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ゆるキモトカゲは分相応な夢を見る~ファンタジーな異世界は思い込みと勘違いでできたミステリー~ 1  作者: 哀岬 ふうか(Hoooka Aisaki)
第二章 王国の秘密篇(二日目、最初の就寝まで)
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第〇〇二三話 アネクドート・カゲイ 影鍬とは

 王城には、城内の木や草花の育成、外回りの掃除を一手に担当する部署が存在する。

 それは単に『(くわ)』と称され、総勢七十五名の者が、日頃は目立たないように勤めていた。その鍬のなかでも、影鍬(かげくわ)としての仕事につくものが十二名おり、短く『影』と呼ばれることもある。

 王国民の中から雇われる鍬と違い、影は『影鍬(かげくわ)の里』というところへ、拾い集められた子供が成長した姿だった。特別な訓練を与えて育て、一定のレベルに達した者だけが城勤めを許されるのだ。一定のラインに至らなかった者たちは里の労働力に身を転じ、第一線から退いた者と協力し合って、次世代の育成にだけあたっていく。そのため彼女らは、だれ一人として親と呼べる者を持たない。


 カゲイはこの『鍬』でいうナンバーツーであり、さらには『影』の職長、トップでもあった。


 城内でもっとも草木の多いのは中庭である。ただ中庭だけに関わらず、落ち葉や雑草も含め外回りすべての管理と清掃を任されているのが鍬だ。とくに中庭において、鍬の作業は昼間のみとなる。

 日暮れから二時間以降は、聖霊が現れる場所と見做(みな)され、事前にしかも、特別な許可を得た者しか入ることができない。ただし聖堂が中庭にあるため、霊廟(れいびょう)での祈りのときなど聖人や巫女といった聖職者は、夜でも入れる例外とされる。その彼らであっても、深夜以降は入ってはいけないと定められていた。

 もちろん、自分たち影も例外ではない。とはいえ、聖霊を見ていけないわけではなかった。

 実際真王陛下は、国家の大事にかかわる進達や請訓、懇請が発生した場合、王のみ入室が許される礼拝室で召喚を行なう。そして聖霊実体と会見におよぶものだが、最近なら意識不明のアレサンドロの診察と治療を請願された。

 そんなときでも、影は気づかれぬよう王陛下の身をお守りする必要がある。そのため、たとえ亡状(ぼうじょう)のそしりを受けようと、聖霊であっても視認しなければならないのだ。


 建国から数十年後、鍬として仕え、王陛下の護衛をつとめた初代影鍬(かげくわ)クロカゲは魔法使い、あるいは血族だったと伝わる。

 王家が魔法使いを雇ったことが知られたら、いい関係にある教会(エクレジア)との間でトラブルの元となるため、この事実は最高機密に属してきた。たとえばクロカゲは、影の仕事にその姿や情報の隠蔽できる道具を活用し、今でも影鍬(かげくわ)だけの常套手段(じょうとうしゅだん)として利用されている。この道具のおかげで、影は要人の護衛の任も問題なく、自らの存在を隠匿して警護が可能なのだ。

 その初代影鍬(かげくわ)の一族が、今の影鍬(かげくわ)の里も作り上げた。王位継承の特殊事情から、護衛を務めなければならない対象は女性が多いため、影は現在一人を除いてすべて女である。対象とともに風呂や便所、寝室などに(はべ)るには当然と言えた。


 余談ながら教会軍(カルタジニアス)において、この仕事とよく似たそれは『諜報・隠密警護部隊(ニンジャ)』と呼ばれているようだ。ただし諜報・隠密警護部隊(ニンジャ)は、諜報活動や隠れた謀略、工作、護衛活動を専門とし、不思議なことに草木の世話を行なわないという。


 カゲイは、先々代の影の職長カゲツから才能を見出され、たいへんかわいがられてカゲツの引退前に、抜擢(ばってき)で副長に就任した。

 そのカゲツは真王即位から数年、里へ戻ることも、鍬の職も辞して旅に出ると言い出す。とはいえ王国の中枢、王家の隅々まで常に護衛して内情を知り尽くした影鍬(かげくわ)だ。城を退いた後も、決して他国で暮らすことなど許されない、とされていた。

 すぐにカゲツは幽閉されたが、持ち前の高度な技で牢からみごと脱獄し、姿をくらます。そこで、至高評議(カウンシル)が行なわれた。

 喧々諤々(けんけんがくがく)の評議の結果、カゲツに追っ手が差し向けられることになる。もちろん、このときすでに影鍬(かげくわ)一の使い手でもあったカゲイは、その追っ手として選ばれた。ただしそんなカゲイの評価は、引退したカゲツが抜けた中での話だ。

 なにしろカゲツは、クロカゲの再来とも言われた、稀有な使い手だった。


 そんなカゲツを相手どって、当時のカゲイに勝算はない。しかし、最初カゲツの抹殺に否定的であった真王陛下は、すでに結論が動かないとわかった至高評議(カウンシル)の席で、カゲイに秘策を授ける。鍬の一員で、男子ながら影鍬(かげくわ)として訓練も受けており、かねて筋もいいと言われているカゲツの弟を連れて行けという。

 カゲツの現役時代、剣の修行に励み始めた幼い息子、アレサンドロの修行相手として、影の里より徴用されたカゲロウ。以前から真王陛下の目に()まっていたようだ。

 すぐにその場にカゲツの弟、カゲロウが招集された。すでにカゲツが幽閉されたとき、つまり出奔前から、姉のカゲツを引き止めるための人質よろしく、別の場所で留置されていたのである。

 引き連れられてきたカゲロウは、ろくに食事も睡眠も与えられなかったようで、かなり憔悴した様子が見て取れた。


「カゲイ。たしかにカゲツは強敵ですが、この子を連れて二人だけで追いなさい。そしてもしも、カゲロウがカゲツに奪われそうになったら、迷わず二人ともを断ち切るのです。カゲロウですが、姉カゲツの討ち果たせた暁には、罪一党を減じて影鍬(かげくわ)に昇進させましょう。もし、姉をとるなら二人そろってヨミノクニに旅立ちなさい。そして仕事を果たした上はカゲイ、御首は必要ありません。カゲツの髪をあなたの二の腕と同じ長さだけ一房持ち帰り、死体はその場所に埋めてくるように」

「真王陛下、それでは!」

 影鍬(かげくわ)の命など、冷血獣(ヘテロサム)のそれほどにも感じられないがゆえ、次々と異論を噴出させる抹殺急進派の大臣たち。だが真王は『至高評議(カウンシル)の決議はすでに恪遵(かくじゅん)している、そして勅命はくだされた』と、にべもなく跳ねのけたのだ。


 数週間後、真王陛下は至高評議(カウンシル)を招集。カゲイがカゲツの誅戮(ちゅうりく)に成功したという内容で、再び会議が執り行なわれた。当然のように議場からは、カゲイの出席と説明が強く求められる。

 だがカゲツを(くだ)した証しの断髪時、刃向かってきたカゲロウも斬ったカゲイは無期限謹慎に処して幽閉した。そう言い切った真王は、まったく聞く耳を持たない。とはいえカゲイはその腕が必要ということで、一か月もしないうちに許されて元通り働き始められた。実際影鍬は王家直轄の部隊。それを認知できるのは、真王陛下しかいなかったのだ。


 ちなみに、どことなく死後の世界を彷彿とさせる、ヨミノクニという言葉は教会(エクレジア)の用語ではない。

 王国の古文書に由来するとは言われているが、ハルン南方に位置する大陸の、グレートリフト大峡谷の入り口。そのあたりに広がるアファーの大森林など、人の身では足を踏み入れることすら許されない、特別な場所を指す言い回しだ。

 大陸でも最北に近い王国では、そこへは命を捨ててこそたどり着けるとする寓話が、国禁で出国を戒められた王国の最貧階級で語り継がれる。ある意味、夢はかなわないものと、貧民の子供のしつけに用いる『願いの地』を意味していた。出奔前、カゲツがどうしても行かなければならない、と漏らした場所がそこだったというのは、陛下にのみ報告済みである。

 また、ヨミノクニは同時に船乗りなどの間で、人の身では行けない、あるいは(おもむ)きたくもないくらい遠い地。王国の庇護(ひご)の届かないエリアという俗語でもある。


 こうしたスラングを英主の身である真王陛下が知っているとは信じ難かったが、それ以上に大臣の認識するところとは思えない。そして所望したものが髪だけだった真王にそれを渡し、『ヨミノクニに旅立ったのですね』とだけ確認される。カゲイは他の影鍬(かげくわ)の前で、『はい』とだけ答えたのだ。

 真王陛下からカゲイに下された指示は、いざとなったら『二人を断ち切る』こと。そもそもカゲツを追えと指示されているが、殺せとは一言も口にされなかった。しかも断ち切るという言葉に、切り捨てるといった意味はない。それは影鍬(かげくわ)同志だけで使われる隠語(いんご)である。あえてあの文脈で合致する意味が見いだせるとすれば、『二人とつながりを切って、かかわりをなくす』というものだ。


 こんな物好きな知識に偏執的にこだわり、使いこなせるほど頭の回るのは、王国広しといえどもレオルド卿以外にない。

 そう、先代王の時代から王配の位にあって、しかも現在真王陛下の夫である ── 。


 それ以来、カゲイは命に代えて真王を守ってきた。

(仁徳厚き真王陛下のために ──)

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