第100話:煩悩の湯と、真夜中のお仕置き
賑やかな夕食が終わり、訪れた静かな夜。
しかし、楓の心の中は「煩悩」の嵐が吹き荒れていました。
お風呂上がりのハプニングに、真夜中のホラーゲーム大会。
そして静まり返った家の中で、さっちゃんから告げられた「お仕置き」とは……。
ドキドキが止まらない第94話、開幕です!
「さて、俺も風呂入ってくるとするか……」
二人を見送った後、ようやく一人で浴室へ向かう。
いつも通りの我が家の風呂のはずなのに、脱衣所に一歩踏み入れた瞬間、微かにシャンプーの甘い香りが残っているような気がして、思わず鼻を啜ってしまった。
(……考えたらダメだ。落ち着け、俺)
湯船に浸かっても、ついさっきまでここに二人がいた光景を想像してしまい、逆にお湯が熱く感じる。
うちのお寺の住職さんが言っていたっけ。
「煩悩は消し去るのではなく、そこにあると気づくことが大事だ」と。
……はい、今の俺は煩悩の塊です。仏様、言い訳しました。
さっさと上がってしまおうと、洗い場を飛び出す。
そしていつもの癖で、腰にバスタオルを一枚巻いただけの姿で居間へ戻ってしまった。
すると、髪を乾かし終えてくつろいでいた二人に、正面から凝視される。
「「???」」
「……エロい。でも、意外といい体してるわね」
さっちゃんが、値踏みするようにジロジロと見てくる。
「えっち……。でも、悪くないかも」
ハルちゃんまで頬を赤らめて見つめてくる。
「あーっ! ごめん、いつもの癖で! 目に毒だったな!」
俺は慌てて自分の部屋へ逃げ込み、服を引っ掴んで着替えた。
再び合流すると、二人はまだ少し熱を帯びた瞳で俺を待っていた。
「これからどうする?」
「じゃあ、楓の部屋で遊ぼ!」
「うん、私もそうしたいな」
三人で俺の部屋に集まり、何をするか相談した結果、ゲーム機を起動することになった。
「これ知ってる! ゾンビを銃で撃つやつでしょ?」
「『ゾンビハザード』ね、つけるよ」
布団を畳んで、椅子代わりのスピーカーを設置する。
古い大きなスピーカーなんだけど、低音の響きやサラウンド感が半端ないんだ。
扉がギィ……と開く音。ズゥゥンと重く閉まる音。
「キャアアッ! こわい!」
さっちゃんは早くも悲鳴を上げているが、意外だったのはハルちゃんだ。
「せォいッ!」
「まとめてかかってこい。一人ずつ相手すんのは退屈なんだよ」
絶望的な状況に置かれた主人公を操り、笑顔で楽しそうにゾンビを蹴散らしていく。
第七の大隊長『紅丸』かよ!
銃声が響くたび、窓を破ってゾンビ犬が飛び込んでくるたび、お尻に重低音の振動が伝わる。
「ウチ、もう無理……」
さっちゃんが白旗を上げる横で、ハルちゃんは「楽しかったー!」と満足げな様子。
「さっ、明日も早いし、そろそろ寝よっか」
「うん、おやすみなさい」
二人の寝室は、俺の部屋のすぐ隣だ。廊下はあるが、実は襖一枚で繋がっているような古い造り。
電気を消して横になると、遊び疲れたのか、隣の気配はすぐに静かになった。
俺も深い眠りに落ちていった。
スス、ススーー……。
畳を擦る微かな音。そして襖が静かに開く。
「……で、……えで、……かえで」
「んっ……?」
目を開けると、さっちゃんが俺を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「……おトイレ行きたいんだけど、さっきのゲームのせいで怖くて行けないの」
「そっか、わかったよ」
半分寝ぼけていたせいか、大胆にも手を握ってトイレまでエスコートしていた。
「ちゃんとここで待っててね。……耳は塞いでて。でも声かけたら返事して!」
「無理だけど了解」
耳を塞いで無にならなきゃな……。
「なむしゃかむにぶつ、なむしゃかむにぶつ……」
パシッ! と肩を叩かれて振り向くと、そこには怒り顔のさっちゃんが立っていた。
「ちょっと! 怖いって言ってるのに、お経みたいなのが聞こえてくるなんて、いじめでしょ!」
「いや、これは俺の煩悩を鎮めようと……」
「いじわる……」
「ごめんなさい」
「……後でお仕置きだね」
「マジかー……」
部屋の前まで送り届けると、さっちゃんはくるりと振り返り、不意に俺の体に腕を回して抱きしめてきた。
お風呂上がりの香りと、柔らかな体温。そして耳元で、熱い吐息混じりに囁かれる。
「お仕置きだよっ……」
「ふぁっ!」
耳たぶを甘噛みされ、俺の思考は真っ白になった。
さっちゃんは「おやすみ」と小悪魔のような笑顔を浮かべて、吸い込まれるように隣の部屋へ消えていった。
スゥ……と、静かに襖が閉まる音が響く。
俺はその場に膝から崩れ落ちた。
なんとか自分の布団に戻り、心臓の鼓動を鎮めるために再び「なむしゃかむにぶつ……」と夜通し唱え続ける羽目になった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
住職さんの「煩悩はそこにあると気づくこと」という言葉、深いようでいて、今の楓には酷なアドバイスでしたね。
さっちゃんの小悪魔的な魅力と、ハルちゃんの意外な戦闘力の高さ。二人のヒロインに翻弄される楓の受難はまだまだ続きそうです。
「南無釈迦牟尼仏」というお経が、これほど切なく響く夜も珍しいのではないでしょうか。




