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ゆるキモトカゲは分相応な夢を見る~ファンタジーな異世界は思い込みと勘違いでできたミステリー~ 1  作者: 哀岬 ふうか(Hoooka Aisaki)
第三章 出会い篇 弐日目の夜間作業 前編
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第〇〇三三話 未知の医学で診る殉国剣士の病状

 挿絵(By みてみん)

(─ たぶんここから出てきたんだろうな ──)

 聖水(ホリアクア)の横にはガニメデの女神らしき、肉付きのよい熟女をかたどったレリーフが見える。


 部屋の中心より、レリーフにやや近い場所に鎮座する、祭壇にも思えた台は石造りのようだ。

 二メートル四方はある正方形の台に、二十歳を過ぎた男性 ── この国の年齢勘定では三割ほど若いと思う ── が寝かされる。それはオートマトンを、始めてみたときの様子に似ていた。今起きだしてもよいほどの顔色とはいえ、たしかに生気は見て取れない。これではアレサンドロとオートマトンが、同じ症状と見られても仕方ないだろう。


 きれいな人形のように作られたオートマトンの体と違い、鍛え上げられた筋肉は、彼が一流の戦士である事実を物語る、立派な肉体(からだ)だ。とはいえオートマトンがその気になれば、筋力でも持久力でも生身のアレサンドロに、後れを取ることはないのかも知れないが。

(─ 出力レベルは『二』でいい勝負かもね。もしかすると『二・五』とかも代入できるのかな?)

 しばらくそんな観察を続けるうち、霊廟の中にも音を響かせ、ペスペクティーバと何体かの聖霊が上がってきた。かわいそうに、息が切れている。


「お、遅くなりました。ラーゴさま。ハァハァ ──」

「いいえ。ボクこそなんの断りもなしに、転移してきまして ──」 かなりの距離の階段を、自力で駆け上がって来なければならなかったのだろう。申し訳ない。「 ── 今、アレサンドロさまの、様子を見始めたところです」

「では、診断の方法をご説明します」

 短時間で息を整えたペスペクティーバの説明は、きわめて医学的なものであった。

 いつもの話ながら、なぜかラーゴはそれらの知識を持っている。だが知らない知識もあるかも知れないので、知ったかぶりせず聞いておくことにした。

 胴体に臓器が納められており、おのおのがどういう役割だろうという程度の話。血管があるとか、その中を血液が心臓の力により、肺や他の臓器で必要な成分をもらい体中に届けて行く、などの仕組みを解説された。さらには、それぞれの働きが悪くなると様々な不具合を引き起こし、病気になるといった詳細もわかりやすく説明してくれる。

 もっともラーゴにとっては、ほぼ常識的に知っていたと思う内容ばかりだ。


 ペスペクティーバからみるとラーゴは、彼の教えをみるみる吸収して行くかのように見えるらしい。こういう場合、自分の既知とする部分を端折(はしょ)る行為は、悪手であることをラーゴはなぜか心得ていた。

 悪手とは『あぁ、それは解ってますから』などと、教え手の話の腰を折る『知ったか』である。教える側にも段取りというものがあるのだ。場合によっては、その省略のために自分の知らない重要な情報伝達も、すっ飛ばされてしまうかも知れない。

 そんな配慮を持って、レクチャーを受けていくとスジがいいとか言いながら、どんどん話は進んで行く。そしてだいたい身体(からだ)全体について、その構造の話が終了したと思われた。

「ということなら診断は、各臓器や、血管などの部品に異常がないか、などを見て行けばいいのですね」

「はい。あなたさまはずば抜けた知力をお持ちです。身共の人生の中で、一人を除いて、これほど理解の速い方は初めてでした。しかし、ここからが生命の神秘であり、まだいろいろと解明されていない部分があるところで ──」

(─ 自分は、既存の知識を持ってるから速いので、理解力じゃないと思うなぁ)


 まさにペスペクティーバの言葉通り、そこからはラーゴの知らない世界の話のようだ。

 彼の説明は、人間の心で常に行なう動作や、無意識のうちに働く臓器ですら、すべてそこに刻まれた生体呪文(プロシージャ)によって動かされる。 ── といった(ことわり)から始まった。それは、ラーゴがオートマトンの中に見たシステムにも酷似する。さらにこの生体呪文(プロシージャ)を追加や改善しているのは、少ないながらも人間が持つ魔力であるそうだ。


 そしてそもそも、魔力を溜めたり、刻まれた生体呪文(プロシージャ)を順次動かしたりする、ドライビングフォースは生気に支えられたもの。そのあたりまでは、朧気(おぼろげ)にわかった。

「それは、どのように診断するのでしょうか?」

 自分の知らない世界のことは、慎重にならざるを得ない。

「臓器の場合と同じと言いましょうか。むしろ臓器より解りやすいのは、魔力や生気の残量や、生体呪文(プロシージャ)がおかしくなっていないかなどで。健康な人との違いを透視できれば、健常者と比べ、なにが減って、不調なのかがわかると言い伝えられています」

「もしかすると、普通には ── 十里眼(ボヤンス)でそれを診ることはできないのですか?」

「はい、お恥ずかしながら。お言葉の通り身共だけの力であれば、人の『心』の中にある記憶や呪文の内容などまで覗くことはかないません。それは十里眼(ボヤンス)の領域ではない、と考えてまいりました。魔力や生気が少ないという程度なら、回ってくる器官の状態を透視すれば少し解るのです。しかし直接の看破には大量の脈のエネルギーを必要とし、対人間比魔力保持容積(キャパシティ)にいたっては測ることすら不可能なので」

 どうやらペスペクティーバは、聖霊の協力によって脈の力を取り込んでもらおうと試みた。自分の持ち合わせる魔力エネルギーだけでは、難しい秘術展開のためのようだ。その際、たまたま聖霊たちがラーゴを見つけたらしい。ラーゴの入湯と術の準備が重なった、まったくの偶然だったようである。

 ラーゴが透視するべきものは決まった。アレサンドロの魔力保持量(キャピタル)、生気エネルギーの残量を直接見る。そして、生体の呪文の中身だ。


(─ えっ!)

 なかった。

 数値で表すと魔力保持量(キャピタル)はゼロ、生気もゼロ。そのうえ、生体の呪文はオートマトンのそれを始めてみたときよりも悲惨だ。なにも書かれていない、というのが正しい表現である。

(─ もしかすると、人間の生体呪文(プロシージャ)っていうのは、オートマトンとまったく別ものなのか?)

 オートマトンの場合、すべての呪文暗号(スクリプト)は一カ所に書かれているが、人間は違うのだろうか。 ── とペスペクティーバの言うところの、『心』という場所を探しまくるものの、どうもそれらしき場所に存在するべきものがない。

 慌ててラーゴはここへ飛ぶ直前に行なったのと同様、地上に千里眼(プレビジオニス)を飛ばす。そして中庭入り口でだれも侵入しないよう、見張り番に立つ衛士の体内をサーチすると ── あった。こちらは思った通りの場所、しかも『心』とペスペクティーバが呼び、そこに書かれているだろうとされた様式。それは、オートマトンとほぼ同じものだ。

 ついで彼の魔力保持限界(キャパ)は ── といっても自分との対比では計れない。あわてて目の前のペスペクティーバ基準に、計った呪文暗号(スクリプト)を組むと、〇・〇四。つまりペスペクティーバが言った通り、二十五分の一であった。これが共通して一般的な、人間の対人間比魔力保持容積(キャパシティ)なのだろう。


 比較すれば一目瞭然で、あるべきものが消えてしまったと判るアレサンドロ。これで仮死状態にとどめているのは、龍脈(デウサダー)の直上 ── この場にいるからのようだ。


(─ たしか、オートマトンを飼育小屋裏に置きに来た衛士たちが、『聖泉(ホリフォンズ)の近くで死体は腐らない』とか言ってたな)

 それがどういう恩恵によるのか、ラーゴには知るよしもない。だが聖職者たちも、その対症療法だけは解っていたようだ。ただこの状態を元に戻す、効果的な手がなかったのだろう。

 さらに調べると、記憶領域にあるはずの情報もまるで空白だ。本人の名前すら記録されていない、それどころか心臓を動かす生体呪文(プロシージャ)さえ消えたこの病状は、さしずめ作ったばかりのオートマトン。 ── つまり人間としての動作ができる人形、というかロボット ── にまだ、ソフトウェアが組み入れられる前の状態にすぎない。



「ペスペクティーバさん ──」 ラーゴは、文句も言わず待っていてくれた魔法使いと聖霊に向かい、包み隠さず病状を伝えてから結論に至る。「多分、もしも魔力や生気が回復し、たとえ心臓が動き出しても、記憶も戻ることはないでしょう。残念ですが、死んでしまわれたのと同じではないでしょうか」

 植物人間 ── という言葉が浮かんだものの、彼らに通じるとは思えなかったのでこう表現した。ペスペクティーバたちは沈黙し、それ以上なにもラーゴに言おうとはしない。アレサンドロは真実、手の尽くしようがないのだ。

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