第84話:砂浜の追憶
海編もいよいよ終盤。
空が真っ赤に染まる頃、水平線へと沈みゆく夕日を前に一列に並んだ俺たちは何を想うのか。
楽しかった時間の終わりと、避けられない未来への予感。
静かな波音の中で、それぞれの胸に去来する感情を描きます。
すべての片付けを終えた俺たちは、自然と一列に並んで海を眺めていた。
羽幌の空と海を真っ赤に染め抜く、巨大な夕日。
この時期、その陽光はちょうど天売島と焼尻島の真ん中へとゆっくり沈んでいく。
島々のシルエットを左右に従え、水平線へと至る黄金色の「光の道」が、波打ち際に立つ俺たちの足元まで真っ直ぐに続いていた。
「綺麗……だね」
里奈ちゃんが、祈るような小さな声で口を開く。
黄金色に縁取られたあの島は、地元じゃ『天国の島』なんて呼ばれることもある。
あんな風に光り輝いていれば、確かに楽園そのものだ。
「うん、マジすげーわ……」
吉川の声も、今日ばかりは冗談抜きで震えていた。
愛美は、さっきの水着ハプニングの余韻があるのか、少しだけ浮かない顔をして自分の肩を抱いている。
そんな静寂の中、ムツがぽつりと呟いた。
「このメンバーで海に来るなんて、一ヶ月前には想像もつかなかったな」
「本当だね。フミも里奈や亜沙子と、普通に名前で話せるようになったし」
少し意地悪な響きを混ぜて、ゆきちゃんが隣の皆ちゃんを見上げる。
「……また来年も、とは言えないんだよな」
言わなくていいことを、思わず口にしてしまった。
三年生になれば、進路や受験で死ぬほど忙しくなるだろう。
この「今の空気」をそのまま持ち越すことは、きっと難しい。
「海は無理かもしれないけどさ! またこのメンバーで遊ぼうよ。ね?」
里奈ちゃんの底抜けに明るい声に、沈みかけた空気がふわりと浮き上がる。
「おかしなメンバーだよな、本当」
皆ちゃんが笑いながら同意し、亜沙子さんが愛美に向かって優しく微笑んだ。
「こんなに楽しい海に誘ってくれて、愛美ちゃんありがとね」
その言葉を皮切りに、周りの面々も口々に愛美にお礼を言い始める。
さっきまでの愛美の曇り顔が、一気に晴れていった。
彼女は潤んだ目を手の甲で拭いながら、力強く頷く。
「……っ、先輩たちも、また絶対に愛美と遊んでくださいね!」
そこには、微笑みと、少しの寂しさが混じった涙が溢れていた。
みんなもまた気持ちが溢れて目頭が熱くなっていた。
「……船だ」
ミヤが指差す。
海を照らす光の道を、帰港するフェリーがゆっくりと横切っていく。
オレンジ色の逆光に照らされた船影と、等間隔に並んで立つ俺たちのシルエット。
誰も何も言わずにその景色を見つめる情景は、まるで古い映画のラストシーンのようだった。
大人になっても、この景色だけは決して忘れないだろう。
俺は熱を帯びた潮風を肺いっぱいに吸い込み、その情景を深く、深く目に焼き付けた。
帰りの車内。
助手席にはミヤ。後ろには俺と愛美、それからムツと萌奈美。
遊び疲れたムツと萌奈美は、お互いに頭を預け合うようにして深い眠りについていた。
なんだか、無垢な子供のようで可愛らしいなと思う。
愛美も、俺の肩に寄りかかって穏やかな寝息を立てていた。
「なあ、竜胆」
不意に、ミヤが前を向いたまま静かに口を開いた。
「ん?」
「俺、恋に落ちたわ」
「……だろうな」
「初めて、誰かを本気で好きになったのかもしれない」
「そうか」
運転席で、美沙さんがバックミラー越しに「ウフフ」と楽しそうに笑っている気配がした。
「俺、今までこんなに『大切にしたい』って思ったこと、なかったわ」
「うん」
「俺みたいなやつにも、あんな風に真っ直ぐ接してくれるんだぜ。……きっと彼女は、どんな人にでも優しくできるんだろうな」
「……そうだな」
「オレは、オレの出会ったやさしい人たちのタメに、がんばる」
「……ん? まあ……そうだな。お前らしいよ」
俺は適当に相槌を打つ。
どこかで聞き覚えのあるような、それでいて今のミヤにはこれ以上なく似合っている「決意」の言葉だ。
相変わらず熱苦しくて、不器用な男だ。
けれど、そんな風に真っ直ぐに誰かを想えるミヤの横顔が、俺は少しだけ羨ましかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
天国の島を望む夕景の中で交わされた、今の空気感を惜しむような会話。そしてミヤの真っ直ぐで不器用な決意。そんな彼らの姿は、どこか懐かしく温かい青春の輝きに満ちていましたね。
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