第〇〇二四話 アネクドート・カゲイ 魔族討伐の疑問
さて本日、影の職長としては久々に人前で発言をした。言うまでもなく、真王陛下とミリアンルーン殿下の求めに応じたものだ。カゲイがもっとも危惧しているのは、ミリンのそれと同じところにある。あまりにも簡単に集結したこの戦いは、本当にこれで終わったのか。
気がかりなのは、間違いなく魔王やサタン、そして魔王の子が消滅したのか疑問が残ることだ。これには、魔王の消滅寸前に呪縛をかけられた召喚魔族たちは、真実魔界に戻ったのかという問題もある。
王都の戒厳令下、カゲイは陛下の衛護を外れることはかなわず、魔王城に張り付いていたのは内偵に入ったミカゲ、ホカゲあたりだ。しかし両者の報告をどのように解釈しても、魔王があらかじめ影武者を仕込んででもいない限り、とても魔王が助かった可能性はない。
そしてゴードフロイたちが蹶起した後も、彼女らは内偵を続けた。その報告によると、陽動攻勢から身の危険を感じて、魔王を取り替えるといったことは、ほとんど不可能といえる。
彼女たちの目も、陽動部隊が出現するまでは物見の兵に張り付いていたようだ。事前にハゲタカのゾンビの手で、宴を盛り上げる供物が届けられる。
そのとき魔王と取り巻きの悪魔たちは、酒を頭から掛け合うなど宴も最高潮に盛り上がり、二人はなんの警戒もないと見た。そして再び物見の監視に戻り、陽動の知らせが魔王に走った瞬間から交代で、ひとときも見逃さず、魔王の姿を追い続ける。
そこへ、魔王からマンモンと呼ばれる側近悪魔が、殻や薄皮のついていない幼生体を抱きかかえて現れ、ゆり籠ふうの器に収めたらしい。どうも魔王の子は供物が届いた直後に孵化し、その側近が産湯を使わせたようだ。
これがカゲイへ上がってきた報告に記録される、魔王襲撃までの影鍬が見た一部始終であった。
おもむろにカゲイは、影鍬一流の精緻な書き付けに再度目を通す。
そこにしたためられているのは、ハルン文字二十八文字以外にも象形文字のような記述も使った伝文。短時間かつ短文で多くの情報を伝達するために開発されたという、影鍬発足以来のものだ。影鍬同士でしか伝わらない連絡として、他にも様々な方法が発足当初から編み出され伝承されている。
教会軍の『諜報・隠密警護部隊』も似たような術を備えており、作戦中に拝見する機会に恵まれた。だが暗号性や伝達効率などを見る限り、はるかに稚拙な技と断じざるを得ない。
つくづく、クロカゲと影の里の構築に携わった先人は、高い能力を持っていたのだと感服するばかりである。
さて書き付けによれば、陽動部隊の報せを聞いてすぐ、ガレノスから厳命を受けたエリゴスにより、周りの者へは指示が与えられた。島内全軍が割り振られた後、本人も船団の指揮をとって一方の陽動船団に向かったと云う。
魔王まわりの護衛が激減し、敵襲の報せ以前からサタンも呑みすぎたのか、正体なく眠っていると確認。その後ホカゲは、奴隷部屋で待機状態だった二人に知らせに走った。そんな間も、ミカゲはまばたきもせず、魔王が逃げ出さないか見張っている。
つまり陽動部隊出現の、知らせの前からでも替え玉に代わってなければ、無理な話というわけだ。
サタンについては、生存の可能性はきわめて高いと思われるが、だからと言って敵討ちに来るだろうか? サタンは、魔王の眷族でもなければ、召喚や族でもない。ただの客人待遇だったはずだ。
この国で、直前に魔王征伐が行なわれたのは、およそ百二十年以上昔の話となる。その間に、何万年と生息し続けているきゃつらの、性質が変わってしまったとは思えない。
古くから、魔王に他の魔族 ── 固定の魔脈に依存せず現世に残留する、いわばはぐれ魔族が、加担した例はままあるという話だ。他国でもそのようなケースが、散見されたとする調査結果は得ている。
(これはアレサンドロの父親、レオルド卿のネットワークによる情報であったか)
今回のように長い間、魔王が退治されず放置されたケースでは、かなりの力を持つはぐれ魔族が加担するケースも見られるそうだ。それらは魔王が消滅しても消えることはない。
ただし魔王の滅亡後その消滅とともに魔力を残す者は、いったん枯れてしまう魔脈から、直ちに離脱するのが一般的という。そこから離れなければ、つぎの魔王復活に至る魔脈の活性化まで百年のときを、力尽きた魔脈では食いつなげないからだ。
具体的には、ケートーという強力なはぐれ魔族が、ガレノスの魔王城に出入りしている。既出のマンモンも攻撃能力はないが、はぐれであると確認されてきた。
だが魔王城の急襲時に、魔王の衛護として加担した様子はなく、その後も姿を現した形跡は認められないという。教会軍でも、すでにあの領域からは立ち去った、と断じる見解のようだ。
魔族にも、召喚されたり生み出されたりと様々だが、ほとんどは魔王が亡ぶと同時に消滅した。万が一消え残っても、魔力を使いはたして動けなくなれば、百年後の魔王復活までその魔脈を、利用することができないのだ。
さすがにガレノスは二十年以上あの場所に巣くってきたため、他にも魔族の交流はあったかも知れない。そう危惧され、今も継続して観察は続けられている。しかも現在緊急時の対応に備え、聖人二人はいまだに島の跡近くで観察を続けていた。
二世はどうか? 魔王が偽物でないなら、二世に影武者など論外だ。そもそも魔族というものは、親子の情などと無縁の存在。消滅していないなら、両者共だろう。もちろん消滅を隠ぺいした兆しなど、かけらもなかった。魔王の二世に託されたという魔族も消失が確認され、その後も一体として姿を見せたらしき情報はない。
短慮で血気に逸りやすいばかりか、執念深いものも多く、しかも人間など虫けらほども脅威に感じないと言われる魔族。そんなやつらが、御大を失い命令系統も失した無法状態で、怯えた冷血獣よろしく、じっと耐え続けられるのだろうか。
いや、征伐されて消えなかったとしても、魔王自身があの強大な軍勢を隠匿し、大人しくできるわけがない。あれだけの痛手にまみれ、いわば恥をかかされているのだ。その怨み重なる人間、あるいは勇者や教会軍を、放っておくわけはないだろう。
「ともかく、これだけの確証があるのだ……」
結論として召喚魔族などというものが、それほどのこらえ性を持つとは考え難い。そこで教会軍から出てきたのは、これで一件落着したとする結論である。そしてたしかにカゲイも、その結論が妥当だと断じているのだった。




