読書/谷崎潤一郎『陰翳礼讃』 ノート20180121
谷崎潤一郎『陰翳礼讃』をたまたまみかけたので手に取ってみる。wikiでみてみると、書かれたのは1933年で、戦後になって翻訳されてアメリカで出回り、欧州の知識人達に影響を与えたとある。ちょうどそのころか、ノーベル文学賞候補になったという話も耳にしたことがある。
『陰翳礼讃』というのは、エッセイであり、著者の日本美に対する仮説だ。日本美はつきつめると、奥まった部屋にある暗がりに、蝋燭を立て、ぼんやりと浮き立つ掛け軸をみて美しいと思うところにあるとする。そのコンテンツのもとに、著者の作品群は連なっている。
谷崎文学作品群で私が現在までに目を通したのは、本作の他では、『卍』『痴人の愛』そして読みかけの『細雪』のみだ。『陰翳礼讃』のなかで、日本料理は味よりもむしろ、見た目、やわらかな光線で味わうものだとしている。羊羹は別段美味くもないのだけれども、薄暗い茶室で食うと美味に感じるのだという。
西洋のなす電気は強すぎる。日本ははからずも西洋文明と同化してきているので、やがて日本美は消滅する。ゆえに文学の中に保管しておきたいのだと述べている。
――17世紀に、オランダの画家レンブラントが光に注目しているのだが、谷崎的にはあれはクリアすぎて西欧の色だと断じることだろう。どちらかというと19世紀に、やはり、光に注目した葛飾北斎の娘・応為にとても近い感覚だと考えられる。
谷崎文学にときたま登場する言葉にこんなのがある。日本人の肌の白さと西洋人の肌の白さとの比較で、日本人の白い肌というものにはどこかしら濁った影があるのだが、対する西洋人の白い肌というものにはこういう濁りや影がないのだという。このあたりの濁りや影を、『痴人の愛』の登場人物は、コンプレックスとしているのだが、逆に、本作では日本文化の特色だといっている。そのあたりが、崩壊しゆく日本美を表しているのだろう。
崩壊しゆく日本の美といえば、昔、関川夏央原作・谷崎ジロー作画による『坊ちゃんの時代』(双葉社1987年)という漫画があってここに示されていた。夏目漱石が坊ちゃんを執筆した時代背景とモデルといわれている人物達を追った内容だ。そのなかに登場するマドンナは近代女性を象徴する存在であり、対して、坊ちゃんを養育した姥・清は旧時代を象徴する存在なのだという。具体的には二人の女流作家、平塚らいてうと樋口一葉との対比となっている。
『陰翳礼讃』を読むとときたま夏目漱石の名前がでてくる。そのあたりどうも、谷崎潤一郎は、夏目文学世界の正統後継者は俺だといわんところとしているようにも感じる。作中に出てくる夏目漱石作品は『草枕』だ。
谷崎作品『痴人の愛』の中に、主人公譲治とナオミが鎌倉へバカンスに行くシーンがあって、夏目漱石の『草枕』で、先生と《私》とが、鎌倉で出会う一節とを絡めている。そのあたりから、『痴人の愛』のナオミは、『坊ちゃん』のマドンナのパロディーなのだなあとも思える。
西洋文明という怪獣が、日本美を壊してゆく。その怪獣の具体的な姿というのが、洋風を真似てはいるのだが、どこかぎこちない、出来損ないの欧州美人・モダンガールという形で表現されているわけだ。
――リベラル系フェミニスト達から叩かれるような内容なのに、そうはみせないところが文豪閣下! さすがだ!
ゴジラ、ゴジラ、ゴジラとメカゴジラ、ゴジラ。ゴジラ、ゴジラとメカゴジラ。ゴジラとゴジラ……♬(とまらない)
ノート20180121




