第1話:異世界チートより原付を。
数ある作品の中から目にとめていただき、ありがとうございます。
舞台は、広大な大地が広がる冬の北海道。
冷たく澄んだ空気と、どこまでも続く農道が日常の景色です。
そんな街にある「不動高校吹奏楽局」を舞台に、
バイクを愛する一人の少年と、個性豊かな部員たちが織りなす物語が始まります。
華やかなステージの裏側にある、泥臭い努力や、
放課後の何気ない笑い、そして胸の奥に秘めた不器用な想い。
「吹奏楽×北海道×青春」
少し騒がしくて、どこか温かい。
そんな彼らの日常を、どうぞのぞいていってください。
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始業式は、一年のうちで最も過酷な非日常である。
非日常といっても、高校に転入生が来るとか、謎の美少女に突然告白されるとか、クラスごと異世界に召喚されるとか、そういう小説的なイベントが起きるわけじゃない。
ただ単に、俺の毎朝繰り広げられる生存競争が、よりシビアになるという話だ。
俺の名前は竜胆 楓。
この春から高校二年生になる、どこにでもいる農家の次男だ。
俺の家から学校までの通学路は、片道十四キロ。
都会の人間が聞けば「まあ通学の距離ならそんなものかな」って思うでしょ?
でも、それは公共交通機関がある前提の話なんだよね。
電車で通学とか良いよね。憧れるよ。
だが、北海道は田舎に行くと移動手段が極端に限られてしまう。
ここ北海道の広大な原野においては、徒歩や自転車で通うには少々、いや、絶望的に遠すぎるんだよね。
そして、この地域の命綱であるバスの時刻表は、まるで悪魔の掲示板である。
七時、九時、十三時、十六時、十八時。
計五本。
ちなみに土日は、九時、十三時、十六時の三本に減る。
始業式に出るためには、七時のバスを絶対に逃してはならない。
七時を逃せば、次は九時。
悠長に春風に吹かれながらバスを二時間待っている間に、学校ではHRはおろか体育館での始業式も終わり、担任の教師が投げるチョークが俺の顔面に突き刺さる未来しか見えない。
現在時刻、六時五十五分。
「くそっ……! 完全にやらかした……!」
昨夜遅くまで読んでいたラノベのせいだ。
俺は今日、小説の主人公が絶対にやらない「バス停までの五百メートルダッシュ」という地味すぎるイベントを敢行することになった。
玄関を開け、じゃり道を蹴る。
周囲に高い建物はない。
広々とした田んぼと畑のおかげで、俺はバスの動きを二キロ先から完璧に捉えている。
気分はさながら、獲物を狙う戦場の狙撃手さ。
かつて栄華を誇った証のように、熟成した赤茶色と純粋な白が、誇らしげに車体を分けている。伝説の軌道バス!
奴が走る道路は町の予算で作られた、申し訳程度のアスファルトだ。
「勝負だ! 軌道バス! 新年度の俺を舐めるなよ」
バスはゆっくりと俺のバス停をスルーし、最後のバス停へ向かう。
そこは唯一の激坂区間。
バスは登りで大きく減速し、折り返してくる頃には、エンジンブレーキを効かせながら猛スピードで下ってくる。
――あのバス停で降りるのは、俺か、隣町に買い物に行くばあちゃん達だけ。
ばあちゃんがいなきゃ、バスはノンストップだ。
そして今日、ばあちゃん達の姿はない!
俺がバス停百メートル前にたどり着いた瞬間、向こうもターンを終えた!
勝負はバスが坂を下りきる前に、俺がバス停に立ち、手を挙げること。
つまり、俺がバス停にたどり着いていなければ、奴は一秒の躊躇もなく「客はいない」と判断し、ノンストップで駆け抜けていくという事だ。
バスが走るアスファルト道に出る直前、俺は最後の力を振り絞る。
しかし、運命は残酷だ。
体力はとっくに尽きている。
足元のじゃりは、俺のスパイクのない靴のグリップ力を奪い、ただ土煙を上げるだけだ。
運転手と俺との、誰にも理解されない熱いバトル。
そうさ、争いなんて誰の得にもならない。悲しみしか生まない。
「止まれ! 止まれよ! 俺が見えてるだろうが! 止まればいいだろ、たった一人なんだから!」
俺の絶叫は、澄み切った朝の田舎の空気の中に吸い込まれ、霧散した。
「田園風景に愛された竜胆楓は乗れなかった。何故だ!?」
視界の端で、運転手が小さくこちらを見た気がする。
だが、彼は一切スピードを緩めない。
むしろ、「坊やだからさ」とでも言いたげに、バスは轟音と共に俺の目の前を風のように駆け抜けていった。
今日は俺の負けだ。無情にも敗北の二文字が春の空に刻まれた。
小説の主人公なら、この絶望的な瞬間に美少女が自転車で通りかかり「遅れちゃうよ、乗せてあげる!」なんてキラキラの展開が待っているのだろう。
だが、現実は非情だ。
この一本道には、冬眠から目覚めたカエルぐらいしかいないのである。
敗北した俺は、そのまま踵を返し、来た道(家)へ向かって再び全力でダッシュする。
「かあさーん! トラック! トラック出してくれー!」
これが、俺の高校二年生の始業式の朝の始まりだ。
「はあ……。原付さえあれば……」
そう。実は俺、すでに原付の免許は取得済みだ。
公共交通機関が絶滅しかけているこの田舎において、原付免許は異世界チートに匹敵する「最強の移動スキル」であり、行動範囲を一気に拡大する唯一の対抗手段だ。
……ただ、まだそのスキルは発動できない。
なんせ、ここは北海道。
四月中旬。カレンダーの上では春でも、路面はまだ冬の残り香をたっぷりと漂わせている。
いつ雪が降り出すか分からないこの時期は、学校から許可が下りないから乗れないのさ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
田舎のバスって、一度逃すと本当に「詰んだ……」って絶望感がありますよね。
僕の地元も数時間に一本が当たり前だったので、楓の必死なダッシュには思い入れがあります(笑)
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