第〇〇三七話 アネクドート・南の兵士
グズグズと食堂で話し込んでいるのは、夜間の見回り時間が終わった兵士たち。彼らはゴードフロイと一緒に、南下ハルン地方の諸国から集められて来た命知らずだ。
真夜中の王城、形だけの夜回りの最中に最初に口火を切ったのは、部隊でもっとも若いドルガンだった。
「セントジョーゼフ・クペルチノさまは、まだ魔王島の見張りを続けているんだな」
「ミラリキアさまも、あの無鉄砲な剣士に頼まれ、魔王城まで送り込んでしまった件の謝意を述べたら、飛んで戻られたようだぞ。ああ、かぁちゃんところへ帰れるのは、聖人様がこちらへ来られてからか」
それを聞いて、地獄耳の兵士、マクロスが仕入れたばかりの最新情報を披露する。
「いや、まもなくゴードフロイさまが、こちらにいる全軍を上げ、確認も終わったら、そのまま帰国ということになるらしい」
ドルガンらは最初の戦闘において、陽動部隊に志願し、魔王城まで出向いた、個の戦闘力に秀でるツワモノたちだ。今は当時の王都防衛軍と交代して王城に戻り、王都の守りにつきながら英気を養っている。
死者十名、最低限の被害で戦闘は終了したと思われたが、予想外にあっけない結末を魔族の偽装と疑う者は少なくない。彼らも海岸に集結して、魔王城へ上陸する部隊を演じる陽動任務にあたった。城からの兵力を引きつける役目についた彼らは、運悪く離反して王都から戻ってきた、強大な悪魔率いる小隊と遭遇戦となる。
それも激戦の最中に敵がこつ然と消滅。自軍の被害は、驚くほど小さかった。もちろんそれは、ゴードフロイたちが魔王城の中で大健闘し、みごと跡継ぎを征伐した成果に他ならない。残る魔族すべてと、魔王ガレノスも事実上二人で残さず刈り取ったのだ。
にもかかわらず、取り越し苦労にも見える心配の下、聖人が部隊の主力とともに魔王島のある対岸に駐留。現在も経過観察を続けていた。
万が一、魔王軍が再度息を吹き返したときの保険であるとは言うものの、今なお部隊主力千二百が魔王島対応に当たる。つまりはそれだけ、復活のリスクは高いと見込まれているのだ。王都防衛にあたった部隊のうち、無傷の者たちを送り、いったん初期の陽動部隊はすべて交代させた。
それにしても兵站を行なう後方支援部隊は、ほとんど全員ずっとあちらにいる。
一方こちらに戻っているのは、総勢八百の大食らいたち。負傷兵を含めたおよそ二百が、王城内にある非常時に国民から募る徴用兵の宿舎に寝泊まりする。その他六百の部隊は、王都内の空き地などに、急遽設けられた幕舎で所帯していた。日々これを養う王国の兵站も、並大抵ではないだろう。
とくに王城内にいる者に限られるが、王都にある間は豊富な材料とユスカリオたちの作ってくれた、多様な料理を食べることはできる。しかるにあちらでは、保存肉などの焼いたものに、塩をかけたくらいの食い物しか出てこない。しかも今は冬、シチューや鍋料理、グラタン、油で揚げたフライ・てんぷら、汁麺などという多彩な料理を作ってもらえる。そんなユスカリオの采配はありがたい限りであった。
駐留軍は今もテントで寒さに耐えているだろう。万が一復活の兆しが見えたら最後、強大な力の魔族を相手取り、命懸けで戦わなければならない。もちろん、彼らの仕事は闘ってそれらを打ち破るのではなく、生き延びてその状況を報告することに、主体が置かれているのだが。
まもなく、設定された観察期間が終わる。ゴードフロイが、全軍を伴って魔王島対岸に駐留した部隊と合流するため、出陣することは決まったそうだ。急いで片道五日余、対ガレノス衛護魔族陽動部隊の魔王城往復は一刻を争い、山脈沿いにほぼ休みなく駆けていく、厳しい道のりだった。兵士たちは詳しくないが、王国の近衛隊によると王都のかなり西に流れる大河を使って、船で行く方法もとれるらしい。
しかし、王家は御用達船を二隻保有するものの、詰め込んでも八百の軍勢が、乗り込めるだけの大きさではないようだ。
それでも貴族も載せて遊覧を楽しむこともあって、上流階級の貴族が複数乗り込んでなお、一隻に百ほどの定員は確保できるという。
もちろん、遊興のためだけに作られたわけではない。実は砲門や、火矢が放てる艦隊戦用ボウガンも備えた、いざというとき軍用に流用できるものだそうだ。半日ほどかければ軍勢を運ぶよう改装するのも可能と聞いた。
そうは言っても協力軍とはいえ他国の軍。王国には貸し出す必要性もメリットもないはずだ。他国の兵隊に使わせて、自国の軍備情報を漏洩したりはしないだろう。
どだい一部だけがそれに乗った場合、残りの者の移動方法が悩ましい。詰め込んで四百近く乗れたとしても二往復以上が必要であるが、船が大河を上るのは並大抵ではないのだ。ということは、自分たちも再び八百の軍に混ざって、徒歩で六日以上かかる山脈沿いの強行軍を行かなければならない。
(そういえば、それぞれが祖国から乗ってきた船も、魔王城のあるナンバア湾沖合に停泊させているんだったな)
何事もなければ、ゴードフロイ率いるすべての教会軍は、それらに乗艦してほどなく北ハルンの地を後にするだろう。暖かい南下ハルンに栄える、それぞれの国や領地に戻れるのだ。
(せめてユスカリオが、一緒に来てくれればいいのになあ ──)
教会軍の兵士たちの思いは、共通するものが見えるようだった。




