第〇〇二五話 X線の目を持つトカゲ
飼育小屋に戻され、自分の檻で眠るラーゴは、小屋に近づく人のけはいに気付いて聞き耳を立てた。
「ここなら、いいんじゃないか」
「おい、ここはミリアンルーン殿下の、冷血獣飼育小屋だぞ」
小屋の外から、男二人の声がする。ラーゴはどうやら、ミリンたちの会議を聞きつつ、どこかでうとうと眠ってしまったようだ。半分、寝ぼけた目をこすりながら、どこからする声かとラーゴは顔を上げる。
「でも、ここなら人目につかないし、ガニメデの泉からもそれほど離れていない。ちょうどいいと思うんだが」
「そうか? 泉の近くって、なにかあるのか?」
「泉からは、どんどん聖水が湧いて出てきてるんだぜ。 ── ガニメデの泉の近くなら、どんな死骸も腐らないって聞いたことないか?」
「 ── いや、あるが ── あれって、ただの噂じゃないのか?」
「これほど ── さっきまで生きてたみたいに、きれいな状態だからな。すっと生き返っても、おかしくなさそうに思えるぜ」
「剣士アレサンドロさまも、似たような容態だってよ。あの名剣士様が、お労しいな」
「 ── が、王族は霊廟に安置されるのに、俺たち衛士も民兵も死んだら墓地だ。そう考えるとこいつを、すぐ墓地送りにする気にならなくてな」
「そうだな、聖人様たちなら、アレサンドロさまの手当がわかれば、こいつも生き返らせてもらえるかも知れねえな」
どうもアレサンドロというのは、先ほど聞かされたミリンの兄に違いない。同じ意識不明の状態でありながら、王族は聖域の霊廟で復活の方法を探られている。一方は平民 ── あるいは奴隷かも知れないが ── である身分差だけで、墓地行きでは不憫だと思ったのだろう。上に命じられた、墓地への埋葬指示を無視して聖域から出さず、ここにしばらく隠しておこう、ということになったらしい。
さて、そうしたあたりの裏話を、今までさんざん盗み聞いてきたのだ。ここまで判れば、そこへ連れてこられたのが、どんな素性の持ち主かは、推して知るべしといったところである。
もめていた二人が、静かに動き出した。意見が一致したのに違いない。ラーゴは二人の話に興味が湧き、何をし始めるのか覗いてみたくなった。
その気になれば、小屋の外の様子も見えるとラーゴは知っている。卵の中で、あるいは眠ったふりをしながら、周囲が俯瞰できていたのと同じ勝手だ。ここから距離も離れ、何枚もある壁の向こうの部屋で行なわれていた会議の様子を見続けることに比べれば、造作もない。
昨日ユスカリオが、この部屋の屑籠の中へ捨てて行った紙片に書かれた、文字なども読み解ける翻訳能力のおまけ付きだ。今はこうして目を開いたままでも、自由に自分の思う場所が映像として見えている。
余談ながら、ユスカリオがミリンに最初謁見し、冒頭奏上したセリフがあった。あれを目覚めたばかりのラーゴは、やけに堅苦しいと感じたものだ。捨てられたのは、奏上されたままの言葉が書かれた紙片と知っていた。実際には、マーガレッタのサイン入りで『くれぐれも粗相がないように』としたコメントが、書き添えられたものであることも。
「じゃあ、足のほうを持ってくれ」
布袋に包まれた人らしきものを、ここまで運んできた台車から降ろそうと持ち上げる二人の衛士たち。ちょうど小屋の後ろに、木材で作られた台があった。その大きさの荷物を置くには十分なここに、二人は布袋を横たえる。続いて、目立たないよう板を立てかけるなどの、カモフラージュを施すことも忘れない。最後に、殉死した兵士へ向けるような祈りが捧げられ、衛士たちは急いでそこを立ち去って行った。
(─ 先ほどの会議で、話されていた、アレサンドロさんと同じ状態の奴隷? サタンとかいう魔族の、ツバメさんだったっけ? それは、単なる噂にすぎないけど)
そう思いながら、かけられた布の向こうを見ようと念じると、布が薄くなって消えて行く。
(─ 覗き見放題ということ?)
突如、『エックス線の目を持つ男』などという、意味のわからない不可解記憶が浮かんできたが、これは無視した。
全身を覆った布が透け、ミリンパパの評した『天使のようないでたち』はやや大げさに過ぎるが、たしかに男にしては端整な面立ち。フリフリのドレスシャツにビロードのズボンという、飾られた衣装を着込んだだけの、要は屍が確認できる。
碧の黒髪に天使の輪っかとも言う艶は光っているが、目の色は閉じておりわからない。だが端正な顔立ちは、おそらく女性なら十人中十人が、『きれいな顔』と評価するのではないだろうか。
勇者といえども、 ── 人間である彼の気持ちになれば ── ゴードフロイがやっかみ半分で、『つばめ』と揶揄したくなるのはわかる。お互い見た目の悪い者同士、しかも欲目でもキモカワイイ程度のラーゴと、見た目に流麗とはいえない点で相通ずるところがあった。
(─ いや。ミリンパパは、『黒髪が残念』とか言っていなかっただろうか?)
さて、かわいそうなこの男性、年齢のころはせいぜい十八歳程度。ラーゴの、ミリンに対する認識だった十六、七歳が建国当時の年齢基準に合致し、現在の王国における一般常識で十二歳らしい。ならば十八歳過ぎと考えられる彼は、さしずめ共和国年齢で成人男性にあたる、十四歳といったところだろう。
どこが悪いのかわからないものの、まったく人間ぽいオーラというか、いうなれば波動が伝わって来ないのだ。まあ、死んだものとして墓地に埋められそうになっている身なのだから、当たり前かも知れないが。顔色は悪くない。正に衛士が漏らしたように、いつ起きあがってもおかしくない雰囲気がある。
(─ ということなら、心臓は動いているのか?)
またしても、人間の肉体は心臓が血液を身体中に送る、ポンプとして働くという既成知識が浮かぶ。
(─ 人の体も透視できるのか?)
ラーゴは禁断の地に一歩踏み出す覚悟で念じる、体内を見たいと。たちまち服が薄れて行くと同時に、男の裸が見えたと思うと皮が消え、肉が剥き出しの全身が現れる。
(─ えっ?)
なにが見えても、初めての体内ということで、びっくりするのは折り込み済みのはずだが、ラーゴの受けた驚きはそんなものではない。これは、間違いなく予想と違うところから来ていた。なるほど、たとえ初めてでも期待とか見通し、目算を持ってしかるべきであろう。しかるに想像した範囲かどうかでなく、見たことのある記憶と比べて違和感を覚えるものだ。
筋肉っぽい組織が、たしかに見える。骨のようなものもあるものの、それらはなぜかラーゴが持っており、折に触れて出てくる知識とは違った。さらには血管がなく、代わりに走っているのは金属で作られたような導線。あるいは臓器というよりも容器、そしてそれら同士をつなぐチューブなども見えた。
全体を通して、その中身は生物の神秘といった印章はなく、どちらかといえば生き物の生理が模された、人造のシステム。そういったものを見ているような違和感を覚えざるを得ない。しかも体内を見まわしてみると、胸の真ん中にあたる場所に、間違いなく見覚えのある金属が見つかった。
(─ マーガレッタの十字架と同じ材料じゃないか?)
ということは、ここにも呪文暗号が刻まれているのかも知れない。
ラーゴは十字架のときと同様、読んでみようと試みた。するとやはり想像通り、呪文暗号が現れる。十字架のときとはレベルの違う、大量のものだ。あまりに大量であるからか、ページに分けられ、ページ毎に名前が付けられている。余談だが、謎の既成知識から『タブページ』(?)という不思議ワードが、想起された。
冒頭『基本動作』というページには、人が活動を行なう上の基本動作が定義されている。たとえば定義として、走るや歩く、立つ、しゃがむ、寝転ぶなどがあるようだ。




