第〇〇五七話 アネクドート・ヤヤジミ
「よっしゃ、モモハデさまにお知らせして、小一時間程で行かせてもらうぜ」
ヤヤジミは結社ユニトータの幹部、モモハデの部下だ。さほどの腕っぷしはないが、王国の男性平均を大きく上回る身長に、平均の三倍はあろうかという体重と相応の見映えを誇る巨体。その恩恵も手伝って、モモハデの配下における、露払い役でもっぱら使われてきた。
ユニトータは王都の裏の顔役、タオの部下だったマヒロアたち数名が立ち上げた組織だ。タオというのは王国の自警団や、国民の嫌がる公務の下請け、危険な作業などに人夫貸しをしていた集団『ケナンカ』の創設者である。当初より、主に港から入ってくる危険物や危険生物などが持ち込まれないよう、水際で食い止める仕事を請け負ってきた部門があった。
それが王都と離れた港町ボコボにおいて、タオの目が届かないのをいいことに、マヒロアは好き勝手やり始めたのだ。あるときいかさまで素人から絞り上げる、賭博場を運営していた悪行がバレて破門。新組織ユニトータとして独立する。
しばらくは王都でもボコボでも、ケナンカと仕事をとりあってきたユニトータ。だが客離れから賭博のテラ銭稼ぎや高利貸し、ミカジメ料/市のショバ代徴収など、いつしか暴力的組織へと変化してきたのだ。以後はヤヤジミのような、真面目に働く気のない者を集め、高利貸しの違法な取り立てから人身売買にも手を染める。ついには脅しや強請、詐欺も行なう犯罪集団に変貌して行った。
国外向けの人身売買、犯罪者の逃亡支援事業を始めて、ユニトータは転機を迎える。国際的にはびこるマフィア、マウントースシンジケートと関係し始め、これを後ろ盾にするようになったのだ。
暴力組織として力を持ったユニトータは、事業的に成功しているタオの組織から、その権益を奪取するため抗争を開始する。つまりタオ組織幹部や主要事務所への暴力、あるいは殺戮行為におよぶに至った。それが加速されたのは、マフィアがユニトータを牛耳りつつあるせいだ。王国内において麻薬市場や流通、さらには栽培場所までもを開拓しようとしているのに、ほぼ間違いない。
今月に入ってからは、同じルートで輸入した殺傷能力の高い魔法道具を、自分たちクラスも装備し始めている。昨日もそんな獲物を持って、タオの王都の中ではもっとも古い拠点を襲撃したが、実際には本人不在で失敗した。
おそらくは、そのためのテコ入れということなのだろう。いよいよ本部から、シルバーコマンダーのデバチーンが、特殊戦士の部隊と王都入りしたらしい。マフィアの中枢において、タオ抹殺はさほど前向きでないと聞いている。ただボスのマヒロアは是が非でも、闇社会での王国侵攻に絶対外せない、と主張し続けてきた。
ヤヤジミも昨夜の事務所襲撃に参加したが、失敗したことをモモハデ経由でかなり叱責されているのだ。だから、こんなちんけなカツアゲネタでも、ユニトータに利益をもたらす仕事ができるなら、幾ばくかの汚名返上になるだろう。うまくすればその仕事が長引いたと言い訳し、夕刻にタオの仕事場を奇襲するという、荒仕事は免除してもらえるかも知れない。
(どだい、ああいう俊敏さを要求される荒事は、苦手だからな ──)
ヤヤジミの得意とする分野は、マフィアのメンバーでいうコマンダーや、ソルジャーと呼ばれる武闘派と違うのだ。そこは上の者にはなかなか言いにくい話であり、それでは日ごろから人の倍以上飲み食いしてきた、自分の肩身は狭いかぎりである。もしも出動の指令が下ったら、組織の一員としてヤヤジミは嫌とも言えず、命がけの荒仕事にも参加せざるを得ない。
ところで先ほどヤヤジミと話していたのは、ユニトータの息がかかった曖昧宿を経営する男であった。
訳ありのカップルや村を捨てた農奴の娘、不貞や変態行為が目的の貴族や官吏、富豪らしき者が部屋を借りに来たら報せてくる。真王の御代に変わって以来、教会による風紀の取り締まりが、以前より厳しくなったのは間違いない。結果、その道の好き者が羽を伸ばせる機会は減ってしまった。そんなふうに、陰でこそこそと嘆く向きは多い。
宿の主人が知らせてくるのは、そういった者たちを強請るのに必要な、いわばカツアゲ行為のネタである。法を犯すとか、その肩書きにそぐわない好事に走る者たちを、脅して食い物にするためだ。
今日も朝早くから、素性の怪しいカップルが来店したとの報告をもってきた。男女とも美男美女ながら金に糸目をつけないで、なぜか広い部屋を希望したという。
若さを持て余した金持ちのボンボンが、好き物の女奴隷のキレイどころにでもたぶらかされているらしい。地元から王都へ出て来た宿泊場所では、一緒に来た家人の目がうるさいようだ。そこで仕事とでも称して二人で別行動を取り、朝からお楽しみじゃないかという連絡がもたらされていた。部屋を貸してくれと金貨二枚も放り出したそうで、女も男を世間知らずだと言ったらしい。
そんなバカたちを恐喝、金を巻き上げ、女は奴隷におとしめて売り飛ばして、地位のあるものは脅し続ける。うまくいけば、麻薬事業など違法行為に加担させることも容易い。そういった道を付けるのが、モモハデたちの主な仕事であった。
そのため、房事真っ最中の宿に乗り込んで対象の違法現場を暴き、ついでに女は陵辱するのだ。女は違法行為をネタに、奴隷市場へ売り飛ばすケースもある。そこまでしなくとも、それを素に脅迫し続けてもいい。すると芋づる式に連れ合いも、見えない鎖でつなぎ止めておける、というわけだ。
(この仕事はけっこうな確率でいい女が回ってくる。まあモモハデさまの慰んだ後でぐったりとか、泣き疲れた者ばかりだが。それでもそれ以降定期的に関係を迫る役目もいただいてるし、なかなか女好きの俺様に向いた、旨味の多い仕事だぜ)
主人から今日の女が、赤毛ながらとびきりの美人だと聞いている。その情報に、ヤヤジミは舌なめずりしつつ、醜悪な顔をにやけさせるのだった。




