第〇〇三八話 発覚した新事実の整理
ガニメデの神泉の坑道で、多くの真実にたどりついたラーゴは、無事出かけたルートを通って飼育小屋に戻っている。しかしながら、いまだいささか混乱状態にあった。そもそも、ラーゴがしていた思い違いがこの混乱の原因だ。頭を整理しておく必要がある。
大前提として、自分が魔族だというのには、疑う余地がない。なんと言っても情報源はユスカリオであり、自分が卵のときからキープしてきたのだ。なによりトカゲに見えるのに、知性があって魔法使い同様、結界も張れたりするのだから。
ただし、それと同時に千里眼という、規格外の生来固有能力を持っている。これを、魔族の能力と思ったこともあったが、必ずしも魔族だから備えた能力でもない。
だが完全に捨てきれないのは、このほどの能力が人間、ましてやトカゲには持てないという線だ。たとえば特定の魔族だからこそ、生来固有能力として身についていた可能性もある。要するに、いまだその関係がはっきりしたわけではなかった。
それは別として、まだ明確には思い出せないが、たしかにラーゴは別の世界から持ち込んだ、相続者の知識や経験らしきものを引き継ぐ。これは既成知識がある他者との一致も見られ、ここと違う世界の記憶を持つ存在も確認されている。まず間違いないはずだ。そのため、この世界で特別と高く評価される、魔法の呪文暗号というものが理解できた。
(─ それは宗教的な理由から、魔法の濫用が戒められ、ある意味魔法使いの特権階級で、知識が秘匿されてきたせいかも、だね)
そんな話を、魔術師ゲーベがしていたのではなかったか。
だから通常は読むことができない、隠蔽された呪文暗号が千里眼の能力で読めたという、幸運にも大きく助けられたと感じられる。ここで、勝手に出てくる記憶や知識と呪文暗号の能力に、直接魔族が関わっているのではないかとする誤解があった。そこはラーゴの勘違いを認めなければならないし、断言してよいだろう。
ただし、結界あるいは首輪が阻害したのだろうか、ペスペクティーバには看破されなかったが、ラーゴは体内に脈を持つと指摘された。これは首輪がはずされると、熱くなった血のたぎりを指すに違いない。この事実は間違い無く、ここが聖域であって、ラーゴに流れる血が魔族由来のそれであるから起こるものだ。
ペスペクティーバはラーゴの体内に脈があると断言したが、十里眼ではラーゴの張った結界内部は、見通せないと漏らした。なにより魔族の備える魔力と、体内脈は、区別が付かないようなことも言っていたはずだ。言うまでもなく、ラーゴは間違ってもヒト種の王族に見えない冷血獣である。
確認はとれなかったものの、自分が魔族でなければ、血が聖泉などと干渉する反応や、結界が張れる説明はつかない、と考えられた。
高望みしすぎかも知れないが、その美味しい魔族の中でも、王位に近い存在ではないだろうか。あるいは、弱者の特権で種を保存する必要性から、こんな便利なバリア能力が付与されている、という自然の摂理なのかも知れない。
(─ こういう能力も備え、捕獲が難しいので希少価値があって、料理するのに、力を奪う首輪が必要だった? そう考えると理屈は通るけど、ルシーがこれをつけたのが、自分を守ろうとしたためと考えるのは、期待しすぎかな? ── いずれにしろ、魔族の王位、つまり魔王の近親なんていまいちだけど、その中でも捕食対象の劣等種では本当に嬉しくないけどね)
いや、たとえ優等種であっても、聖剣を持った勇者に、退治される運命なら同じことだ。討ち取られた後、美味しく食べられるかどうか、 ── まあ違うといってもその程度だろう。
まだラーゴとしては、本当に体内脈を自分が持つのかどうかについて、疑問符の付くところも多々ある。
だが体内脈なる器官(?)を使った転移や、脈のつながった空間と、もののやりとりができるというのが判ったのは有り難い。少なくとも自分の体内の魔脈は、ただの人間が備える魔力と同列でないと、考えておくのが順当だろう。まあ、自分にとってはどちらにせよ、その転移能力が使えるなら似たような話である。
しかも、ついでにお小遣いもふんだんにもらった。使っていいのか気兼ねするとはいえ、ここにいては利用する機会もないので、いざとなったら考えよう。
そこで応用編だ。今、自分は籠の鳥というか、檻中のトカゲである。ただ、裏に捨てられたに等しいオートマトンがあり、これを動かすことで、ちょろちょろと外出するのも可能になった。見つからなければ、脈をつたって王城中どこでも出没できる。
といっても、どこかに出掛けたりだれかに事情を話したりして、助けを求めることができるだろうか? 答えは否だ。残念ながら相手がいない。自分がただのトカゲではなく知性体であり、しゃべれるということを知っているのはだれか?
それはわずか、先ほど別れたばかりの、聖霊や魔法使いペスペクティーバのみに過ぎない。少なくとも聖霊には会いに行ったり、お話ししたりは可能だろう。ペスペクティーバを呼び出してほしいと頼めば、問題なく来てくれそうな気がする。
またユスカリオについて言うと、能力や知性は知らないものの、ラーゴに魔族の血が流れる事実はバレているのだ。
とはいえ彼へのアプローチは、当面ペンディングとしておきたい。魔族としての能力を持つ証拠が、いろいろ揃った今はとくに要思案事項だ。さらに相続者の智慧があるとか、千里眼だとかを知らせることで、守ってやる気がなくなってもらっても困る。
他は普通の冷血獣だと思っているものばかりだ。とくにマーガレッタやゴードフロイに知られると、刀の錆になるまで、さほど時間がかからないというのは想像に難くない。ゴードフロイの聖剣は、結界を擁しても、根性でそれを突き破ってきそうである。その後はトカゲソテーとか、姿煮一直線かも知れないと思えた。
そもそもラーゴの出自について言えば、魔族であっても、魔王の一派と決まったわけではない。と言うより、それはあり得ないだろう。なぜなら、ラーゴはそこでの食材だったのだし、なにより魔王が死んだ後に孵っているからだ。
仮に卵のラーゴを、配下として召喚したのが魔王だったとしよう。もしそれが本当なら、魔王の消滅とともに他の魔族と同様、卵から孵化することなく滅びていなければならない。
(─ そうだ。影鍬の長も、自信をもってユスカリオが話していたのと、同じ名前の大森林とかいうところから、自分の卵は獲って来たとか言ったよな)
積極的に肯定したくはないが、下馬評では食材として美味しい魔族なのだ。それは卵の状態で、混乱寸前の魔王城に届けられた ── 結果が今というのは間違いないだろう。
いや、あの魔王の驚き方を見るかぎり、本当は卵料理が食べたかったのに、もう孵化寸前だったとか。あるいは、なにか食べ物以外の用途として狩られた卵に、別のものが入っていたという段取りのほうがしっくりきそうだ。
そのあたりの詳しいところを、ユスカリオや、無事も定かでないという魔法使いルシーなら、解ることがあるかも知れない。
しかしそれがわかったとしてもラーゴの能力や、相続者の知識が増減するわけではないだろう。もし自分がしゃべれる事実を、ユスカリオが知ってしまったら聞いてみよう、とラーゴは方針を整える。母親の情報という話はあるとはいえ、今は自分の身の安全が第一だ。死んでしまっては、まだ見ぬ母も悲しむだろう。自分がミツバチなら、飛んで探しに行くかも知れないが。
今日の出来事で、どちらでもいいため記憶の端に追いやってしまっていたのが、カマール ── 蚊である。ラーゴが魔族だからか、あるいはそんな種類の動物種なのかはわからない。だが、やけに忠誠心のありそうな蚊のグループに、ラーゴはなつかれた。いや、今の状態から助けたがる様子というべきだろう。
何不自由なく暮らしているのに、大きなお世話である。やはり、このことは忘れておこう。食材としての自分の価値を考察するより、現状意味がないと思われた。
あとは、お世話になっているこの国の問題だ。食糧難、それにつけ込む隣国辺境伯の干渉、これにはミリンの継承問題が深く関与する。そしてミリンの進退には、将来のラーゴの生活がかかっていた。
他にも、巨人族との関係が険悪な方向に向かいつつあるという話に、なんらか悪意が働いているようで、きな臭い。家畜の飼育についてうまく運用されてきた、巨人族の協力は今後も必要なのにもかかわらずだ。
さらに辺境には、十数年前王国のたいへんだった時期に分離した、小国の領主を名乗る貴族がいるらしい。それが力を付け、この国の王位簒奪すら狙っているという情報もあったが、ここはすぐさまの危機ではないだろう。
食糧難に匹敵する喫緊の課題は、町における治安の悪化や無法者の流入、食糧難の到来に対し、闇の組織の横行が見え隠れすることである。
これに賭博や麻薬売買、その他犯罪行為などの闇が忍び寄り、王都の市民生活はけっこうな危機に瀕していると言ってよい。当面は食糧難と闇の組織の暗躍、どちらも解決して行かなければ王国に未来はないと思われた。他にも魔王問題が片付いた王国を密かに蝕もうとする勢力や、過去の荒れた時代の因縁で王家を恨み、狙う者がいるという話も予断を許さない。
しかしそんな話は、壮大にすぎた。いかに魔法使いや、聖霊にコネクションがついたと言っても、しょせんは檻の中の美味しいトカゲである。究極考えつくもっとも役立てそうな一手とは、なにか。それはここまでかわいがって貰える飼い主が、餓死の危機に瀕したとき、この身を非常食に捧げる程度かも知れない。
それはさておき、ラーゴの飼い主である殿下、いや王家にとって当面の緊急課題は、アレサンドロの容体の改善と考える。ミリンには告げたくない話とはいえ、この対処にはお手上げ状態だ。
ラーゴは直接ミリンに相談される対象でなくて、本当に助かったと胸をなで下ろす。ペスペクティーバの長年にわたる研究によると、人間の生命活動は心に書かれた魔法の呪文が、生気をエネルギーに動かしているようだ。また精神の生体呪文を、経験や訓練などに基づいて変更、追記していくのは、人間にもわずかにある魔力だという。
ただしこの追記システムですら、人間の心に生まれつき刻まれた、生体呪文 ── つまりは呪文暗号で動かしているらしい。
そのあたりオートマトンにない機能なので、追加は外部から魔法使いなどがやっていくのだろう。逆に言うと、追記システムの呪文暗号が分かれば、オートマトンに組み込んでやることで、自己学習能力をつけてやれるのかも知れない。
とはいえ、自律神経が行なうほど複雑な処理が、呪文暗号一本で組まれているはずはなかった。そこは先に、関数や副手続きといったライブラリを、すべてインストールする必要があると思われる。
(─ どうも、相続者知識というものが、遠慮せず出てくるようになったみたいだ)
これまで、魔族の力の一端とも思えて、知識を引き出すのも怯えながらであった。だが不思議な記憶も、出処が明らかになれば怖くない。というか、もっとでてこい過去の智恵、と叫びたいくらいだ。
(─ そうだ、呪文暗号を作る動作はプログラミングと言われていたな。そんな仕事があった ── いや、やってきたような気がする)
都合がいい記憶というか、だから知っていたのかは分からないものの、生前本職だった知識を備えるなら、スラスラできても問題はない。ではラーゴは、魔法使いの知識を引き継ぐ者なのだろうか? または、その知識を身につけた世界に魔法ってあったのか。 ── などとラーゴは思いを巡らせる。
だが今、アレサンドロを助ける、あるいは諸問題を解決するためには、なにか手がかりが必要だ。身の回りなど知っているところだけでも、千里眼を使って見回ってみようと思い立つのだった。




