第〇〇三四話 オフィサー(顧問職)叙位
今度は、ラーゴもいっしょに沈黙のまま、歩いて地下坑道に戻り、そこで聖霊の代表らしき者に対して、ペスペクティーバが説明をする。ラーゴはたいそう肩身が狭かったものの、聖霊の長らしき者がペスペクティーバとともに近寄り、話しかけてきた。
「ラーゴどの。それに相応しい資格を持たれ、初めてここ、坑道へお越しになった貴殿にたいへんな無理を依頼した。結末は残酷なものではあったが、すべては解明されたようだ。これらについて、坑道に生きる魂魄を代表し、聖霊主を預かるチーフゴースト、心より感謝の意を伝える。そして、そのうえで計り知れぬ力と智恵に包まれた、貴殿にお願いしたい。我らは聖泉を治める、ヒト種王盟と盟約によって、脈の恩恵に与ってきた。今後この坑道に棲む聖霊は、貴殿にオフィサーの称を与え、アレサンドロの復活についての助力を得たいと欲する」
文脈から王盟というのが真王陛下、または王室を指すのは間違いないだろう。
「いえ、たしかに千里眼が凄い生来固有能力というのは、自分でもビックリしてます。でもボク自身は、そんな大それた者でないんですけど」
隣から口をはさむペスペクティーバから、オフィサーというのは彼らにとって名誉顧問のような肩書きである、と説明された。それほどなにか重い責任があるものではないから、お受けしてやったらと薦めてくる魔法使い。
しかしどう考えても魔族のラーゴが、聖霊とそういう関係になるのはどうかと思う。なおも固辞していると、さらにチーフゴーストたちは悲痛な声を上げてきた。
「諷喩でも、黙示でも構わない。王盟は魔法使いに頼る禁忌を犯しても、アレサンドロの生命さえ助かればと。いや魂の如何を問わずとさえ申されておる。あるいは信仰に背くことになろうとも、わが子となしたアレサンドロを救いたいという、王盟の願いを何とぞ聞き届けてほしい。此の通り、この通りなのじゃ」
聖霊の長、チーフゴーストがひれ伏すと、坑道にいるすべての聖霊が、同様にラーゴに向かって平身低頭に拝跪する。遅れてペスペクティーバもひざを突いて最敬礼した。
「ちょ、ちょっと待って。それに、顔を上げてください。ボクなんか、ここに偶然迷い込んで少しお手伝いしただけです。たまたまボクの眼がお役に立つ能力を持ってたからって、そんなバカ丁寧な ── 。逆にそれを教えてもらって、助かったのはボクのほうですから ──」
体格比から抱き起こすわけにいかず、ひれ伏すチーフゴーストの顔にスリスリしながらそう言うと、チーフゴーストは顔を上げてくれる。
わらにもすがりたい気持ちは分かるが、彼らのぶら下がろうとする対象は、人間の忌み嫌う魔族。さらにはその内でも、先ほどまで美味しいだけしか取り柄がない、と自覚していた珍獣トカゲだ。普段は四六時中檻の中で、出会える相手も限られており、期待されても何ほどのことができるとも思えない。
「聖霊には、十里眼と違う、生き物の智恵をはかる能に長けた者がおる。他にも、鉱物、とくに金属の智恵や、石の智恵、さまざまな植物の智恵を推し量る者、脈の調整を司る者もいるが。 ── これなるが長年、生き物の智恵をはかり、その片鱗を蓄えてきた聖霊、オンゴーストという」
固辞することを止めて抱き起こし、顔にスリスリしたなど、いずれかの行動が許諾の意思表示ととられたのだろうか。チーフゴーストの声にルンルン感が漂い始め、そんなご機嫌状態で紹介を続ける彼の横に、ひとりの聖霊が歩み出る。
「はじめましてラーゴどの、我はオンゴースト、ヒトの智恵をはかり、引き出す者じゃ」 見かけはチーフゴーストたちと変わらないが、女性の声だ。「ここに住む聖霊は、長いもので数万年のときを過ごす。我も一万年の時間を超えてここで暮らしてまいった。今まで貴殿のような、云われない知性を持つ獣、あるいは赤子を知っておる。その中で、我らの世界の理でない知識を生まれつき備える者と会い、そうした智恵を分けてもらってきた。我には、このような智恵を持つ者の輝きが見えるのじゃ。貴殿にもあるのではないか? 己が生を受けてからは身に覚えのない、記憶や知識が」
「は、はい。たしかにあるので、 ── 不思議だと思っていたんです」
ラーゴは驚く。今までなぜか持ちあわせる既成知識は、自分が魔族の血を受けたせいとばかり思っていた。だがどうやらそれは、生まれ出る前の知識というやつのようだ。もちろん、一部がオンゴーストの言う知識であり、残りは魔族の知恵であったりするかも知れないが。
「ふむ、そういう理を理解して、なおその知識の源が思い出せぬとは、かなり生まれ落ちた後、欠落したものがあるのじゃろう。あるいは、何かの呪いかも知れん」
「なるほど、それゆえにか」
(─ あぁ、あの首輪のときの影響?)
ペスペクティーバもなにか納得しているようだが、ラーゴとしては吸い取られるとしたら、それしかないと思える。
「何が原因かは分からんが、我の巡り遭いし智恵の持ち主は、様々な智慧を我等に授けてくれた。たとえば、ペスペクティーバが貴殿に話したであろう。あれは遥か昔、我と出会いし貴殿と同じ智慧を引き継いだ者、ゲカイノタマゴの巷説じゃ」
(─ 外科医だな、それ)
そんな誤認をチェックしつつ、オンゴーストの云う説明より、既成知識のほとんどは別の人生から引き継いだものと確信するラーゴ。『生まれ変わり』と思ったが、どうやら別人がその人生で得た知識を、もらっただけの者らしい。
「貴殿のそれは、違う理の世界、異なる神が創りたもうた世界にて、我らの認識でいう『タダの人間』の、寿命が尽きし者の智慧。貴殿らはそれをこの世界の生命に引き継ぐ相続者、と我らは見ておる。中にはそもそも知性のない獣の姿で生まれ出る者もあるが、それらはときとともに智慧も消え、知性も失っていくようじゃ。たとえば草原に住むモンスターとして生まれ落ちた者で、元ジョシコーセと自称する者。それは出会ったとき、すでにその話しぶりすら知性を欠いており、特異な智恵といえばギャルゴーという特殊なことば程度であった。貴殿はパネーとか言った言葉はご存じないだろうか」
「あ、はい。なんとなくは‥‥」
なるほど、自分のように別の世界に生きた人間の知識や経験をもらった者は、相続者というらしい。
(─ ウーン。それって獣に生まれついたために、知性がどうとかいうんじゃないんだろうなぁ、多分。 ── いや、それは失礼か)
もしそうなら、冷血獣である自分も、いずれ知性が無くなってしまう。そんな未来を描きたくない気持ちからも、積極的に肯定したくはなかった。
「さもあろう。そして、そのすべての者には共通点がある。それらの者がジーペンという場所に生きた者の智慧を、こちらの世界に引き継がれていることだ。どうだ覚えはないか? この言葉に」
「 ── じーぺん? たしかに聞き覚えがあるような ── 無さそうな。いえ、すいません。なにか、ひっかかる気がするのですが」
「やはり、そこをつないだそのものが欠落しているようじゃ。では、記憶自体も断片的であろう。貴殿の元の姿がわかって、何か今の事態を改善するきっかけになれば、と思ったが ──」 オンゴーストは、顔をチーフゴーストのほうに向けて、残念そうに首を振った。「大した役には立たなかったようじゃな」




