4話: 炎の精霊と氷の騎士
「なるほど、ギルドマスター直々に模擬戦をして頂けるのですか?」
「そうよ。…っといっても本気は出さないから安心しなさい。一応、腕は立つみたいだけど、負けても悔しがっちゃダメよ?」
ピキッ、と何かが浮き上がる音がした。
「お、おい…ユキ…」
次の言葉が出る前にユキを落ち着かせなければ…そう考えたシュウだったが、
「へぇー、ギルドマスターだかなんだか知らないですけど、おばさんってそんなに強いんですか?あいにく王都には今日来たばかりなので、知らないことが多いんですよ〜」
ピキッ、と同じような音がエリーナから発せられた。
「ふぅーん、いいわ。こんな所で言い合っていても仕方ないし始めましょ?どーせ勝つのは私だけど」
「大人はこれだから、足元をすくわれるんですよ。小娘だからって油断して。勝つのは私です」
バチバチと両者の間で火花が散り、数秒の静寂が訪れる。
「「……」」
そして、
「ガキ」
「年増」
ほぼ同時につぶやかれた暴言によって、開戦の火蓋が切って落とされた。
「精霊よ・舞え」
エリーナの一言で突如、荒れ狂う炎の竜巻が姿を現した。
「さて、小手調べよ!」
ゴォォォと音を立てて竜巻はジリジリとユキとの距離を詰めて行く。
「あらあら!さっきの威勢はどうしたの!」
このまま何も出来ずに直撃すれば、確実に近づく炎の奔流によって、ユキの体躯は宙を舞う…はずだった。
「な…どうして…」
ユキまで残り2メートルを切った所で、炎の竜巻は動きを止め、その威力をまるで何かに削り取られていくように弱めていた。
「簡単なことです。あなたが放ったあの竜巻は、初心者が当たっても軽い火傷くらいで済む超低威力に調整されていましたよね?そんなゆるい攻撃、私には届きません」
「詠唱もなしで一体なんの魔術を使ったの!?」
エリーナからは明らかな焦りの表情が見受けられる。事実、魔法を相殺させるということは相手の魔法と同等程度の魔法で打ち消す必要がある。しかし、ユキは魔法を使った素振りを見せていない。
「私、魔法なんて使ってないです」
「嘘おっしゃい!」
「…奥の手とかそうゆうのではないのでお教えいたしますけど。私は特殊な体質で水魔法の氷系統の魔法しか使うことができないんです。それにマナ自体が特化しているせいで、マナを解放すると外気に影響が出てしまって…なので、あの程度の魔法ならマナを操作するだけで対処可能です」
それなりに長い時をギルドマスターとして過ごしてきたエリーナは、特定の属性へ特化している魔法師ならそれなりに目にしたことがある。しかし、マナ自体が氷系統に特化しているなど聞いたこともなかった。
「はぁ…謝るわユキ。あなたの実力を見誤った。試験は文句なしに合格よ」
「え、え?そうやって素直に謝られると反応に困るのですが…合格というなら文句はありません。ありがとうございます」
「そう。だから、これからは先は特典つきよ」
「特典?」
「そうよ。このまま模擬戦を続けて、あなたが勝ったならギルドマスター権限でランクをCからスタートさせます」
驚きの条件の元。ユキVSエリーナの二回戦が幕を開ける。
––一方その頃シュウは…
「いやー、あの二人が本気になったら…多分、結界壊れるんじゃないかな」
訓練場の一角でシートを広げ、アイテムボックスから取り出したお茶と茶菓子を取り出し、くつろいでいた。
「多分じゃなくて、十中八九壊れるだろーな。エリの実力もそれなりだけど、さっき見せた小娘のマナ…あれがまともに食らって耐えられるはずはないな」
ズズズーとお茶をすすり、はぁーと満足そうな顔を上げたのは茶髪に可愛らしい猫耳を震わせる少女…と言うよりも幼女がシュウの隣でくつろいでいた。
「だよなー」
「そーそー」
2人は顔を見合わせると、えへへへと笑い合い、お茶菓子をパクリ。その後、湯飲みに手をかけ、
「「ズズズー」」
「「はぁ〜」」
目の前で行われようとしている戦いと同じ空間に、何故かほっこりした空気が流れている。見るものが見れば非常識、無礼、などその他多くの罵詈雑言が飛び交うのかもしれないが、幸いにもこの場にはマナを高め、戦いに備える乙女2人とズズズー、はぁ〜をリズミカルに行う幼女と男の4人だけ。咎めるものなどいない。
「ところでー、そこの幼女。ちょっと聞いてもいいか?」
「んー?あー、お茶をご馳走してくれたお礼だしな。何でも聞いていいぞ」
「んじゃ、まず一つ。どちら様です?」
「あたちか?あたちは通りすがりの魔法幼女だ」
「通りすがりの魔法幼女って…今時の学校行かない不良幼女は魔法使いになれるのかよ」
シュウは平然としているが、実はこの幼女、気配なくシュウに近づきいつのまにかちょこんと横に座っていたのだ。
敵意があったら死んでたなー、と内心シュウは苦笑いを浮かべていた。
「お主こそ何者だ。このシート、お主が認めたもの以外が入ってきた場合。呪術が発動する仕掛けになってただろ。あたちじゃなきゃ死んでたよ!」
「いやいや、氏にはしないよ…それにしても、踏み込んだ瞬間に発動するように作ったマジックアイテムなんだけど」
実は迷宮で見つけた強力なマジックアイテムを組み込んで、自作の呪術を吹き込んだ自作品だったのだが…こうもあっさり破られては言えるはずもない。
「ま、あたちのことはどーでもいいよ。それよりあっち!君はこの戦いどー思うかね?」
多少ババくさい言い回しが目立つが、幼女は幼女らしい屈託のない笑顔を浮かべシュウに問う。話を逸らされたことに若干の不満を覚えながらも、渋々といった風に答える。
「あー、この2人が本気でやったらだろ?そりゃ––––」
「精霊よ・散れ」
エリーナの全身から赤い光が散らばり、エリーナを中心に半径5メートルをふわふわと浮遊しだした。
「何ですかこれ?」
不思議そうに眺めるユキ。魔法の発動に魔法陣を解さない精霊魔法は術者の数も少なく、大変貴重な魔法だ。そのため、ユキは精霊魔法を知らず、目の前の光景に疑問と警戒を強めるだけだ。しかし、その答えはすぐにわかった。
「火を放て」
いきなり後ろに赤い光が数個現れ、火炎放射が放たれた。
先ほどとは比べ物にならない威力の炎がユキを襲い、さすがのユキも顔を歪めた。
「渦を巻け」
一方方向に放たれていた火炎が突如渦を巻きだし、巨大な竜巻と化す。
「くっ…氷の壁よ・強靭な盾となりて・我を守れ」
苦しみながらもユキは魔法を完成させた。ユキを中心に形成された小売の結界は、高威力の炎に耐えきり、霧散した。
「ふふ、あなた、やっぱやるわね」
「いえ、それはこちらのセリフです。口だけのギルドマスターかと思いましたが、その認識を改めなくてはなりませんね」
「ありがとっ、でも手加減はしないわよ?」
「もちろんです。と言うか手加減したら死にますよ?」
「あっはは、冗談に聞こえないのがタチが悪いわね」
「次はこちらから行きますよ。氷の剣よ・多の刃となりて・討ち滅ぼせ」
10…いや20本の剣の持ち手の部分が半身が飛び出た氷の刃が、魔法陣の中から現れた。
「・意志を持ち・我が騎士となれ」
魔法とは、詠唱によって発動し、詠唱を重ねるとより緻密な、また高威力な魔法が発動される。ユキが行った5節詠唱は上位魔法に位置する。大きな魔法陣の中から現れたのは、氷の騎士三体。ユキは剣の魔法陣を三体の騎士の横へとスライドさせ、騎士たちはその件を引き抜いた。
「詠唱、待っててよかったのですか?」
「いいわよ。こっちも準備できたし」
いつのまにか赤い光が消え、エリーナの色っぽい笑みが熱を浴びるだけ。しかし、その瞬間、周囲に広がる炎の陣が物理的な温度を上げる。
「赤き炎の精霊よ・我の求めに応じ・顕現せよ」
思わず眉をひそめる灼熱を撒き散らし、真っ赤なドレスを身に纏う女型の精霊が現れた。
「ゆけ、氷騎士!」
騎士が放つ一筋の立場が、銀色の線を描いて精霊へと振り下ろされる。精霊はその太刀をマナで受け、押し返す。その時の衝撃で氷の剣は砕け散り、精霊は好機とばかりにそのままマナを込めた手刀でなぎ払おうと、手を振り上げる。が、先ほどとは違うもう一体の騎士が、体勢を崩した騎士の脇をすり抜け、精霊へ一太刀を食らわせた。だが、その騎士の剣もまたバラバラに崩れた。
一太刀食らったものの、二体の騎士の獲物が消え完全に優勢に見える精霊。しかし、最初に攻撃してきた騎士が上段に剣を構え振り下ろす。精霊は間一髪それを回避した。
「な、あの数の氷剣は剣自体の脆さを数でカバーしているのね…連携も中々だし、厄介だわね」
思わず下を巻くエリーナ。遠距離からの攻撃が多い魔法師が接近戦を選択し、精霊と肉薄している。現に今も、精霊から剣を砕き、腕を飛ばされてながらも激しい打ち合いをしている。
「あーもう!精霊よ!魔法の使用を許可––」
「させるわけないじゃないですか、私の騎士はもう一体いますよ」
なっ!と声を上げた時にはもう遅かった。剣を首筋に突きつけられ、エリーナは身動きを封じられた。
「私の方のようですね」
勝ち誇るユキ。しかし、数秒後その笑顔が驚愕に変わった。
「はは…何とか間に合ったみたいね」
ユキが使役していた騎士は跡形もなく崩れ落ちた。そして、足元に魔法陣が現れ、赤い鎖がユキの体を這う。手足を縛られ、身動きができないまま、その場に倒れ込んだ。
「一応、勝負ありよ。ユキ」
模擬戦というにはあまりに壮絶だった2人の戦いは、辛くもギルドマスターエリーナの勝利で終わった。




