第〇〇二六話 オートマトン・プログラミング
(─ これは、ロボットじゃないのか?)
『ロボット』なる単語は、ラーゴにとってまたもやどこからともなく沸いてきた、謎の既成知識である。それが自律的になんらかの作業が行なえる機械など、人の手によって作られる装置全般を指すということも知っていた。
とはいえ、今ラーゴが思いついたのは、その中でも人型をとった、いわば動く人形に似たもの。どうりで男の体内は、たしかに作り物のようだ。他にも口から入ったものは、腹部の臓器にみえる袋に貯められる作りである。この袋につながった装置からは下腹部にある二つの別の袋と、胸の中の大きな入れ物にホースっぽい管がのびていた。
想像するに、捨てる水分と固形物は分けられて下腹部へ送られる。一方、肺部分には処理されたエネルギー源にあたるなにかが、溜められると思っていい。
(─ じゃ、そこに対する呪文暗号は?)
案の定『自律系』というタブページで、それらの手続き類は用意されていた。咀嚼、消化、血液化、エネルギー循環といった裏方である。そのあたり、普通の生きものとはまったく違うと感じるが、他の生き物のすべてを、わかっているわけでないから何とも言えない。
『血液化』とした詠唱は使われないのでは? と思ったが、これは他の呪文暗号から呼び出される、副手続きとして利用されるようだ。具体的には『胃袋にものが入ったら』という分岐の中に、『血液化』の起動が書かれていたりする。手続き定義 ── サブルーチンと考えてもよいだろう。
ちなみにここでいう血液というものは、肺型のエネルギータンクに蓄積される。そして空気 ── おそらく気中のなにかの成分により、常に活性化されてエネルギーが作られ、導線で全身に送られる仕組みらしい。
他にもページの最初に『rev.12』とあった。だがそれが呪文暗号のレビジョンを示すのか、これ単体が十二作目なのかは不明である。
ちなみにこのロボットもどきの、胃や肺と考えられる臓器にはなにも入っていない。エネルギー化を行なう魔力もなく、身体にひとかけらのエネルギーも循環してないようだ。これでは、外見の完璧さにまどわされて、アレサンドロとおなじような目にあった人間と、間違われてもいた仕方ないだろう。
いつものことながら何の脈絡もなく、ロボットというよりオートマトンとかホムンクルスと称するものだ、と頭に浮かんでくる。とりあえず、自分の中ではオートマトンと呼んでおこうと考えた。
まあ、こんな封建社会にあれば、このオートマトンもいつかは意識不明から戻らない躯とみなされるはず。今のままなら植物人間として、ほどなく葬られる運命であるのは間違い無さそうだ。どうせ捨てられる人形なら、ここに置かれた間だけでも活用してやろう。そうラーゴは考えた。
実は、籠の鳥 ── もとい檻の蜥蜴とも思われているが、この檻とて鍵を使わなければ開けられないものではないようだ。ラーゴのように少しばかり知性を持つ者であれば、中からでも簡単に出獄するのが可能なのである。つまり、少なくともラーゴに与えられた飼育小屋の部屋の中なら、自由に徘徊できるということに他ならない。
そうは言っても、中庭に出るには窓がある。どの部屋も代わり映えはしないものの、窓は重い鉄格子と分厚いガラスが、一体となったものだ。ユスカリオが全力でかろうじて、風通しのために二割程度開けたのを覚えている。決して、非力でミニサイズな冷血獣が、どうこうできるモノではない。
では、この人形ならどうか。一見してすらりときれいな指、ひ弱な皮膚を見る限り、ピアノでも弾かせておけば良さそうだが、筋力の程は試してみないと分からない。
問題は、エネルギー供給の手段が魔法灯火と違って、定義されていないということである。もちろん、何か源になるモノを摂取し、エネルギー化ができるのであれば、曲がりなりにも動作はしてくれそうだ。しかし、まずそのエネルギーが体内に枯渇した状態で、これは動作できるのだろうか?
ラーゴはしばし考え、やはりここは『案ずるより生むが易し』とばかりに実行に移す。
(─ さっきは消えかかった魔法灯火を、一秒間大きく灯すことができたんだ)
あのとき、内部エネルギーが使われたようには思えなかった。ゲーベの説明にあった魔法使い同様、ラーゴの魔力によって光らせた、と考えるのが順当だろう。内部エネルギーがなければ、魔法道具が一切動作しないとしたら、最初にチャージする魔法を起動することすらできないはずだ。
論理の証明が成功したと考え、試行を開始する。
簡単なところから、『立つ』を詠唱すると、いきなりオートマトンは起動した。
人間の構造に根差す力学に反した、いささか不自然な上体起こしであるが、許容範囲だろう。
次はほぼ人間的な動作で、寝かされていた台の上に立ち上がった。ただし、そこまでであり、仮死状態で突っ立つ人形という風情だ。
自然にかぶせられた布袋は、下に落ちている。背丈はマーガレッタより少し低いくらいの、無表情で精巧に人間に似せて作られた、お人形としか形容のしようがない。どうやら笑うなど表情を出すのも、またそれを他に連動させることも可能らしいが、面倒なので今はしないでおく。
次は『歩く』だが、そのためには、進む方向に視線を向けなければならない。意識をオートマトンの後ろから、小屋が見たいと念じて視点を動かす。そしてラーゴのいる、部屋の窓に向かって『歩く』だ。
台の上で立ち上がったため、歩いてくるにはこれを降りないといけない。それでも呪文暗号にある様々な状態判断で、器用に飛び降りたり、木材を避けたりと動き、上手く小屋までたどり着く。
しかしそのままでは小屋にぶつかってしまうと思い、ラーゴは『止まる』の呪文詠唱でオートマトンを停止させた。
(─ ちゃんと動くじゃないか)
これで窓を開けられれば、オートマトンのいる間、夜中ぐらいなら中庭に出放題にならないかと、ラーゴは皮算用を決め込んだ。ラーゴは檻から出て窓際に動いており、鍵とかがついていないのはすでに確認済みである。とはいえ、たとえばオートマトンに対し、『部屋の窓を開ける』くらいの呪文詠唱で利用しようとすれば、さらに工夫が必要そうだ。
さて、いよいよオートマトンに窓を開けさせる。ユスカリオの腕力の程はわからないものの、窓にはかなり重さがあるようだった。念のため、ラーゴはオートマトンの手の表面に、手袋代わりの結界を張っておく。そのうえで『つかむ』で窓の格子を掴み、『持ち上げる』を詠唱するが、びくともしない。おそらくは、力不足と見た。
(─ 力の加減はどうすればいいんだ?)
ページをめくって片っ端から、呪文暗号定義を読んで行く。もう全然呪文暗号を、解読するのに抵抗はない。この目の力もあるのだろうか、斜め読み程度で呪文暗号の動きが、どんどん頭に入ってくる、文字列検索レベルのスピードだ。
すると、『コントロール』のページに『出力レベル』という定義を発見する。これは呪文暗号定義ではなく、変数扱いになっているようだ。
ページ冒頭には、変数を設定する呪文暗号定義もある。現在の各部位における出力レベルは、おおむね『一』となっていた。この出力レベルで、歩行や起立をやったのだろう。
試しに『五』を設定し、『持ち上げる』の呪文を再度詠唱してみると、今まで動かなかった窓が、滑るかのごとく持ち上がった。見た目には勢いがつきすぎているし、『五』はやや過大に過ぎたようである。
とりあえず『三』に変えて上下してみると、無理なく、またある程度の抵抗があるようで調整も容易いと感じられた。
窓も開いたのでラーゴはオートマトンに飛び移り、まずは小屋の裏手から、ガニメデの聖泉のほうに向かって歩かせる。ガニメデの聖泉が見えるあたりまで着くと、人のけはいがないか充分注意をしてから泉の前にしゃがませた。