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第5話:新入部員がやってきた

新学期のビッグイベント、新入部員勧誘!

打楽器パートに現れた期待の新星(?)を前に、

楓の「先輩」としてのプライドと、密かな欲望が交錯します。


 始業式の喧騒もようやく落ち着きを見せ始めた四月中旬。


 吹奏楽局にとって、一年で最も重要な時期がやってきた。

 そう、「新入部員勧誘」という名の、部運を賭けたスカウト合戦である。

 放課後の音楽室や各パートの練習室からは、新入生を呼び込もうと懸命に奏でられる楽器の音色と、先輩たちのいささか必死すぎる歓迎の声が響き渡っている。


 俺もまた、パーカッションの練習室で、まだ見ぬ後輩への期待に胸を膨らませていた。


 部活見学に来ている一年生の顔ぶれを覗いてみると、やはりというべきか「知っている顔」が多いんだよね。

 同じ中学から進学してきた奴らが大半だ。高校が変わっても、集まるメンツはほとんど変わらないのが悲しいさがか。

 北海道の狭いコミュニティが生み出す、逃れられない宿命のようなものである。


 そんな中、部内でも一際静かな(あるいは騒がしい)パーカッションパートに、希望者が現れたという情報が飛び込んできた。


「パーカッションに見学希望の一年生が来てるよー!」


 その声を聞いた瞬間、俺の背筋がピンと伸びた。


 打楽器パートは、吹奏楽局の中でも人数が少ない、いわば「少数精鋭」の集団だ。

 特にドラムセットをまともに扱える人間は、二年の俺と、パートリーダーである三年の秀川ヒデカワ先輩しかいない。


 即戦力、あるいは磨けば光る原石。

 どんな子が来るのか、期待は高まる一方だ。


 三年の先輩が、一人の新入生を連れて部屋に戻ってきたぞ。

 頼むぞ、先輩。俺たちのパートの未来を左右する大切な一人なんだ。

 できれば、こう……吹奏楽の華となるような、可憐なヒロイン成分を持った子であってくれ……!


 先輩がニッコリと、実に晴れやかな笑顔で新入生を紹介する。


「これからパーカッションに入ってくれる一年生だ。ほら、自己紹介して」


 新入生は、緊張で少し肩を硬くしながらも、ハキハキとした声を部屋中に響かせた。


山本ヤマモト ミツルです! ドラムを叩けるようになりたいです。よろしくお願いします!」


 ――男かーーー!!


 俺は心の中で、天を仰いだ。

 いや、誤解しないでほしい。入部してくれるのは、死ぬほどありがたい。

 人数は正義だ。打楽器搬入の時だって、男手があるのとないのとでは雲泥の差だ。


 それはわかっている。重々承知しているのだが……!

 小野田先輩という心の支えを失った今の俺にとって、わずかな、ほんのわずかな「ヒロイン成分」の補給は、砂漠で一滴の水を求めるような切実な願いだったのに……。


 冷静になって、部活全体の結果を眺めてみる。

 今年入部を決めた十五人のうち、なんと六人が男子だった。


 吹奏楽という、世間一般では「女子の園」と思われがちな部活において、この男子比率はかなり高い方ではないか。

 しかも、上級生の先輩たちも意外と男が多い。

 今年の吹奏楽局、蓋を開けてみれば男女比は四対六。どこが「女の子がいっぱいいるハーレム部活」だ。


 俺の期待していたバラ色の高校生活は、またしても排気ガスの彼方へと消え去っていく。春は遠い。シベリア並みに遠い。


 そんな俺の内心の嘆きなど知る由もなく、山本はキラキラとした真っ直ぐな瞳で俺を見てきた。


「先輩! 俺、どうしてもドラムが叩いてみたいんです!」


 ……山本、お前、いい目をしているな。

 その向上心の高さは、実に感心だ。

 俺だって、今すぐこの椅子を譲って叩かせてやりたいのは山々だが、ここは一応、先輩としての威厳と貫禄を見せねばならない。

 なにせ俺は、あの十四キロの泥道を走破した男なのだ。


「山本、はやる気持ちはわかる。……まだだ、まだその時じゃない……」


 少し低めの声で、満を持す獅子のような台詞を吐いてみた。


「えーっ! じゃあ、せめて先輩が叩くところを見せてください! お願いします!」


「……ふっ、しゃーねぇーな」


 頼まれると断れない。それが俺、竜胆楓という男のサガである。

 俺はゆっくりとドラムスローン(椅子)に腰を下ろし、使い慣れたスティックを握りしめた。

 見せてやろう。

 十四キロの通学路と、あの「青い彗星」の爆音、そして広大な田畑に囲まれて育った、大地のサウンドを。


 ――ズンッツ、タン! ズタンッタン!

 

 田植え機のような、繊細で狂いのないリズム。

 トラクターのように力強いビート。

 お茶休憩のような間も大事にし、そしてコンバインのように音を刈り取っていく。


 名付けて『畑のドラマー』(自称)。

 その魂を、全身で感じろ! ……恥ずかしくて口には出せないが。


「うわぁ……! すっげぇ! 先輩、めちゃくちゃかっこいいです!!」


「ん? ……かっこいい? いや、そんな、恥ずかしいこと言うなって」


 ニヤけてしまうだろ。いやニヤけてるけども。

 まさか、初対面の男子後輩に直球で褒められるとは思わなかったわ。悪い気はしない。

 というか、正直に言えば最高に気分がいいです!


「俺、先輩みたいになりたいです! 本当に尊敬します!」


「そっ……そう? まぁ、毎日練習してれば、これくらいはね」


 なかなか言われたことなかったので、内心では小躍りしてます。

 さっきまでの「ヒロインがいない」という絶望はどこへやら、自分を崇めてくれる純粋な後輩の存在に、俺の自尊心はパンパンに膨らんでサンバのリズムを踏んでます。


「山本くん……。ちょっと……叩いてみるかい?」


 気づけば俺は、自分から優しく椅子を勧めていた。

 そして山本がドラムを叩き始めると、そのリズム感は悪くはなさそう。

 ドラム歴十年以上の俺の目から見ても、「お、こいつ筋がいいな」と思わせるセンスが見え隠れする。


 こうして俺は、新入生の男子後輩に「かっこいい」と乗せられ、まんまと上機嫌で指導役を買って出る「チョロい先輩」としての第一歩を踏み出したのだった。


 俺の春はまだ遠いかもしれないが、賑やかで騒がしい「吹奏楽生活」が、今まさに始まろうとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


ヒロインならぬ「ヒーロー(後輩男子)」の登場!

チョロすぎる楓の反応に、書いていて少し微笑ましくなりました。

「畑のドラマー」としての腕前、一度聴いてみたいものです(笑)。


感想や評価をいただけると、楓のドラムもより一層力強くなるかもしれません!


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