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ゆるキモトカゲは分相応な夢を見る~ファンタジーな異世界は思い込みと勘違いでできたミステリー~ 1  作者: 哀岬 ふうか(Hoooka Aisaki)
続第一章 続・誕生篇または第一日目の続き
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第〇〇一一話 アネクドート・ユスカリオ◆使徒、相続者そして料理人

 王城の中に備えられた軍が使う作業場で、明日の朝食につけ添える一品の下ごしらえが、終わったユスカリオは一息つく。


 そもそもユスカリオは料理人であった。『そもそも』とことわるのは、彼が誕生(うまれ)る前から料理人としての記憶を持つ、ということに他ならない。

 彼はこの世界の人間として誕生(うまれ)出てから、『使徒(しと)』と称する未来を志したと記憶している。ただ、ユスカリオの今生きてきた世界でいう使徒=ディサイポと、生まれる前から持つ記憶にある意味がやや違ったようだ。そのため実際には『使徒(ディサイポ)』の弟子という立場で生きてきた、と言うのが正しい。しかし彼が、なぜそれを選んだのかは忘れてしまった。


 そしてそれから、およそ千年近い月日を生きてきたのだ。

 こうした来世に生前の記憶を引き継ぐ存在は、この世界で相続者(インヘリター)と言われる。聞いた話でそれは、ユスカリオの常識にある、『生まれ変わり』といったものではないと教えられた。あくまでこちらで生まれてきた生命に、過去を生きた者や、別の世界の思念が「(エネルギー)」として上書きされただけのようだ。

 つまり別の世界の人間がこちらに生まれたのではなく、別の人間の知識や経験をもらっただけと言うことである。どうやら、そうした知識は生まれたときにしか入ってこないうえ、誕生するショックとかで消えたり薄れたり、成長の過程の環境や教育によって失われやすい。あるいは既成知識への迫害や、過大なカルチャーギャップにより自ら封印した結果、思い出せなくなったりもするという。自分のように桁外れに長い人生を得、その智慧を引き出せ、役立てられる者が近くに居てこそ有意義なものにできたのかも知れない。

 そんな観点から本人にとって、生まれ変わりも似たようなものだとユスカリオは捉えてきた。


 それでも人間の記憶には、おそらくアクセスすることによる限界があるからだろう。突然思い出しもするが、ほとんど使わない記憶は出て来なくなって行く。

 ただ、日々腕を揮う料理についてであれば、その食材に出会うなどで思い出せるネタも多い。毎日やってきた作業なら不覚を取るようなことはないだろう。逆に千年も代わり映えしない仕事をしているため、宮廷料理人よりもうまいものを作る自信さえあるユスカリオだ。

(ただし、相手の専門に限られなければだが ──)


 現在(いま)ユスカリオが暮らす世界の人間が、それほど長い間生きられる種族というわけではなかった。とくに病気や事故に遭わなくとも、六十年弱 ── 引き継いだ時間感覚でいう七十年あまり ── あたりが、この世界の平均寿命と思ってよい。

 神の使いとも言える、使徒(ディサイポ)の弟子と言ってもただの人間。特別な恩寵(ギフト)なしには、通常の人間と変わらない能力や寿命しか持てないのが普通である。しかも彼は失格者だったため、神からの恩寵(ギフト)は期待できなかった。

 なぜ、そうなったのかは記憶にない。たぶん思い出せるのだろうけれど、いやな思い出は長い年月に消えて行くものだ。(つら)い出来事ばかり覚えていたら、彼はとっくに自分で命を絶ってしまったに違いなかった。それをしなくてすんだのは、相続者(インヘリター)のことも教えてくれた、彼のパートナーのおかげだろう。


 ただの人間であるユスカリオだけが時間を止めて生きて行くのに、大きな負担を受け続けたユスカリオの精神。そのため、(うつ)になってしまうこともある。そんなときルシーは、ユスカリオから何度となくエネルギーを吸収し、たまった不要な鬱積 ── 憂鬱(ゆううつ)を取り去ってくれた。

 すると必ずといっていいほど、覚えておかなければならない大事な記憶も飛んでしまう。だがそれは精神の清浄化に必要な支払いと割り切って、あきらめるしかない。しかも不思議なことに、年寄りの物忘れとは逆で、古い記憶からすっかり消えて行く。だから誕生前の記憶にあるプロフィールなどは、過去にサタンに話していた内容を、再学習したものであった。

 これでわかるように、不老不死といっても不病でも無感情でもなく、生物としても知性体としても、決して無敵ではないのだ。


 おそらく、前の人生が引き継がれる経緯(いきさつ)も、消えた記憶の中にはあったのかも知れない。だがいったん失ったと思っても、料理について、また相続者(インヘリター)特有の知識というものであれば、折に触れ必要なときに現れる。

 それに、無防備なら自分の亡失記憶も覗けるようで、自分が忘れてしまったスラングなどでも拾い出せるルシー。彼女は魔法使いモードのとき、特殊なコスチュームや髪の色 ── 目の覚めるようなスカイブルー ── で、キメるようになった。あれは、自分の相続者(インヘリター)としての記憶を盗み見たものだろう。おそらくだが、そのように着飾った『魔女っ子』とかいうキャラクターを、溺愛していたはずだ。

 つまり生前記憶というものが、消しても消えない部分にあるのだと、ユスカリオは考えてきた。


 ちなみに詳細までは忘れてしまったものの、『魔女っ子』と言っても実在の魔女がいたという話ではないようだ。紙芝居のような絵が動く作り話── 動画に登場する架空の存在である。

 記憶を呼び起こせば、口頭伝承や紙に書かれた物語だけではない。そうした絵空事を動画やお芝居で、疑似体験できる機会がだれにでも提供されていた。けれど、今となってはユスカリオにも、どの記憶が真実だったか怪しいものだ。

 今のルシーと自分のように、旦那(ダーリン)をこよなく愛するサマンとかいう、魔法使いの奥さんがいた気もする。どんな病気も必ず治してしまう悪魔のようなデーモンと名乗る女が、『私、失敗しないから』と豪語していたという覚えもあった。

 目の前で、何もないところから鳩を何匹も登場させる者。やわらかいゴムボールでも、ガラスのように砕く技を持った者もいたはずだし、たしかだれもが空を飛べる、なかなか多様な世界だった。

 この世界には、ユスカリオが見てきた不思議な技を、同じように使う者、魔法使いが存在する。いや、『同様のことができる者』と言いかえたほうがいいだろうか。だがユスカリオが聞いたところでは、彼らは普通、人の目を楽しませるために、そんな力を行使したりはしない。


「ルシー ──」


 その女を呼んでいた名 ── 愛称がユスカリオの口から漏れる。ルシーは、ユスカリオの愛人(パートナー)として歩んできた悠久の時間を、ほとんど女性として暮らしてきたが、ときには男に化けることもあった。

 自分をはるかに超えて生きてきた彼女は、この世界で言う魔法使いだ。しかもおそらく、世界最高の魔法使いであり、人間からは悪魔とも揶揄されてきたのを知っていた。それはルシーの能力が、至高至大だからに違いない。一方、余りある魔法使いの能力が世界の(ことわり)を越えるため、人の寄りすがる信仰の心を乱すもの。そんな理由から、彼女は悪魔とも呼ばれるようになった。


 では、恩寵(ギフト)もないただの人間ユスカリオが、なぜこんなに長い間生きてこられたのか。それも彼のパートナー、ルシーの力である。世界最高の魔法使いは、この世界特有の脈の力によって、不老不死という魔法を確立させた。その研究の恩恵を分け与えられ、ユスカリオも不老不死に近い状態を続けられてきている。

 ルシーは人間が大好きだ。しかし、彼女は万年という単位を生きる間、人間の世界が繁栄する歴史の中で、あるときはもてはやされ、あるいは迫害されてきた。それが自分の肥大化した能力に ── 魔力に向いた迫害であれば、耐え忍ぶことができただろう。


 彼女が人間に愛想をつかせたのには理由(わけ)があった。人同士が憎みあい恨みあい嫉みあって殴り合い殺しあいを、何百年何千年たっても続けているだけではない。ついにはその争いが国同士、また信仰同士でエスカレートして行くのを、目の当たりにしてきたからだ。

 そもそも魔法使いの存在自体、悪や善の立場に定まる者ではなかった。どだい善悪などといった基準は、それぞれの立場によって変わるものだというのが、魔法使いの一般的な考え方のようだ。


 魔法使いとは、人間や獣人のようなヒト種でもないが聖霊の類でもない。まったく別の種族だと、ルシーは言う。己の研究成果や魔法が、活用され賞賛される知識や力の提供こそ、もっとも重要な存在意義と考える者たちだ。ひきかえる一定の対価はつきものながら、さらなる研究の原資と形に表される評価であり、決して彼らの仕事に不可欠なものではない。

 ユスカリオは彼らのような者を、『医者(ドクター)』や『科学者(サイエンティスト)』、あるいは『技術者(エンジニア)』のように呼んでいたはずだ、と思い起こす。


 挿絵(By みてみん)


 そしてルシーは、狡猾(こうかつ)な人間に何度となく、騙されたり欺かれたりと、かなりひどい目に遭ってきたのだ。

 ずいぶん古い話になるが、美味しい御馳走を食わせてやるから、龍に変化して見せてくれと頼まれた。やめておくよう止めたが、『龍に化けるなど、そうそう他にだれもできないから』と言って聞く耳も持たない。ところが変わった姿は、ユスカリオの生前記憶で、『♪坊やぁよい子だ』という歌が聞こえてきそうな、大蛇に足のあるいでたちだった。

 だが自分の生きた大陸での龍とは、そんな形ではないはずである。ユスカリオの記憶でドラゴンとかいう、怪獣っぽいものを龍と呼び、この世界でも芸術的な絵画や像に表されることが多い。

 そんなはずはないと抵抗するルシーをなんとか説得し、それらしい形に化けさせる。といっても狂暴さが足りず、あれこれと注文を付け、できあがったのは短い首が一本きりのキングギドラ。

 しかし本番で食わされた餌には女が入っていた。腹の中から十字架で胃袋を切り裂かれて吐き出し、女にとりついた悪霊を封じ込めなければならない事件が起きる。この悪霊には、ユスカリオも知らない悪い思い出があったそうだ。


 以来ルシーはいくら人間に頼まれても、変なものには変化しなくなり、そもそも自分がサタンである事実を、隠して生きるようになった。それは不老不死のわざの完成したことが漏れていくにしたがって、さらに拍車が掛かる。ユスカリオにそのわざをかけ続けてきたルシーは、それが人の身にあまりある魔法であると気づいたからだ。

 そうなると正体がばれたとき、人間社会から排斥される憂き目にあう。過去には気前よく人間のため働いてくれたにも係わらず、さては裏で良からぬことをしているのだろうという、いわば邪推にすぎない。これがたしか千年前頃から、彼女が悪魔と言われるに至った所以である。そんなことが積み重なって、ついに彼女は魔族(ディアボロス)の門をたたくにいたった。


 魔王とは、魔脈(ディアポラダー)というエネルギー源に湧く害虫のようなものだ。百年程度のインターバルで発生するこの現象は、人間から魔王の復活と呼ばれた。


(伝染病や地震、台風などは『百年に一度』の表現が使われた覚えがある。判ってないだけでそういうものがいたのかも知れないな)


 ふとそんな気もするが、いまさら確かめようもないことであろう。だがそうした魔王は、復活すると間髪(かんはつ)を入れず、退治される末路をたどるに違いない。魔王も抵抗はするが、人間は勇者(ブレイバリーズ)や軍隊を繰り出し、聖水(ホリアクア)など魔族(ディアボロス)の弱点をついてせん滅にあたる。結局いかに強力であれ、単騎の魔王であれば最後には敗北するのだ。

 それでも魔王が魔力を蓄え、仲間として働く悪魔が複数召喚されて組織を成し、ヒト族の軍隊と闘う力までつけていく。そうなれば簡単に退治することはできない。勇者(ブレイバリーズ)が独りいれば退治できる、そんなレベルではなくなるからだ。


 ルシーが寄り付いた魔王ガレノスは、そういうことで力を持った。住み()である魔王島(ディアボライル)を領地内に抱くこの王国が、魔王の復活したころに衰退していたせいだ。ながらく退治されることなしに生き延び、力を蓄えられたからに他ならない。いや、その上召喚した悪魔たちを基幹に、万にのぼる軍隊を作り上げた。それは古今東西、そして史上まれに見る規模の、とても討伐できないレベルに達したのである。

 数日前までルシーは、そんな魔王ガレノスの城に、客人(ホスペス)として用心棒を決め込んだ。ユスカリオの知る限り、そこまで魔族(ディアボロス)と親交を深めたのは初めてだろう。それはルシーが最初に交流を持った、魔王の妃相手に、いつもと違って意気投合してしまったからではないか。ユスカリオはそんなふうに感じていた。

 女嫌いから、長らく色目を使って寄ってくるような尻軽は寄せ付けないよう、人間のメス姿ですごしてきたルシー。彼女に女友達ができたというのには、違和感を覚えざるを得ない。だがどうやら、あの妃の母親とは、かなり昔に親しい交流があったようだ。


 ユスカリオも魔族(ディアボロス)の城では、相続者(インヘリター)という正体を隠す必要もなく、自分が得意とする料理の腕を存分に揮えることで満喫していた。

 ユスカリオが持つ料理人としての知識やキャリアは、もちろん相続者(インヘリター)から引き継いだものだ。余談ながらその経験と、すでに千年の長きにわたるこの世界の現実には、きわめて大きな差異がある。それは相続者(インヘリター)の記憶で哺乳類と呼んだ動物を、ここでは食用としないことだ。なぜなら食物連鎖の頂点に人間がいないため、あるいは宗教上の理由に根差すらしい。

 しかし魔族(ディアボロス)温血獣(ホモサーム)の血を欲し、たやすくモンスターと言われる動物も狩って来て、それを料理するユスカリオの腕に絶賛した。そんな料理を手伝ってくれたり、覚えたいという女の子の魔族(ディアボロス)もいたりして、たいそう助かったことを思い出す。黒目黒髪(プレナニグロ)以外、見た目魔王の妃とそっくりな娘などは、モンスター肉もスパッと輪切りにしたし、みんな血抜きが上手だった。

 ただ皆が、背番号呼びだったのでけっこう呼びづらかったし、囚人みたいで可哀想だと思ったものだ。

(いつも手伝ってくれていた、料理好きの娘の一人に、数字のゴロであだ名をつけたらなかなか嬉しそうだったな。あの娘たちは、たしか吸血種(サングィスガ)だといっていたが ──)


 吸血種(サングィスガ)はもっとも数が多かったので、王都侵攻の際、最初に召集がかかって連れて行かれた。今は人との戦いに敗れて消滅したか、魔界(ディアボレギオ)とやらに返ったのだろうと、少し寂しさを感じるユスカリオ。

 魔王はもう、滅ぼされてしまった。ルシーも追い詰められ、最後の頼みとした兵器 ── レヴィアタンもやられたのを見ている。

 とはいえ、ルシーが人間に殺されたなど、とても信じられない。自分やラーゴの首輪が活きているのが、なによりの証拠だ。


(ラーゴも、いつかは魔族(ディアボロス)として、その力を発揮するときが来るのだろうか?)


 できれば、人間に正体がばれて滅ぼされる前に、せめて消えてしまった母親と逢わせてやりたい、と思うユスカリオであった。

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