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第9話:平穏と変化

球技大会の喧騒が去り、訪れた平穏な日々。

しかし、楓の周囲では「ある変化」が起きていました。

なぜ彼らはバイクに乗るのか。

北海道の田舎が突きつける、笑えない「交通事情のリアル」をお届けします。

挿絵(By みてみん)



 熱狂の球技大会が幕を閉じ、学校には再びいつもの平穏な日常が戻ってきた。



 筋肉痛もようやく癒え、首に貼っていた湿布ともおさらばした。



 だが、あの大会を境に、俺の周囲には一つ、非常に大きな変化が生じていた。

 それは、「呼び名」である。



 発端は、あの二人の悪友だ。



 吉川が俺のことを遠慮なく「りん!」と呼び、ムツがさらりとした顔で「りゅーたん」と呼ぶもんだから、それがクラス中に、そして学年全体にまでバイ菌のように……もとい、急速に広まってしまったのだ。



 今や、先輩や同級生からは「りん」「りゅーたん」「りんちゃん」。

 あまつさえ、顔も名前もよく知らない後輩からまで「りん先輩!」と、親しげに呼ばれるようになってしまった。



「……人の名を! ずいぶん気安く呼んでくれるじゃあないか」



 椅子から立ち上がりながら、いかにも「馴れ難いのは困るんだよな」といった風な、苦りきった表情を作ってみせる。



 嘘だよ。

 本当はそんなこと思ってないよ。

 全部嘘だよ。

 みんな、仲良くしよう。



 脳内妄想の中で、鬼を斬ってそうな少年が俺を諭す。

 鏡を見れば、俺の鼻の下はかつてないほど全開に伸び切っている。



 そこへ、背後から遠慮のない声が飛んできた。



「ちょっとりん、ニヤニヤしすぎ。ウチらまで変態の仲間だと思われたらどうすんの!」



 声の主は井上さつき(さっちゃん)だ。

 彼女は俺の机に腰掛けると、呆れたようにため息をついた。



「……さっきから女子に呼ばれるたびに、だらしのない顔して、少しは自重しなさいよね」



 隣で冷たく言い放つのは、春日葵ハルちゃん

 お淑やかな見た目に反して、言葉のナイフが鋭すぎる。



「……いいじゃないか。愛称で呼ばれるってのは、それだけ俺の徳が高い証拠なんだよ」



「徳っていうか、ただのいじられキャラでしょ?」



 さっちゃんがケラケラと笑う。



 ハルちゃんも「吹奏楽局の副局長なんだから、しっかりしててよね?」と俺を正す。



 ……そう。

 周りがどれだけ「りんちゃん」だの「りん先輩」だの華やかに盛り上がっていても、この二人だけは変わらない。



 幼馴染に近いような、この遠慮のない距離感。

 だからこそ、恋愛的な「何も無いのよ」。

 やっぱり、家族感が強すぎる。



 さて、ここらで少し、真面目な解説に時間を割かせてもらおう。



 俺たちが通うこの不動高校が、なぜ「バイク通学」という、全国的にも珍しい特権を許可しているのか。



 今どきの公立高校で原付通学が認められるのは、極めて異例なことだと思うんだ。

 校則に厳しい学校なら、「三ない運動(免許を取らせない・買わせない・運転させない)」が健在なところも多いだろう。



 だが、うちの高校には、田舎特有の特殊な「規定」が存在する。



 それは、通学距離が一定以上(十キロ以上)あり、なおかつ公共交通機関の利用が著しく困難な「交通不便な者」に限る、というものだ。



 俺の場合、前にも話した通り、バスはあるにはある。



 だが、その本数は絶望的なまでに少なく、あまつさえ土日祝日は通学バスが運休する。

 これでは部活にも行けない。



 ムツも住んでいる場所こそ違うが、同じような文明の辺境に身を置いている。



 その結果、全校生徒の中でバイク通学を許されているのは、わずか十五人ほど。

 俺たちは、不便な土地に住んでいるからこそ選ばれた、悲しき「希少種」なのだ。



 そして、この「公共交通機関」というやつには、もう一つ笑えない現実がある。

 俺の家から学校までのバス料金。これがなんと、片道六百三十円もするのだ。



 往復すれば千二百六十円。

 ここで少し、比較をしてみよう。



 大都会・東京駅から茨城県のつくばセンターまで、距離にして約六十二キロ。

 この区間を高速バスで移動しても、だいたい千二百円から千三百円程度だ。



 ……おかしくないか?



 東京から茨城まで高速道路をかっ飛ばして行くのと、北海道の田舎道をトロトロ走る十四キロのローカルバスが、ほぼ同じ値段なんだよ。



 一キロあたりの単価で考えれば、俺が毎日利用していたバスは、もはや「高級リムジン」に匹敵する贅沢品だよ。



 田舎の交通事情は、都会の人が想像するよりも、はるかに厳しく、そして世知辛い。



 十四キロの道を「高すぎて乗れない」か「本数がなくて乗れない」かの二択で迫られる俺たちにとって、五万円で手に入れた「コレダスポーツ」と、会長が履かせてくれたオフロードタイヤは、まさに生きるための生命線なんだ。



 そんなことを考えながら、俺は今日もイエローの車体に跨る。

 不便で、厳しくて、なかなか世知辛い。



 だけど、この相棒がいれば、どこまでだって行ける気がするんだ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


球技大会をきっかけに、周囲との距離がぐっと縮まった楓。

「呼び名」が変わるという、不器用な青春の小さな変化にニヤけてしまう姿は、どこか懐かしく温かいものがありますね(笑)

一方で、都会では想像もつかないような田舎の切実な交通事情。楓にとってコレダスポーツは、単なるバイク以上の「自由への翼」なのだと改めて感じさせられるお話でした。


もし「高級リムジンバス、高すぎる!」「楓の鼻の下、伸びすぎ(笑)」と少しでも思っていただけたら、ぜひ応援をお願いします!


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― 新着の感想 ―
交通事情はいかんともしがたいところですね。 (・∀・) 民間企業な訳ですし、自治体からの税金での支援があったとしても、ない袖は振れない……のかと。 (;∀;) バイクは良いものだ。 でも、シールド…
一日のバス代が1260円とは……。かなり痛い出費ですね。 小説が面白いのはもちろんですが、この小説を通して北海道の田舎のリアルを知ることが出来て、とっても新鮮で興味深いです!
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