後編 野々村視点
ドリームキャッスルの正面扉にいた真田を、心配そうに見つめる一つの視線があった。
「あっあいつ、女の子と話してないか?」
お城の後方にある樹木の陰に隠れて様子を窺っていたのは、野々村だった。
一度は逃げ出した彼であったが、真田に申し訳なく思い、引き返してきたのである。見かけた真田に声をかけようと近づいたところ、城内から現れた不可解な女の子が視界に映り、木陰に隠れた次第である。
「えっ!? 今、引きずり込まれたような?」
真田が、赤いリボンをした女の子に腕を掴まれて城内に強引に連れ込まれた一部始終を、野々村はしかと目にしていた。
茫然自失。にわかには信じられない光景。
真田が消え失せたのと連動するかのように、重厚な正面扉はゆっくり閉ざされた。
「ど、どうしよう?」
決して開くはずのない扉が開いてしまった。それはつまり、都市伝説の噂は本当だったということだ。
もし、野々村が真田を助けに行くとしても、彼の二の舞になる可能性が大いにある。
鐘の音はまだ止む気配はない。だが、このまま立ち止まっていたらいつかは鳴り止み、その扉が開くことはないかもしれない。
「ううっ、行くぞ、やってやる」
防犯対策用として持ってきた野球用の金属バットを握りしめ、野々村は一歩、また一歩と正面扉に接近した。
ノックを三、四、五と計十二回してから反応を待つ。
すると真田のときと同様、両開きに扉が動き出した。
そして、扉の内側にいた子供を視認し、顔が引きつる。
「先生、早くして。他の生徒も待ってるんだから」
真田が見たのは少女だったが、野々村の前にいたのはキャップを被った少年であった。
逃げ出したい衝動を必死にこらえる。
恐怖に苛まれていたはずの野々村だったが、真田と似たような感覚に陥ったのか、不安が払拭される。
少年が差しだした手の方へと、じりじり歩み寄ってしまう。
そこで、意外なことが起こった。
「やめて! 痛いのはもうやだ!」
少年は、突如何かに怯えるように、城内へ走っていってしまう。
放心状態だった野々村は、パッと目が覚めるように正気に帰った。
「何だったんだ? 今の」
よくわからず戸惑う野々村。
ひとまずそれは置いておき、眼前の問題を優先する。
「こんな真っ暗闇、入りたくないな~」
震える足に鞭打つように、足を前に踏み出した。
「ひいっ」
出し抜けに点灯した燭台に思わず奇声を上げた。
真田が通った廊下をなぞるように、野々村は歩を進める。
延々と続く一本道。
及び腰になり、しきりに辺りを警戒しながら、前進する。
「おーい、真田ー。いるかー? い、いたら返事してくれー」
震える声で懸命に声を張る。
しかし、彼の声が真田に聞こえることはない。
なぜなら隠し扉のある位置はとうに過ぎているのだから。
気が遠くなるほどの長い廊下にも、終わりが見えてきた。
廊下を通り抜けてやってきたのは、大広間のような場所だった。
野々村がやってくると、光が空間上に溢れ、大広間の全貌が明らかになる。
「うわ、眩し」
彼の目にまず飛び込んできたのは、特大サイズの蠟燭のシャンデリアだ。天井からぶら下がって、舞踏会でもできそうな空間を爛々と照らす。
そしていくつも垂れ下がる紋章の描かれた垂れ幕。
広間の両端には、一定間隔で騎士の模型が置かれていた。
大広間の最奥には、上の階へと繋がる左右の階段。馬蹄形で外側にカーブしている。
雰囲気に圧倒される野々村。
さっきまでの不安感が和らぎ、迷うことなく奥へと向かう。
と、数歩前へと進んだところで、何かが迫りくる音が両方の耳に届く。
金属同士を擦り合わせたような……足音?
「へ……? ぎゃーーーー!」
飾られていたはずの騎士の模型。通った野々村に反応したかのように、両端の二体が追跡してきた。
「来るな来るな来るなーーーー!」
全力疾走で大広間の中央を駆け抜ける。
反面、騎士の模型の真横を通るたび、次々と追跡者の数が増す。
総勢十二体になった騎士が、野々村のすぐ背後まで接近する。
階段まできてそのまま駆け上る。
上り切った先の通路をそのまま突き進む。
真後ろにから聞こえてくる鎧の音は今だに止んでいない。
遠方に部屋の扉が見えてきた。
扉まで残り数歩――。
「うわっ」
あろうことか、躓いてしまう。
そのまま倒れ込むように、扉の内側に進入。
タイルの床を数メートル滑走した後、停止した。
「いつつ」
床を滑った際にできた擦り傷の痛みに、顔を歪ませる。
野々村はすぐに後ろを振り向く。
「あれ? ここまで追ってこないのか」
扉一枚隔てた向こう側には、まだ気配が残っている。
しばらくすると、気配が遠のいていった。
改めて周囲を見回してみる。
さっきいた大広間に匹敵するほどの広大な場所。中心の赤絨毯を囲むように、円柱が何本も連なっていた。
燭台の灯による薄暗さと、神々しい雰囲気に、気圧される。
生唾を飲み込みながら、未知の世界を歩み始めた。
手探り状態で進んでいると、先の方に段差が見えた。
段差の上には、玉座のような立派な椅子が鎮座する。
さらに、玉座にいた何者かが、こちらを見下ろしていた。
「まさかここに人がやってくるとは」
「ひいいい」
謎の人物の声に、野々村は後ろに大きくのけ反り、大層尻を打ち付ける。
「ああ、怖がらないでくれ。別に取って食おうとする気は毛頭ない」
野々村は体を起こして立ち上がり、玉座に座る人物を見る。
年齢は三十代付近。眼鏡をかけた温厚そうな外見の男性。日本人らしい顔立ちで、玉座にはとてもじゃないが似つかわしくない。
「あのー、あなたは一体?」
勇気を振り絞って野々村は問いかける。
「私かい? 何といえば正しいのかな。元教師、といったところかな」
「は、はあ」
「私はどうしてか、この玉座の間から出られないんだよ」
意味を理解できず、首を傾げる。
「少し、昔話に付き合ってもらえるかな?」
野々村は無言で頷いた。
「五年前、まだこの裏野ドリームランドが営業している頃、私は教師として子供たちと一緒に遠足にやってきた。いくつかのアトラクションを巡った後、このドリームキャッスルの中に入る。そこで子供の一人が隠し扉を発見した。私はこれもアトラクションの一環かとそのときは信じて疑わなかった」
目の前で語る元教師は、辛そうに顔を伏せる。
「子供たちと地下を進んでいくと、扉の一つに辿り着いた。扉を開けて入室すると、真っ暗で何も見えない。そして突如、扉が施錠されて出られなくなってしまった。子供たち全員を含めたみんなが閉じ込められた。不安が込み上げる中、照明が点灯して視野が回復する。だが私たちの正面には、見知らぬ男がいた。金属バットを手に握るその男はこう発した。『ようこそ拷問部屋へ』その男の顔を見たときピンときた。指名手配中の通り魔の容姿とそっくりだったから」
元教師の言葉に、ある記憶が脳裏をよぎる。
裏野ドリームランドでの引率の先生と子供たちの失踪事件。失踪者は発見できなかったものの、意外な人物が見つかる。
通り魔事件で指名手配された犯人である。
失踪事件との関連性について犯人に問い詰めるも、身に覚えがないと主張。
捜査は打ち切りになってしまった。
「私は子供たちをかばうように前に立ち、懇願した。『どうか、子供たちだけは見逃してくれないか』男はある条件を提示した。『いいだろう。ただしお前がここにある全ての拷問に耐えられたらな』私は絶叫を上げながらも、必死に耐え抜いた。しかし容赦のない死へと誘う拷問に、体の方が持たなかった。気づいたときには、死霊としてこの広間に隔離されていた」
壮絶な回想に言葉を失う野々村。
「子供たちはあの後どうなったのかわからないが、おそらくは……」
諦観漂う表情を浮かべる。
野々村は、入り口にいた少年、そして真田を連れて行った少女を思い出す。
「あの、俺、このドリームキャッスルに入る入り口で、二人の子供を見かけたのですが……」
「それは本当かね!」
子供二人の特徴を元教師に伝えた。
一度は明るくなった彼の顔色は、話しているうちに段々と曇り始める。
「そうか……、もしかしたらと思ったがやはりもう」
「えっ? どういうことです?」
「君の情報に間違いがなければ、私が知っている外見と同じということになる。私が死んだのは五年前だ」
「あ……」
容姿が成長していない。
「私と似たような状況なのかもしれない。いや、君の話を聞いて推測するに、意思というもの自体介在していなさそうだ」
野々村は子供たちの凄惨な運命を悟ったのか、ひどくやるせない心境になる。
同時に、自分の友人が同じ目に遭っている事態を想定した。
「ここには俺以外に来ていないんでしたよね?」
「うん。君が初めてだ」
「友人が女の子に腕を掴まれて、城内に入っていったのは事実です。もしかすると、あなたの言っていた隠し扉で地下に行ったのではと思うのですが」
「確かにその可能性は大いにある。よし、私が案内しよう……と言いたいところだが、いかんせん、この空間からは出られない」
しまった、という風に相好を崩す。
「あの、隠し扉に繋がる騎士の模型のあった場所を教えて下されば、自分で行きますよ」
「いや、私としても子供たちを正気に戻してあげたいから、何としても行きたい」
元教師は顎に手をやり、考え込む仕草をした。
「物は試しになるのだが、君が扉を開けた状態にして、そこを通り抜けられないだろうか?」
「そうですね、やってみましょう」
今までは扉さえも開けなかったようだ。
野々村が両開きの扉を開け放つと、元教師の男は難なく通過することができた。
「ようやく抜け出せたよ」
「よかったですね」
問題の大広間まで戻ってくる。
不思議なことに、騎士の模型が襲いかかってくることなく、スムーズに隠し扉のある位置まで移動してきた。
「確かこの辺りに……」
騎士の模型の背中付近を手探りで探す元教師。
カチッと音がして、真横の壁の一部が動きだした。
階段を降りて地下の廊下を直進。そのとき!
「ギアアアアアアァァァ」
人間ものとは到底思えない、発狂する声が響き渡った。
「この声、真田だ!」
「まずい早くしないと手遅れになりそうだ!」
ダッシュで廊下を一気に駆け抜け、教室にあるものに似た扉を開ける。
「くそ、開かない!」
「私と一緒に、体当たりしよう!」
せーの! という掛け声で体当たりし、扉を打ち破った。
教室の風景を尻目に、拷問器具のあるスペースまで駆け寄る。
「おい! 真田、大丈夫か!?」
器具に縛り付けられた状態の彼は、両手両足を、異常なまでに引き伸ばされていた。
すぐに縄を解いてやる。
「ぐうっ、じぬかとおぼった」
顔面全体を涙や唾液で濡らし、寸前までの阿鼻叫喚な有り様が伝わる。
野々村と元教師がくると、周囲にいた子供たちの様子が変化した。
「先生!」
「先生、やっと会えた」
「ふええん、先生」
虚ろだった目に光が灯り、一斉に元教師と抱擁する。
「お前ら、辛かったろうに。ごめんな、助けてやれなくて」
五年の時を経て、教師と生徒は再会を果たした。
望んだ形ではないけれど、確かにそこにいる。
「君たちにも大変迷惑をかけたみたいだ。本当にすまない。そしてありがとう、私たちを救ってくれて」
負傷した真田と野々村の方を向いて、元教師は言う。
「いえ、こちらこそ友人を助けていただいてありがとうございました」
野々村がお礼を述べた直後、子供たちと先生がいる付近一帯が、燦然と輝き始めた。
全身が透過し、存在が希薄になってゆく。
蛍光のような粒子となった個々の御霊は、天高く昇っていった。
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命からがらドリームキャッスルを抜け出した二人。
手足を脱臼した真田を野々村が背負い、そのまま病院まで運んだ。全治一か月だそうだ。
ドリームキャッスルでの出来事を伝えるため、野々村は警察署に赴く。
死霊の話は半信半疑だったが、隠し扉は事実だったので、再調査してもらった。
最初は野々村たちが疑われたが、通り魔の犯人に直結する証拠と、子供たち、教師の遺体が見つかり、嫌疑は晴れる。
のちに、服役中の通り魔の犯人には、死刑が宣告された。
補足というか蛇足。
通り魔の犯人は、過去にドリームキャッスルの建築に関わっていた。
最初は地下を作る予定だったが、途中で方針変更になり、地下をなかったことにする。
だが、他の者たちに黙って彼は独断で地下を建設していた。




