笑っていたはずが…。
結は、目的のショップに着くと一目散にキッズのコーナーへ向かった。すべての服が親子お揃いのデザインが出ているとは限らないので、モノがあるかどうか、ということを確認しないといけないのだが、このワンピースなら出ているような気がしていた。
「みーつけた!」
結の予想通り、キッズサイズのそれは売られていた。運よく瑠花のサイズも出ていた。手に取って喜んでいると、後ろから声をかけられた。
「いらっしゃいませ。サイズはよろしかったですか?」
佐田の声に振り返ると、彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「あ。昨日の…。さっそく着てくれてるんですね。よくお似合いですよ。」
「ありがとうございます。娘も同じのが欲しいって言うから買いに来たんです。」
「お子さん、いらっしゃるんですか?」
「はい。二人います。」
佐田が一瞬だけ沈黙した。
「…そうだったんですか。」
「どうかしましたか?」
「いや、その…、お若く見えたので。」
「もう、おばさんをからかっちゃダメですよー。」
結がケラケラと笑う。佐田がつられて照れくさそうに笑う。
「……ッ!」
結は、笑っているうちに急に胸がドクドクし始めた。今朝の一瞬のあれとは比べ物にならない。痛みもある。思わず胸を押さえてしゃがみこむ。
「大丈夫ですか?」
「…だ…大…。」
大丈夫、と言おうにも、痛さと苦しさで言葉が出ない。
「椅子を運んできてください。」
佐田が近くのスタッフに指示をした。そして結を抱えるようにして、運ばれてきた椅子に座らせる。
「…ごめんなさい…。少し休めば…たぶん…。」
「よかったら飲んでくださいね。」
佐田がミネラルウォーターの小瓶を用意してくれた。
「すみません…。」
小さな声で言うと、佐田は小さくうなずいて、売り場に戻っていった。
…どうしよう。まだ苦しい。
5分が経ち、10分が経ち、…最初ほどではないものの、まだ鼓動が激しい。胸の痛みもある。もらったミネラウォーターを飲む気にもなれないまま、15分が経過した。
「どうですか?」
佐田が心配そうにのぞきこんできた。
「どうしよう…。なかなか良くならなくて。…ッ!」
強い痛みが襲ってきた。
「大丈夫ですか!」
佐田が思わず大きな声を出してしまったので、静かだった店内が佐田の声でざわっとした。それまでは、静かに対応していたので、ほかの客にはほとんど気づかれていなかったのだ。
意識はあるものの、胸の痛みと苦しさで、返事ができなくなっている。
「ママ。ありがとう。」
瑠花が例のワンピースを着て、クルクル回っている。
「よく似合うよ、瑠花。」
…よかった。瑠花、気に入ってくれたみたい。
「瑠花…?」
誰かが手を握っている気がして目が覚める。
「気が付かれましたか?ここは病院です。」
「どうして…?」
目の前にいたのは、佐田だった。横になっている結の手を握っていたのは、瑠花ではなく佐田だったのだ。
結にしてみたら、わけがわからない。ワンピースを見ているうちに気分が悪くなって…。気づいたら、横になって点滴までしている。さらに佐田が手を握っている。
瑠花がワンピースを着ていたのは、夢だったのだと、やっと気がついた。
「ワンピースは?さっきまで見ていた、ワンピースは?」
「ご安心ください。お取り置きしてありますよ。」
「よかった…。」
ホッとしていると、乱暴にドアが開き、夫の恭志が入ってきた。佐田が付き添っていることに戸惑いの表情を浮かべている。
「恭志…。」
「ショップのチーフの佐田と申します。」
「このたびはご迷惑おかけしました。」
佐田が立ち上がって挨拶をすると、恭志も頭を下げる。
「ではこれで失礼します。お取り置きしてありますので、またいらしてくださいね。」
深々とお辞儀をして帰っていく佐田に、どこか引っかかるものを感じる恭志だった。