第10話:届かぬ思い
ようやく訪れた、楓のモテ期……!?
隣のクラスから自分を訪ねてきた女子、案内される空き教室。
完璧なシチュエーション。楓が待ち受ける運命は?
球技大会の熱狂が去り、名前の呼び方が変わるという小さな変化を噛み締めながらも、結局は平凡な高校生活を送っていた。
今日もいつも通り授業を受け、腹が減ったら弁当を食う。
窓の外には相変わらず広大な北海道の空が広がっている。
うん、今日は曇り空だ。
そんな、何でもない昼休みのことだった。
俺たちの教室の、廊下側の扉がコンコンと控えめに叩かれた。
「竜胆くーん、いる……?」
その声が聞こえた瞬間、教室内の空気がわずかに振動したような気がした。
隣のクラスの女の子が、わざわざ俺を呼びに来た?
まじか。ついにキターー!!
あだ名が浸透した甲斐があったというものだ。
これはきっと、球技大会で首を犠牲にしてまで前線にボールを供給し続けた、あの「献身的な男・竜胆楓」への神様からの褒美に違いない。
俺は湧き上がる興奮を必死で抑え、できるだけクールな、それでいて余裕を感じさせる足取りで扉口へと向かった。
そこに立っていたのは、吹奏楽局の仲間、ハルちゃんだった。
名前は春日葵。
フルートパートを担当している、中学時代からの腐れ縁とも言える女子だ。
部活でもよく話すし、気心の知れた仲ではある。
……まさか、ハルちゃんが俺に?
いやー、皆さん、お先に失礼します!
まさかこんな身近に、俺のラブコメのヒロインが潜んでいたとは思いもしませんでした!
ハルちゃんは、いつになく顔を林檎のように赤く染めていた。
俯き加減で、俺の目を見ようとしない。
「あの……りん。ちょっと、空き教室に来て」
短い言葉と、控えめな合図。
おいおい、部活まで待てなかったのか? 青春だな、ハルちゃん!
俺は周囲の、特に野次馬根性丸出しの吉川あたりの視線を背中に感じながら、内心では激しいスキップを踏みながら彼女の後に続いた。
静まり返った空き教室。
窓から差し込む午後の光が、二人の影を長く伸ばしている。
ハルちゃんは中に入ると、意を決したように深く、深く頭を下げた。
「あの、りん。お願いがあるの」
「うん、なんだい? 改まって」
俺は余裕たっぷりに返した。
告白の言葉なら、どんな形で来ても受け止める準備はできている。
「私ね、野村くんのことが気になっていて……。りん、お願い。彼をここに、連れてきてくれない?」
『リンドウカエデ・ザ・ワールド』
さて、一旦落ち着こうか。
これ、どういう状況かな?
これはいわゆる……。
――二度手間だーー!!
おい、ちょっと待て。
俺を呼びに来る、そのワンクッション必要だったか?
俺がヒロインへのルートを華麗に切り開く「主人公」になるはずが、気づけばまさかの野村への「ルート案内役」に格下げである。
ハルちゃんの切実な表情を見る限り、彼女は本気で俺を「信頼できる仲介人」として頼っているようだった。
野村。同じ中学出身の、バスケ部のエース。
確かにあいつは爽やかでスポーツ万能、ハルちゃんが惹かれるのも分かるけど、分かるけどもね!
だが、直接頼みにくかったからといって、俺にその案内板をさせるとは……。
俺の期待とニヤけ顔を、今すぐどこかの農機具倉庫に隠してしまいたい。
『時は動き出す』
「……うん、任せて。そういうことなら……頑張れよ」
俺は引き攣りそうな顔を必死で精一杯の笑顔に加工して、サムズアップを作ってみせた。
そして、教室に残っていた野村を「ちょっと話があるらしいぞ」と、半ば強引に空き教室へと送り届けた。
やれやれだぜ。
自分の教室に戻ると、真っ先に皆ちゃんが近づいてきた。
「どうだった、りん? 何かいい話?」
皆ちゃんの優しい声が、今の俺には毒のように染みる。
「……俺じゃなかった」
それだけ答えるのが精一杯だった。
皆ちゃんは全てを察したように、深く、そして優しく頷いてくれた。
だが、その隣で聞き耳を立てていた吉川が、耐えきれずに噴き出した。
「ぎゃははは! りん! お前、マジで面白すぎるだろ! 完全に勘違いしてたろ、今の顔! 全身から『俺モテ期きました』オーラが出てたぞ!」
腹を抱えて笑い転げる吉川。
いつもなら「てめー!」と叫んで、右手でその頭を引っ叩いているところだ。
だが、俺の振り上げた手は、途中で止まった。
笑い続けていた吉川も、俺の異変に気づいて声を収めた。
「……りん? どうした、ノリが悪いぞ」
俺は吉川を睨むこともなく、窓の外に広がる、雨が降りそうで降らない、暗くて明るい空を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「ハルちゃん、大丈夫かな」
キューピッド役に回されたことの悔しさや、自分の勘違いに対する恥ずかしさ。
そして吉川の悪ノリへの怒り。
そんなものは、一瞬でどこかへ消えていた。
代わりに胸に残ったのは、あの空き教室で、震える声で俺に頼み事をしてきたハルちゃんの、壊れそうなほど繊細な横顔だった。
「ハルちゃん、頑張ってほしいけどさ……」
俺はそこから先の言葉を口には出来なかった。
野村には、別に好きな人がいる。
同じ中学だったからこそ、俺はその事実を知っていたんだ。
応援したい気持ちと、結果が見えてしまっている切なさ。
俺のラブコメが終わったことよりも、これから始まるはずの彼女の物語が、冷たい春の雨に打たれる予感がして。
俺は湿布を剥がした後のような、ヒリヒリとした痛みを感じていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ついに登場した女の子、ハルちゃんこと春日葵。
楓の期待を真っ向から打ち砕く「お願い」に、全俺が泣きました。
そして楓だけが知っている、この恋の「残酷な結末」。
お調子者の楓が見せた、少しだけ大人で切ない表情。
このエピソードが、後の二人の関係にどう響いていくのか……。
面白い、あるいは楓に同情した!という方は、
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