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第8話:英雄はもう1人?

球技大会、ついにキックオフ!

「文化部・竜胆楓」に課せられたのは、サッカーでの勝利という無理難題。

しかし、バス停ダッシュで鍛えられた(?)脚力が、思わぬ奇跡を呼び起こします。


 春の大イベント、球技大会。

 ついにその火蓋が切って落とされた。


 グラウンドに立ち込める砂埃、飛び交う怒号に近い声援。

 普段は静かな風景に溶け込んでいる学校が、今日ばかりは熱狂のスタジアムと化している。


 第一試合、相手は一年生。

 わがクラスの司令塔・ムツの作戦は、拍子抜けするほどシンプルだった。


「作戦を言うよ。俺がボールを持ったら、皆ちゃんは迷わずゴール前まで全力疾走して。俺はりゅーたんにパスを出すから、りゅーたんは前線でボールを追いかけて、ゴール前に蹴り出す。あとは皆ちゃんともう一人のサッカー部員が決める。これだけ!」


「……おいムツ。そんな雑な作戦、うまくいくのか?」


 俺は思わず聞き返した。

 俺は文化部だぞ。サッカーに関しては漫画の知識しか持ち合わせていない。

 だが、ムツは自信満々に親指を立てた。


「大丈夫。りゅーたんには『脚』があるからね」


 キックオフの笛が鳴る。


 試合が始まると、ムツの動きは本物だった。

 軽やかなステップで相手をかわし、ボールをキープする。俺は教えられた通り、パスを待つ体勢に入った。


 ムツが「走れ!」と叫ぶ。

 俺が駆け出した時には、すでに鋭いパスが放たれていた。


「って、遠いわ! それパスじゃなくてただの放り込みだろ!」


 叫びながらも、俺は全力でダッシュした。

 ここで、冬の間の五百メートルダッシュ――もとい、バスに乗り遅れる恐怖に追いかけられた地獄のサバイバルで培った底力が火を吹いた。


 俺の脚は、自分でも驚くほどの加速を見せる。ラインぎりぎりでボールに追いついた。

 確かに、ムツのパスは敵がいなくて、オフサイドを取られない絶妙なスペースに出されている。


「焦るな、俺! 落ち着け!」


 誰もいないサイドを駆け抜け、練習通りにゴール前へとボールを蹴り込む。

 そこには、風のように走り込んできた皆ちゃんがいた。


 鮮やかなシュートがネットを揺らす。

 ……まじか、ムツ。本当にうまくいくとは。


 一年生相手に三対〇で完勝。

 続く二年生との試合も、ムツの頭脳プレイで難なく突破してしまう。俺はただ、必死に駆け込むだけだ。


 しかし、喜びよりも先に疲労が襲ってくる。


「おいムツ、運動量が半端ないんだけど……。文化部に求めるレベルじゃないぞ」


 息を切らす俺を横目に、ムツは涼しい顔で決勝戦への準備を進めていた。


 そして迎えた決勝戦。相手は泣く子も黙る三年生。

 体格差も威圧感も段違いだ。


「ムツ、もう俺……走れないぞ……」

「わかった。じゃあ、りゅーたんは相手ゴール前に張ってて。チャンスは必ず作るから」


 足はすでに棒のようで、一歩踏み出すたびに筋肉が悲鳴を上げる。

 試合は一進一退の攻防が続き、時間は残りわずか。


 均衡を破ったのは、やはりムツだった。

 中盤でボールを奪ったムツから、前線の俺へ鋭いパスが飛んでくる。

 だが、その軌道は低いパスではなく、頭の高さを突くライナー性のボールだった。


「――ヘディング!!」


 いやいや、やったことないし! 怖いし!

 逃げようにも、ボールは一直線に俺の顔面に向かってくる。避けられん。

 俺は半ばヤケクソで、見よう見まねで頭を突き出した。


「くそったれーー!」


 ドゴン!!

 ぶっ!!


 ――ボールは友達……こわくない……ぜ。


 竜胆の顔面が描く放物線は栄光への架橋だ!

 ボールはゴールに吸い込まれる……ことはなく、弾き飛ばされるように皆ちゃんの方へ。

 さすがは我らがエース、皆ちゃん。その零れ球を完璧なボレーで捉え、劇的なゴールを決めた。


 歓喜に沸くクラスメイトたち。

 いやー良かった良かった、皆ちゃんナイスシュート!


 てか、ドゴン?

 今、俺の首から嫌な音がしなかったか?


「大丈夫か、いしざきくん!」

「いえ、竜胆です」


 結果、首を激しく痛め、そのまま交代。

 応急処置のために保健室へと直行した。


 試合は三年生への忖度(という名の地力差)もあり、惜しくも敗れて準優勝。

 だが、サッカーで二位という結果は、大健闘という他ない。


 表彰式では総合三位という好成績。

 球技大会が幕を閉じ、夕暮れの校舎には、活躍した英雄たちへの「告白」という名の祝福があちこちで舞い降りていた。


 その英雄の筆頭は、やはり皆ちゃんだ。

 後輩女子から体育館の裏に呼び出され、はにかみながら対応している姿が見えた。あいつ、今日だけで何人の心を撃ち抜いたんだ。


 一方、真の功労者(自称)である俺は、首に大きな湿布を貼り、体育館の隅で力尽きて横になっていた。

 満身創痍。シンデレラボーイへの道は、病院の待合室へと続いていたらしい。


 そんな俺の耳に、突然、鈴を転がすような可愛らしい声が届いた。


「りんどう先輩、首……大丈夫ですか?」


 え……?


 俺はゆっくりと、痛む首を庇いながら顔を上げた。

 目の前には、一人の生徒が膝をついて、心配そうに俺を覗き込んでいた。


「先輩のゴール前へのパス、本当にかっこよかったです! みんなは皆月先輩のことばっかり言うけど……私、先輩のこと、ずっとかっこいいなって思ってました。ずっと、好きでした」


 夕日に照らされた潤んだ瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「先輩、私と付き合ってくれませんか?」


 ついに来た。

 俺のラブコメが、筋肉痛と湿布の匂いの中から、ついに立ち上がったのだ。


 俺は震える声で、静かに答えた。


「……あ、ありがとう」


 そして、一呼吸置いて、俺は無表情になった。


「でも、ごめんね。君と付き合うことは、天地がひっくり返ってもできないんだ」


 その子は意外そうに目を丸くした。

「……どうしてですか?」


「俺はね……」


 俺は残った全力を右手に込め、その頭めがけて渾身の力で引っ叩いた。


「吉川! てめーのことが大嫌いだからだよ!!」


 湿布を貼った首に激痛が走るが、気合いで耐える。

 声の主は、案の定、裏声で完璧な女子を演じていた吉川だった。

 まあ、俺も乗ったけどね。


 横ではムツが腹を抱えて笑い転げ、呼吸困難に陥っている。


「ぎゃははは! ヘディングでドゴンって、ただの事故じゃん! マジで傑作!」


 床を転がる吉川は、楽しそうに叫び続けている。


「ごめん、まさか本当にあんなことになるとは思わなかったんだよ」

 ムツも涙を拭きながら笑いやがる。


 そこへ、女子の波をかき分けて皆ちゃんがやってきた。

「いやー、災難だったね、りん。でも、今日の試合は本当に楽しかったなあ」


「……皆月。お前の方こそどうだったんだよ。女の子は?」


 吉川が、いつものように空気を読まずに踏み込んだ。

 皆ちゃんは、沈む夕日を眺めるように、少しだけ寂しげな、けれど清々しい笑顔で言った。


「うん。……断ったよ」


「おう……そうか。もったいない気もするけど」

「そういうの、今はいいかなって思ってさ」


 そうか。完璧なイケメンであっても、必ずしも王道の展開を選ぶわけではないらしい。

 自分たちには見えない、彼なりの「何か」があるのだろうか。


 少しだけ真面目な、微妙な空気が流れた。

 ……よし。


 俺はとりあえず、もう一度吉川の頭をスパーンと引っ叩いておいた。

 俺の首の痛みと、消えたラブコメの期待代、きっちり身体で払ってもらうからな。

最後までお読みいただきありがとうございます!


サッカー未経験の楓を襲った「顔面ブロック」という悲劇(喜劇?)。

そして吉川による「偽告白」……。

楓のラブコメメーターが振り切れる日は、まだ少し遠いようです。


しかし、華やかな球技大会の裏で、皆ちゃんが漏らした「断ったよ」という一言。

彼の本心も少しずつ気になるところです。


面白いと思ってくださったら、評価やブックマークをいただけますと、

楓の首の湿布が早く剥がれるかもしれません!


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