異世界の職業を手に入れろ!
猫魔導士であるミャウの最近の悩み事は、相棒がめんどくさい事だった。
「俺にもさぁ。『クラス・クリスタル』が発現すればさぁ、あんなやつらになんかさぁ」
「最近、ジンはそればっかりだよ」
酒も入っていないのに愚痴っては、車輪ギルドに併設された喫茶店の机に突っ伏している姿はあまりかっこよくはない。二人は未成年なので、お酒は出してもらえないので飲んでいるのは練乳入りのミルクだ。
ポカポカとした日差しの中、地平線まで続く刈り取りの終わった麦畑を眺めながらノンビリする。こんな時間は本来もっと楽しいはずのモノだ。
ところどころマダラになった畑は、ぶち猫の模様みたいで見ていて楽しい。それなのに相棒は愚痴ばかりだし、親代わりの村長はお金のことしか言わないし、ギルド所属のバリスタはお金を払わない客だからって付け合わせのクッキーを出してくれない。
もっとのんびり過ごしたいものだとミャウはあくびをしながら机にアゴを載せた。
「ジンはさぁ。小細工が得意で小器用で小回りが利くのが強みだっていつもいってるじゃない。クラスなんてあってもメンドクサイだけだよ?」
「小さいって何度も言うなよ」
「言ってないよ」
内心、器が小さいなと思っているのは口には出さない。
ジンは『職無しクラスレス』だ。とはいえ、遺跡探索者なんていう危険で実入りの少ない仕事は職無しがやるものだ。
この世界では素質を持った人間は、手のひらに『クラス・クリスタル』という不思議な結晶が現れる事がある。これをクラスが発現すると呼ぶ。クラス・クリスタルは持ち主だけが特別な力を行使する事ができる不思議な結晶だ。
生産系やや戦闘系のクラス・クリスタルを持っている者は、職に就きやすいし、そうでなくても土地や店やコネなどの、親から引き継げるもののある人間はこんな仕事をしなくてすむ。だが、ジンのように借金を引き継いだ場合は違う。多くの場合は奴隷になったりするが、借金の債権者の厚意によっては待って貰えることもある。ジンはクラス・クリスタルが無くても指先が小器用なので、細々としたモノを直したりする仕事で小さく借金を返す事もできたはずだ。
例外はミャウのように、変なクラス・クリスタルが発現してしまった場合だ。
クラス・クリスタルを得ると、多くの不思議で不可解な力が使えるようになる。ミャウの猫魔導師で言えば【夜目】【霊視】【忍び足】【跳躍】などについての人間の限界を越えた力が身に宿る。しかし、熱い物は食べられなくなるし、昼寝だって必要になる。それになにより……
「おい、泥棒猫ーズ、今月分の遺跡建築材はどうした。今日も手ぶらか~?」
「うっせぇな!」
「利息の分くらいはちゃんと稼がないと借金増えて行くからな」
「うっせぇって言ってんだろ」
ふらりとあらわれてジンの頭をぐしゃぐしゃに撫でては振り払われているのは、商店へ卸す品物の輸送を司る車輪ギルドの幹部にして『現代の錬金術師』という奇妙なクラス・クリスタルに発現した男。白いスーツがトレードマークの『金庫番のシャイロ』だ。
この人をイライラさせる天才は、ジンのお父さんが作った借金の債権者であり、未成年のミャウとジンに遺跡の中のやたらと頑丈な壁材を持ち帰る仕事を振ってくれている人でもある。
なにより『泥棒に最適の能力を持つ貧しい親無し』という、何かあったら即疑われる要素を持つ二人をちょこちょこと目に掛けているできた人物でもある。
だが、話し方に構い方に歩き方までが腹立たしいので、普通にミャウは嫌いだった。
「おい、マスター!こいつらに飯出してやれ!俺にツケとけばいいから」
「いらねぇよ!」
「ジンの分はお弁当にしてください。わたしのは大盛りで」
「おい、ミャウ!こいつの施しは受けたくないぞ!」
「奢りのご飯はなるべく高いものを食べてお財布にダメージ与えようよ」
「マスター、俺も肉多めの大盛りで」
背を向けて笑いを堪えている喫茶店のマスターから視線を逸らして、ミャウは山盛りに盛られた牛丼をふーふー吹いて冷ます。
ミャウには、ジンが愚痴る気持ちもよくわかる。この牛丼だって、普通に喫茶店にあるメニューではない。ミャウとジン用にわざわざ用意してくれているメニューだろう。ギルドの待合所をオープンカフェスタイルに改装したのも、面倒なクラス・クリスタルが発現したミャウを保護するためにしてくれているのだと思っている。
みんないい人すぎる。
だからこそ、期待に応えられずにお荷物になるばかりの自分が嫌になる。猫ではなく竜魔導士ならば仕事なんていくらでもあっただろうに。
『盗賊』とか『暗殺者』なんていうクラスよりはマシだが、『猫魔導師』は村人向けではない。
『農家』なら【豊穣】とか【雨ごい】の力があるし、『醸造家』なら【発酵】を操る力がある。そういうクラス・クリスタルがあればどんな村でも歓迎されたはずだった。
「発現するクラス・クリスタルが自由に選べたらなぁ」
「ホントだよ。大昔に居た異世界から来た人が羨ましいぜ」
「なんで」
「だって、好きなようにクラス・クリスタルを付け替えられたっていうじゃないか」
二人でため息をついていると、お代わりを持ってきたマスターが話題に入ってきた。
「それ、異世界人はなぜか誰でも出来たんだって。でも最初から有用な力を扱えたわけじゃないらしいぞ」
「なにそれ、初ミミ」
「あー、聞いたことある。勇者大墳墓に埋葬されてる人達だろ、異世界人って」
自分の知らない事をしっている風のジンにイラっとして、ミャウは口いっぱいに頬張りながら器用に話すジンの脇腹を突っつく。
「なにそれ、教えて」
「ミャウ、魔導士のはしくれなのに何も知らないよな」
「小賢しいのが取り柄の無職さん、さっさと説明してくれるかしら?」
「有料にしようかな」
「嘘、ごめん、教えてくださいお願いします!」
「実は俺も良く知らない」
ジンの顔で爪を研ごうとするミャウをマスターが取り押さえるまで、ジンはかなり本気で逃げ回る羽目になった。
しかし、ドタバタと騒ぎながらマスターから知りたい事を聞きだす事ができた。
「つまりね、異世界人はクラス・クリスタルを変更する方法を知っていたらしいんだよ。彼らは最初はとっても弱かったりするんだけど、急に化けるんだ」
「クラス・クリスタルが発現したから強くなったんじゃないの?」
「それが『会社員』とか『ニート』とか『パチンコ中毒多重債務者』とか、戦闘向けではない職業だった事はわかってるんだ。それなのに気が付くと『勇者』とか『聖戦士』とかになってる」
「その方法はわかってないの?」
ミャウの当然の質問にマスターは肩をすくめて返す。
「わかってれば苦労はないさ」
「えーーー」
カウンターに突っ伏してバタバタと暴れるミャウとは反対にジンは急に真面目な顔になる。
「もしかしてだけどさ。それって大墳墓が関わってるんじゃないか?」
「なんでさ?」
「俺の祖父ちゃん『地図作製士』だったって知ってるだろ。それで異世界人に道案内として雇われた事があるって聞いた事があるんだ」
「どこに案内したの……って、まさか」
「そう。勇者大墳墓だよ。最初の異世界人である【勇者】が自分が生きているうちに作らせたっていう大迷宮。そして、異世界からやってきた人は自分の血縁者でもないのに墓参りをする」
「墓参りをすると強いクラス・クリスタルを継承する?」
「とは限らないけど。ただの墓参りじゃないって事だろ」
にんまりと顔を見合わせる二人にマスターが釘をさす。
「おい、あそこは一般人は立ち入り禁止だ。それに盗掘防止のためにいろんな罠があるってのを忘れたわけじゃないだろうな」
そんな事をいわれたって二人はもうやる気だった。
「迷宮の中なら猫魔導士は活躍できるよ。暗い所に何かあっても見落とさないし、身軽だし」
「それに俺が罠だって鍵だってバラしてみせるさ」
「いや、シャイロさんになんて言えばいいんだよ、お前らをそんな危険な所に行かせたなんて知られたら」
「大丈夫、わたしたちは遺跡建築材を取ってくるだけだから」
「そうそう。罠とかいろんなものもついでにバラして持ってきちゃうだけだって」
「「『勇者』のスキル・クリスタルとか」」
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