第9話:平穏と変化
球技大会の喧騒が去り、訪れた平穏な日々。
しかし、楓の周囲では「ある変化」が起きていました。
なぜ彼らはバイクに乗るのか。
北海道の田舎が突きつける、笑えない「交通事情のリアル」をお届けします。
熱狂の球技大会が幕を閉じ、学校には再びいつもの平穏な日常が戻ってきた。
筋肉痛もようやく癒え、首に貼っていた湿布ともおさらばした。
だが、あの大会を境に、俺の周囲には一つ、非常に大きな変化が生じていた。
それは、「呼び名」である。
発端は、あの二人の悪友だ。
吉川が俺のことを遠慮なく「りん!」と呼び、ムツがさらりとした顔で「りゅーたん」と呼ぶもんだから、それがクラス中に、そして学年全体にまでバイ菌のように……もとい、急速に広まってしまったのだ。
今や、先輩や同級生からは「りん」「りゅーたん」「りんちゃん」。
あまつさえ、顔も名前もよく知らない後輩からまで「りん先輩!」と、親しげに呼ばれるようになってしまった。
「……人の名を! ずいぶん気安く呼んでくれるじゃあないか」
椅子から立ち上がりながら、いかにも「馴れ馴れしいのは困るんだよな」といった風な、苦りきった表情を作ってみせる。
嘘だよ。
本当はそんなこと思ってないよ。
全部嘘だよ。
みんな、仲良くしよう。
脳内妄想の中で、鬼を斬ってそうな少年が俺を諭す。
鏡を見れば、俺の鼻の下はかつてないほど全開に伸び切っている。
主に女の子たちが、あの手この手で俺の名前を愛称で呼んでくれるのだ。
何かが起きそうな、ラブコメの女神がこちらを向いて手招きしているような、そんな予感がしてならない。
ムツ、サンキュー。
吉川……お前にも、今回ばかりは一応感謝してやる。
さて、ここらで少し、真面目な解説に時間を割かせてもらおう。
俺たちが通うこの不動高校が、なぜ「バイク通学」という、全国的にも珍しい特権を許可しているのか。
今どきの公立高校で原付通学が認められるのは、極めて異例なことだと思うんだ。
校則に厳しい学校なら、「三ない運動(免許を取らせない・買わせない・運転させない)」が健在なところも多いだろう。
だが、うちの高校には、田舎特有の特殊な「規定」が存在する。
それは、通学距離が一定以上(十キロ以上)あり、なおかつ公共交通機関の利用が著しく困難な「交通不便な者」に限る、というものだ。
俺の場合、前にも話した通り、バスはあるにはある。
だが、その本数は絶望的なまでに少なく、あまつさえ土日祝日は通学バスが運休する。
これでは部活にも行けない。ムツも住んでいる場所こそ違うが、同じような文明の辺境に身を置いている。
その結果、全校生徒の中でバイク通学を許されているのは、わずか十五人ほど。
俺たちは、不便な土地に住んでいるからこそ選ばれた、悲しき「希少種」なのだ。
そして、この「公共交通機関」というやつには、もう一つ笑えない現実がある。
俺の家から学校までのバス料金。これがなんと、片道六百三十円もするのだ。
往復すれば千二百六十円。
ここで少し、比較をしてみよう。
大都会・東京駅から茨城県のつくばセンターまで、距離にして約六十二キロ。
この区間を高速バスで移動しても、だいたい千二百円から千三百円程度だ。
……おかしくないか?
東京から茨城まで高速道路をかっ飛ばして行くのと、北海道の田舎道をトロトロ走る十四キロのローカルバスが、ほぼ同じ値段なんだよ。
一キロあたりの単価で考えれば、俺が毎日利用していたバスは、もはや「高級リムジン」に匹敵する贅沢品だよ。
田舎の交通事情は、都会の人が想像するよりも、はるかに厳しく、そして世知辛い。
十四キロの道を「高すぎて乗れない」か「本数がなくて乗れない」かの二択で迫られる俺たちにとって、五万円で手に入れた「コレダスポーツ」と、会長が履かせてくれたオフロードタイヤは、まさに生きるための生命線なんだ。
そんなことを考えながら、俺は今日もイエローの車体に跨る。
不便で、厳しくて、なかなか世知辛い。
だけど、この相棒がいれば、どこまでだって行ける気がするんだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は少し真面目な「田舎のインフラ事情」のお話でした。
東京〜茨城間の高速バスと、北海道の十四キロのバス代が同じ……。
この格差、地方出身者の方なら「わかる!」と頷いていただけるのではないでしょうか。
愛称で呼ばれて鼻の下を伸ばしている楓に、
さらなるラブコメの試練(?)が訪れるのか。
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