第18話:紡いできたもの
定期演奏会、ついに閉幕。
感動の余韻が冷めやらぬ舞台裏で、楓は後輩のミツルを連れてある場所へと向かいます。
主役は先輩たち。ならば、自分たちが今なすべきことは何か。
「副局長」として、そして「一人の人間」として楓が貫いた、少し泥臭くて熱い美学を描きます。
カーテンコールが終わり、鳴り止まない拍手の中で幕が下りた。
波乱の第一部、そして笑顔と歓声に包まれた第二部もすべて順調に終了し、定期演奏会は感動のフィナーレを迎えた。
一瞬の静寂のあと、藤浪局長の「イェーイ!」という叫び声を合図に、一斉に歓声が爆発した。
ひとしきり叫ぶと、舞台裏はすでに独特の空気に変わっていく。
後輩たちから三年生の先輩一人ひとりへ、感謝の気持ちを込めた花束のプレゼントが贈られる。
秋のコンクールまで残ってくれる先輩もいるけれど、多くの先輩にとっては今日が最後だ。
明日からはもう、楽器を手に登校することもない。
後輩たちに厳しく、時に優しく口出しをすることも、今日という日を境に少なくなっていく。
客席から聞こえていた温かい拍手の余韻が、まだ耳に残っている。
本来なら、ここからは全員で円陣を組み、涙を流しながら三年間を振り返る時間だ。
思い出話に花を咲かせ、感謝を伝え合い、記念写真を何枚も撮って、それからようやくダラダラと撤収作業に入る。
それが、わが吹奏楽局の、そしてどこの部活でも変わらない「いつもの流れ」だった。
そんな中、俺は後輩のミツルの首根っこを掴んで、ホールの出口へと向かった。
「ミツル、ちょっと付き合ってくれ」
「えっ、竜胆先輩!? これから先輩たちと感動の握手タイムじゃないんすか?」
「いいから。ミツルには特別だぞ」
ロビーへ向かう静かな通路で、俺は足を止めてミツルを振り返った。
「ミツル、今日の主役は誰だと思う?」
「え……それはもちろん、俺のこと助けて銅鑼を鳴らした竜胆先輩です!」
「……うん、ミツルは本当に可愛いな。後でお菓子でも買ってやるよ。――だが、違うだろ。今日の主役は、三年間走り抜いてきた三年生の先輩方だ」
「そうっすね、確かにそうっす!」
「だろ? だから、先輩たちには最後くらい、ゆっくりと引退の余韻を味わってほしいんだ。後輩たちと別れを惜しんだり、泣き言を言い合ったりする時間は、あいつらには必要だ。俺たちが横でウロウロしてたら、気を使うだろ?」
「竜胆先輩……」
ミツルは不安そうな、どこか寂しそうな顔で尋ねた。
「でも俺たちは? 先輩たちに直接挨拶しなくていいんですか?」
「大丈夫だ。秀川先輩には『俺たちは少し席を外す』って伝えてある。……俺たちはさ、こういう泥臭い仕事の方が性に合ってるんだよ」
俺は自分の頬を叩き、気合を入れ直した。
そして、ロビーの出入り口に立ち、これから帰ろうとするお客さんたちに向かって響き渡る声を出した。
「本日はご来場、誠にありがとうございました! 三年生は今日で引退となりますが、これからまた、残った僕たちが不動高校吹奏楽局を全力で盛り上げていきたいと思います! 今後ともわが局をよろしくお願いします!」
会場を出ていく人々に対し、俺とミツルは深く、深く頭を下げた。
背筋を伸ばし、感謝を込めて声をかけ続ける。
「ありがとうございました! お気をつけてお帰りください!」
「これからもよろしくお願いします!」
最後の一人がロビーから出ていき、静寂が戻ったのを見届けて、俺はミツルの肩を叩いた。
「いいか、ミツル。今日来てくれた人の多くは、俺たちの友達だったり、家族だったりする。でもそれだけじゃない。広告を出してくれた地域の企業の人、わざわざ足を運んでくれたOBやOG、そして応援してくれる地元の人たちだ」
「はい……」
「こういう応援してくれる人たちがいるからこそ、この演奏会が成り立ってる。高校生が頭を下げに行ったくらいで、大人がほいほい金を出したり、こんな立派なホールを貸してくれたり、運搬やら印刷やらで協力してくれるなんて、普通はありえないことなんだ。これは全部、今まで先輩たちが積み上げて、紡いできた信頼の証なんだよ」
俺はホールの高い天井と、重厚な扉を見上げた。
この建物の維持費だって、俺たちの演奏を楽しみにしている市民の税金から出ている。
「俺たちだけでも、最後の一人まで感謝を伝えないと、バチが当たるわ。……来年は、ミツル。お前に託したからな」
「はい!」
ミツルは目を輝かせて、力強く頷いた。
まあ、来年も俺はまだ現役だから、横で一緒に頭を下げているとは思うけどな。
「……竜胆先輩、今のカッコ良すぎません? 本気で痺れましたよ」
「たまには……な。俺だって、いつもふざけてるわけじゃないんだよ」
「やっぱ今日の真の主役は、竜胆先輩っすね!」
「はは、そう言ってくれるな。これでどこかにヒロインでもいれば、この『陰の功労者』的な姿を見てくれていて、そこから運命の恋に発展する展開になるはずなんだけどな」
「今のは……なんの話ですか? またあの加速しない歯車の話っすか?」
「うるせーよ。夢を見させろ」
俺は照れ隠しにミツルの腕を軽く叩いて、先を急がせた。
「さあ、戻るぞ。まだ仕事は山積みだ」
「次は何をするかわかりますよ! 三年生の先輩たちにお礼を言って、最後のお別れ会ですよね?」
期待に満ちたミツルの顔を見て、俺はニヤリと笑ってこう言う。
「残念。ハズレだ」
「え、じゃあ何するんすか?」
「外を見てみろ。――『青い彗星』が、俺たちを待ってるぞ」
そう。感動のフィナーレの裏側には、常に現実が待っている。
巨大な打楽器の積み込み、そして学校までの深夜の積み下ろし。
本当の「終わり」は、すべての楽器が元の場所に戻り、トラックの荷台が空になったその瞬間なのだ。
「みんなが別れを惜しむ時間を俺たちがしっかり作ってやろうぜ」
俺たちは夕闇が迫る中、駆け足で楽屋へと戻り、二人でせっせと楽器を積み込むのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
華やかなステージの裏には、それを支える地域の支えがあり、積み上げてきた信頼がある。
それに気づけた楓は、また一つ、本当の意味で「局を背負う人間」になったのかもしれません。
……まあ、最後は結局『青い彗星』での力仕事が待っているわけですが(笑)。
こういう報われないけれど大切な仕事を引き受ける楓とミツルのコンビ、作者としてもお気に入りです。
これにて定期演奏会編、完結です。
次回からは、それぞれの道、そして「別れ」の予感が漂う秋の物語へと進みます。
引き続き、応援よろしくお願いします!




