第〇〇四四話 美しい魔族は尽くすタイプ
ラーゴは、出血した感覚のある口の中で、9037が微妙に動くのを感じていた。死にかけて痙攣する動きとも思えるが、あまりに重さのないものだからわからない。
そこは千里眼の出番、というのを思い出す。自分の口を見たいと念ずると、口を半開きにしたしまりのない自分の顔が映り、そして口の中に近づいた。蚊は、先ほど開けた穴に針を差し込んで吸っているように見える。今までへたり込んでしまっていた蚊が、見事に六本の足で立ったのは分かった。
(─ 大丈夫、血を吸っているようだ。よかったぁ)
しばらくすると、自らの羽の力で、口から飛びだしてくる9037。
「凄い! 主様、すごいわ!」
叫びまくっている。何がすごいのかわからないが、檻の外へ出たいらしい。もう大丈夫なのかと疑いつつ、部屋中に範囲を広げ床や壁、家具と接触しないよう、コーティングする程度まで結界を張り巡らせる。
いままでなら結界の張り直しには別にもう一つ作って、今までの結界を消すところだ。しかしそれでは、忌避の影響を取り込んでしまうため、今まで張っていた結界を、拡げてみた。そのままの形で大きく膨らませて行くと、やがて檻や壁にぶつかる。さらにそれを拡張しようとすると、結界の力でそれらを破壊しそうだ。
壊れては困るので、何か方法はないかと、9037にコピーしたとき見つけた自分の生体呪文を読めば解った。その通りに結界を膨張し終わると、同時にラーゴは首輪を元にもどす。
どうも、拡張させた結界中では、空気が通常よりも薄くなってしまったらしく、羽を今まで以上に羽ばたかせる9037。
格子の間から、檻の外に出て床まで降りて行き、そこでやや弱い光を放ち始めた。何が光っているのだろうと思い、床のほうが見えるよう視点を変えると、そこには ── 人間の姿。
「だれ?」
素っ頓狂な声を出してしまったと、ラーゴは後悔する。しかも人間に向かい、不用意に言葉を発していた。
そう、9037が降りて行った床にいるのは、プレーボーイバーやカジノに働いてそうなバニーのお姉さん。真っ赤なボディコンのレオタード姿で、二十歳 ── この世界では十五歳 ── にも見えない、まさに深紅の赤毛の美女が横たわっている。
マーガレッタの美しさもなかなかだが、決してひけをとらない。戦士の彼女よりかなり華奢ながらスタイルがよく、薄手で赤いレオタードは、その妖艶なまでの、魅力的な凸凹を絶妙に表現していた。
「え?」 起きあがろうとした彼女から、発せられた短い声には聞き覚えがある。そう、今までしゃべっていたウイプリー ── 「あたいだよ。もう、すごい魔力をもらっちゃったら、カマールのままじゃ、飛んでいっちゃいそう。だ・か・らっ。変身しちゃった。これがあたいの、人間に転身した姿だよ」
そう言いながら、すっと立ち上がった9037。しっぽと耳を付けたら、かなりカジノでチップが稼げる自信があった。
(─ げげっ、こいつ本当に魔族なんだ)
嘘だと思ってはなかったが、急展開についていけないラーゴは、頭に浮かんでいる言葉を口走ってしまう。
「とっても ── きれいなんですね」
「エーッ! そうでしょう! そうなのよぉ。あたいってきれいなの。 ── でもね、ウイプリーはみんな、あたいくらい綺麗な子ばっかだけどね」
『あたいくらい』と簡単に言うが、若さ頼りでかわいく見える女の子、といったレベルではない。彼女と同等レベルが並ぶというなら、話半分でもそれはミスコンではないかと思う。
「す、すごいですね。そんなきれいな子ばっかりいたら ──」
「エエー、好きなの? あたいならね、うん。スキでもいいわよ。さっきあたいが消えかけたとき、本当に必死で助けてくれたの、すごく感謝しています」 急にしおらしい態度の9037。おとなしくなると、この手の美人はさらに魅力が増すという ── また『ツンデレ』なる謎ワード付きの ── 事実を目の当たりにする。「これから、あたいが滅ぶまで、主様には誠心誠意、消滅もいとわずお仕えすることをお誓いいたします」
(─ いや、それは大げさな、でもないか。一応、『いのち』拾いしたんだもんね。だから『封滅を懸けて、ヒトの血を吸えば』とか言ってたんだ)
なんとなくニュアンスが違うのは、そういう意味だったようだ。
「いや、そんなのいいけどね、よかったよ、きみが無事で」
「いいえ! よくありません! あたいはね、主様、実際嫌だったのよ! 呪いで縛られた、絶対服従なんて! でも、主様みたいに優しくて、隷べ思いの方になら、あたいはすべてを投げ出しても、尽くします! ── 言ったでしょう。あたいはさあ、尽くすタイプなんだって」
呪いで縛るとはさすが魔族というべきか。あるいは魔族だからこそ単なる命令ではおとなしく従わず、呪いでもかけないと服従させられないのかも知れない。
「う、うん、聞いてたよ。わかったから、急に元気になって興奮しないで。たまには中庭も見回りの衛士とか来るから、ね」
ハッと周りをうかがいながら、突然屈み込み、檻の中のラーゴに耳打ちするように、小声で囁き始める。
「ごめんなさぁい。あたいったら、興奮するとすぐこうなっちゃって。エヘ」
げんこつで、自分の頭をコツンと叩く、ヒト型の9037。秀抜の美人が見せる、そんな仕草はかわいいし、胸の谷間も覗けて嬉しいので、許すことにした。全体に細いので、衣装のわりに巨乳とはいわないまでも、ゆうにCカップはあるだろう。
「いやいいけどね。でさぁ、もう一度初めから話したいんだけど、ええと、まずウイプリーは、魔族の名前?」
「え ── ? そこからぁ?」




