第7話:突然のご指名
五月、試される大地の学校行事といえば「球技大会」。
一躍クラスのヒーローになれる絶好のチャンスですが、文化部にとってはただの試練。
五月の北海道。
まだ冷たさの残る風を切り裂くように、校内に熱気が渦巻く日がやってきた。
春の恒例行事、球技大会である。
この大会は、一年生から三年生までがクラスの威信をかけて激突するガチンコの戦いだ。
今年の男子種目はソフトボール、バレーボール、そしてサッカー。
女子はドッジボール、バスケ、バレーボールというラインナップだ。
ここで活躍すれば、全校生徒の注目を一気に集めることができる。
泥臭い農家の息子ではなく、一躍「シンデレラボーイ」へと駆け上がる絶好のチャンスなのだ!
実際、昨年の球技大会では、獅子奮迅の活躍を見せた運動部の先輩たちが、大会後に後輩女子から次々と告白を受けるという、もはや都市伝説レベルの「モテ神話」が実在した。
しかし――。
それはあくまで「運動部」という特権階級に許された物語である。
俺たち吹奏楽局のような文化部にとって、球技大会は華やかな舞台などではない。
文字通りの「負け戦」だ。
グラウンドを縦横無尽に駆け回るサッカー部や、鋭いスパイクを叩き込むバレー部から見れば、文化部はただの「雑兵」に過ぎない。
同じクラスの面々を見渡すと、弓道部の奴らが真面目な顔で戦略を練っているが、すまない……。
お前らも、袴を脱げば俺たちと同じ「文化部側」の住人なんだよ。
とりあえず、クラスの主戦力をチェックしてみよう。
イケメンの皆ちゃんは陸上部だ。サッカーにエントリーすれば、その長い足とスタイルで嫌でも目立つだろう。女子たちの黄色い声援が今から耳に届くようだ。
そして悪友の吉川は、自称バレー部の意地を見せてバレーボールに出場するらしい。
あいつは女子の冷ややかな視線を「快感」に変換できる特殊な才能の持ち主だから、今回も調子に乗ってコートをかき乱すことだろう。
「俺は何に出ようかな……」
本当はね、葉っぱを咥えながら悪球をホームランにしたりね、小さな巨人なんて呼ばれながらスパイク決めたりね、世界一のエゴイストだってシュート決めたり出来たらいいなぁって思うよ。
でも無理じゃん。
なんて自問自答していると突然、背後から力強く肩を叩かれた。
「りゅーたん! サッカーやろうぜ!」
そこにいたのは、赤村雅俊。
母親が某有名俳優の熱狂的なファンだったらしく、その名前を授けられたという宿命の男だ。
本人曰く「あと一文字でまんま(中村)だったんだけどな~、惜しかったわ!」とのことだが、客観的に見れば十分に「まんま」な気がする。
性格は明るくてスポーツ万能、頭脳明晰で軍師の異名を持っている。
かっこいいというよりは、どこか子犬のような可愛らしさを持つタイプだ。
そして何より、俺と同じく原付通学の許可を得ている「原付仲間」という希少な存在でもある。
みんなからは、なぜか「ムツ」と呼ばれているので、俺もそれに倣っている。
「……ムツ。俺の名前は『竜胆』だって、いい加減覚えてくれないか?」
「だって、りゅーたんの方が響きが可愛いじゃん!」
爽やかな笑顔で返され、俺は反論する気力を失った。まあ、悪い気はしないんだけどね。
「いや、サッカー部から直々に誘ってもらえるのは光栄だけどさ。俺は文化部だぞ? 期待しても無駄だって。フィールドの隅っこで光合成してるのが関の山だよ」
俺の謙遜に対し、ムツはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「隠したって無駄だよ。俺は聞いたんだ。竜胆、お前、冬の間も欠かさず、毎朝五百メートルダッシュで体を鍛え抜いてるんだってな?」
「……。え? 何その初耳のストイックな設定」
心当たりがなさすぎて、俺の思考が一時停止する。
五百メートルダッシュ? しかも毎朝? そんな修行僧のような生活を、俺が?
ないないない!
「それ、一体どこからの情報だよ?」
「吉川が言ってたよ。『あいつの瞬発力は、そこらの運動部よりヤバい。毎朝命がけで走ってるからな』って」
――また、あいつか。
吉川、てめー!
バスに乗り遅れて、半泣きでバス停まで全力疾走していた情けない姿を、勝手に「エリートトレーニング」として吹聴しやがって!
あの朝の地獄のような形相が、クラスメイトの目には「鍛錬」として映っていたのかと思うと、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
よし、後でカビ臭いヘルメットの刑、略してカビヘルを執行することを心に誓う。
だが、待てよ。
ここで否定して「いや、あれはバスに置いていかれそうだっただけなんだ」と白状するのも、それはそれで惨めだ。
ここは、吉川が盛りまくった嘘に便乗して、文化部の底力を見せてやるのも悪くないのではないか。
「……ふっ、まあな。体力には、ちょっとだけ自信があるかもな」
(※バスに置いていかれたら、十四キロ歩くことになるからな!)
「やっぱり! さすが吹奏楽の重鎮。よし、決定だ!」
こうして、俺の球技大会は「サッカー出場」という、文化部にあるまじき大役を担うことになった。
バス停ダッシュという切実なサバイバルが生んだ、思わぬ誤解。
シンデレラボーイへの階段は、予期せぬ場所から、泥だらけのグラウンドへと続いていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
バスに乗り遅れないための必死の形相が、まさかの「ストイックな朝練」に誤解される……。
これこそが、田舎のサバイバルが生んだ奇跡の勘違いです(笑)。
果たして楓は、サッカー部相手に「五百メートルダッシュ」の成果を見せられるのか!?
感想や評価、吉川への「カビヘル執行」への賛成票などいただけると励みになります!




