソファの部屋に並べて寝かせてあった。ラゴンは男たちの装備する物品をあらためて、財布や手帳風のものなど、いくつかを手にとっている。
「ごくろうさま。誤解は ── 解けたかな?」
話が聞こえていたようで、ラゴンは笑顔をたたえて聞いてきた。
「い、いえ、あたい誤解とか、そんなんじゃなくて、主様がミツのこと気に入ったんだったら、よかったかな、っとか。いえ、そうじゃ、あじゃ‥‥」 支離滅裂になった。ミツを見ると、すまなさそうな顔をしている。ただ ── 「ミ、ミ、ミツ! いつまであんた、なんて格好でいるのよ!」
ミツは、ハッチに聞かされた治療を、受けたときそのままのスタイルだ。もちろん、足元にかかっていた毛布はベッドの上だから、一糸まとわぬ裸身である。
「きゃあー、そうだった、す、すいません主様、あたしドジっ子で」
いまさらどうしようもないのに、しゃがみこんでしまうミツ。
「ああ、いいよ。覗きたいときはお互いに透視できるんだから気にしなくても。でも寒いから、何か着たほうがいいと思うよ。傷も完全に治っているしね」
本当にきれいなライン、しかも肌艶だ。それに魔力も十分供給され、やせ細った頬もふっくらしてきている。先ほどの男が漏らしたけれど、黒髪黒目じゃなかったら、本当に高い値段が付きそうだ。
(あたいが男だったらほっとかないわね)
そちらのほうに、経験もないにもかかわらず、周囲の影響もあってやや肉食系のクラサビは、そんなことを妄想してしまう。
その間に、しゃがんで膝を抱えた格好のまま、裸のミツは姿を消した。どこかに行ったというわけではなく、主様の使う情報隠蔽結界を、彼女も張ることができるのだろう。頼もしい仲間である。
── ・ ── ・ ──
ほどなく恥ずかしそうに、作業服で身を包んだミツが、ベッドルームからこそこそと現れた。
彼女がどうしてエリートでなく、0032だったかがわかるような気がする。それと同時に、ラージナンバーにもできなかったという、上の気持ちもなんとなく理解できた。
だがミツ本人は、エリートとラージナンバー、どちらに対しても相当疎外感が大きかったに違いない。しかもダブルオーということは、どこかの部隊の隊長様である。
よくこんな娘で、生き鰐の眼を抜くようなウイプリー軍団の隊長が務まるものだ、と感心しきりのクラサビ。さぞかし王都包囲戦では、下の者たちに苦労をかけたことだろう。そこに突然、ラゴンがつぶやいた。
「人間たちに聞いた、最近台頭して、旧勢力に抗争を仕掛けている裏社会の連中らしい」
(え、なんの話?)
どうも、先ほど侵入してきた、四人の男たちの話らしい。主様はあの檻の中に潜みながら、すでに王都市街の情報を、人間たちに調べさせているのがよく分かった。
「この後、どうしましょう」
「まだ、息はあるよね」
「でも ── ごめんね。あたいがやった二人は、まもなく死ぬんじゃないかなぁ」
「わたしが吹き飛ばして気絶させた人間も、即死ではなかっただけで衰弱が著しいようで。すいません、たぶん長くはないと思います」
主様が質問してくる。
「こいつらって、隷属させないでヴァンパイア化したら、延命はできるかな?」
「主様、ヴァンパイア化には吸血が必要です。でも隷属させないのは、どうしてですか?」
「人が変わるでしょう? 疑われないかと思って」
「ならヴァンパイア化ほどの吸血が要らない、『偽りの命』を与えようよ。それに今日の記憶消去はできるわ。そして店主だけ、隷属させておけばいいわよね。この部屋は直せないから」
ヴァンパイア化しても、隷属を感じさせないのは可能だ。だがそれでは記憶が残り、人にしゃべってしまうかも知れない。
それよりこの状態で、隷属するほどの吸血に耐えられるかどうかを、ミツは心配しているのだろう。失血のショックにより、死んでしまう可能性が高いと思えた。
クラサビは種族間感応通信を使って、各術法が得意である仲間たちを呼び返す。偽りの命の能力を持つ7373 ── ナミと、吸血による記憶操作を得意技にする9001 ── クオレだ。ナミは生来固有能力である『偽りの命』を与え、本人に気づかせず瀕死の人間も生かしておくことができた。
クオレは血液による様々な記憶操作が可能だが、記憶消去、それも最後の記憶を消すのはもっとも簡単だという。
一時は緩衝地帯に向かったクオレだが、ようやく壁を超えたところだったのですぐに戻って来てくれた。王都内の仲間を集めたため、王都から出るのに時間がかかっているらしい。こちらは、時間をかけずに四人の処理が終わった。
「こいつら、昨日王都内で人殺しをしたやつらの、仲間じゃないかなぁ?」
親分らしき男の背中に、ベルトで取り付けられたポケットがある。
そこに納められた魔法銃という、ただの人間でも使える魔法道具を取り出して、ラゴンが調べ始めた。主様が、遠隔透視で見ているのだろう。
結界を張って一発撃つと、『そんな構造なんだ。だが威力はこの程度か』とかなんとかつぶやいていた。
処置を済ませたあと、簡単な暗示でこことは王城を挟んで反対側へ歩いて行ってもらい、そこで眠ってもらうことにするようだ。
昼頃に気が付いた後、昨日の夜から何をやっていたのかと悩んでくれればいいだろう。組織を出て来たのであれば、どこへ行ったか把握する者がいるかも知れない。
だが主人からラゴンたちの入る前までの記憶を消すか、隷属化して知らぬ存ぜぬを通させれば何が起きたかは藪の中。そのうえで本人たちが来た覚えがない以上、うやむやになるだろうと主様が判断した。
「でも ── ミツさすが六十八の魔力ってすごいわね。あたい初めて見たよ、サイキック」
「ごめんなさい、わたし、かーってなると見境いなくて、ラゴンさまをあの男が殴ったと思ったので、つい」
あわせて傷が治らないからと、最初指定された倍も血を与えてもらえていた。それも意図したより、はるかに大きな魔力が発動した理由だったと云う。
「え、殴ったよね? あたい見てたよ」
魔法銃というものを、ホルスターに戻していたラゴンが答える。
「あ、そうじゃないよ。マーガレッタの体とちょっとサイズが違ったからね。手で払おうとしたら、微妙なところで足りなくって」 情けなさそうにラゴンは笑いながら続ける。「今度は、パンチが来たのでよけたつもりが、力を入れすぎてベッドにまで倒れこんだ ── だけなんだ」
単に不慣れによる、オートマトンの操作ミスということらしい。
ミツも最初、気が動転し、実態が見抜けなかったようだ。クラサビも同じだったということは、二人そろって、主様に対し、冷静な気持ちを保っていなかったと気づいて、顔を見合わせる。
しかも、たかが人間相手に思わず本気を出す混乱ぶりは、乙女心としか考えようもない。一方ラゴンはどこ吹く風で、この体に慣らすための修正や、実地のトレーニングが必要そうだといっている。
(じゃあ、ミツだけじゃなくて、あたいも誤解で殴り殺しかけた? いや、ほぼ殺しちゃったのか ──)
「いいよ。こいつら犯罪者、いや殺人者みたいだし、生かしておいても、ろくなことはしないだろう。そのうち適当に、偽りの命を終わらせてやって」
「わかりました。では適当に‥‥」
事情を知らないナミが、挙動不審なミツとクラサビを冷ややかな目で見ながら応答している。魔族として主様の決定に異存はないし、たかが人間の命、どうなってもかまわない。だが先ほどの面接のときと、打って変わった態度からクラサビたちは感じていた。
やはり将来魔族に君臨する主様は、支配する価値のない『ろくでもない人間』には一片の容赦もしないのだと。
「ところで、ここに長居するのは危ないよね。ミツは、ラゴンを連れてここから離れて。そして親衛隊のみんなの情報をたよりに、安全なところで一時身を潜めていてほしい。ボク ── ラーゴはこれからしばらく、声をだせないかも知れないんだ。それでクラサビは、ボクのところまで至急帰ってきて。もちろん、カマールの姿で。ミリアンルーン殿下がボクを連れ出すみたいだから、みんなとの連絡をロストしないためにね。そしてほかのみんなは無理のない程度に、ロノウエさんの捜索を続けて」
「わかったわ、あたいはすぐ帰ればいいのね。じゃあ ── ミツはラゴンさまをお願い。どこか安全なところに、隠れているだけでいいから。ただラゴンさまは主様が忙しいとき、普通にしゃべれなくなることがあるので、そこはミツがサポートしてあげてね」
ミツは不安そうにうなずいたが、仲間もいるから大丈夫と元気づけ、急いでクラサビは王城に飛んで帰るのだった。




