第2話 龍王とリュウ(挿絵あり)
そこには、鬼気迫る鋭い目をした少年が立っていた。瞳は光を吸い込むように濁っていて真っ暗だ。腰の位置が高く、手足もすらりと長い。彼は右手に持った猟銃をゆっくりと下げた。
「ありがとう……お前も、無事だったんだな……リュウ!」
翠雨は安堵に胸をなでおろした。
永伝寺で出会った「リュウ」と瓜二つの容姿をしていたのだ。
しかし彼は、金髪ではなく黒髪だった。身に纏っているのは、光沢がかった現代風の着物だ。下は動きやすくズボンの形状になっている。彼は傍らに停めた巨大なバイクに背を預けるようにして佇んでいた。
バイクのライトによって、視界が明るくなったのだ。翠雨の不安は一気に安らいだ。
「リュウ……お前、無免許だろ? バイクなんて乗っちゃダメだよ……バイクがあるってことは、おれ達、タイムスリップした訳じゃないんだな。リュウは、ここが何処だか分かる?」
「……」
「返事くらいしろっちゃ〜!」
ロボ塚くんは置物のふりをして翠雨の足元で固まっている。
翠雨は堪えきれず、リュウの胸に飛び込んだ。
「リュウ……っ」
再会の喜びに震えながら、その背中をトンと叩いて見上げる。
人間とは思えないほど屈強な肉体であった。潜水艇から見た、海底の龍神像を思い出す。
「おれは、お前が何処から来た誰かなんて、どうでも良くて……ただ、無事でいてくれて良かった」
夜風が返事をするように、哀しげな音をあげる。リュウは目が乾いたのか、一度だけ感情の読めない瞬きをした。
見下したような目つきで、長い前髪をかきあげるだけだ。返事は無かった。
「リュウ……お前、おでこ……」
三十歳でハゲるとは思えないほど理想的な額をしている。初めて会った時より、遥かに額の面積が縮まっていたのだ。
翠雨はふと、自分の首筋が冷たい事に気づいた。背後から敵意を顕にした声が聞こえてくる。
「龍王様に何をする」
「……っ?!」
翠雨は黒衣の集団に完全に取り囲まれていた。胸元のエンブレムには「龍王護衛隊」の文字が刻まれている。彼らが突きつける刀の先端は翠雨の喉元を正確に捉えていた。
「……龍、王……?」
再び、銃声が響いた。
——パァンッ!!
銃口から漂う煙が、翠雨と龍王の間を流れていく。森の奥に潜んでいた新たな鵺が、龍王の持つ猟銃によって撃ち抜かれたのだ。
「なんで……見えたんだよ。あの暗闇で、どこに鵺がいるかなんて普通分からないだろ」
「君とは、違う世界を生きているから」
龍王はそう吐き捨てると、自身の長い前髪をかきあげながら指示を出した。
「彼から離れてください」
護衛たちが一斉に翠雨から距離を置く。彼らの会話が少しだけ聞こえてきた。
「彼? ……男なのか」
「役者の卵か何かだろう」
龍王はリュウよりも細く鋭い目で、翠雨の顔を覗き込んだ。言葉遣いだけは丁寧な人物であった。
「私の屋敷へおいで……家出か何かだろ? 匿ってほしいのなら、力になるよ」
翠雨は震えながら後ずさりをした。
「……お前は、おれが知ってるリュウじゃない」
龍王は敵意を剥き出しにする翠雨をよそに、楽しげに首をかしげた。
「私にソックリな顔をした、『リュウ』という男と知り合いなのか?」
肌寒い春の風が、龍王の足元に咲いた小さなタンポポを揺らす。龍王は息の根を止めるように踏みにじると、不敵な笑みを浮かべた。
「私が本物の龍だ。君が知っている『リュウ』は……『偽物』だよ」
翠雨は辺りに散らばった鵺の死骸から、苦しそうに目をそらす。この世のものとは思えない程、異様な姿をしていた。
「生き物に偽物なんて言うな……それじゃ、まるで『生まれてきたこと自体が間違い』だった命があるみたいじゃないか」
近くに横たわっていた、鵺の目元がキラリと光った。
その時、翠雨の懐から、スマートフォンの形を模したデザインのメモ帳、「ツブヤキ帳」がこぼれ落ちた。溶怪会入会員限定プログラムで貰った、例のメモ帳だ。拾おうとした指先より早く、龍王の視線がそれを捉える。記名欄には翠雨の文字で、見慣れた名が記されていた。
【 王階 翠雨 】
龍王が呪いを唱えると、ノートは青い炎に包まれ、一瞬で灰になってしまった。翠雨が描いた龍の絵が、生き物のように浮かび上がり消えていく。信じ難いが、魔術にしか見えなかった。
龍王は救世主のように手を差し伸べてきた。
「おいで……一緒に帰ろう」
翠雨は渾身の力で振り払う。
「お前の言うことは信じられない。お前は……おれのお父さんと同じ目をしてる!」
龍王の目に、初めて光が宿った。
「気に入った……君の父親にも会わせてほしい」




